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ササン朝ペルシア最後の王、ヤズデギルド三世は651年イラン東方で殺されてササン朝は滅亡した。王の一族が当時の中国王朝である唐に亡命したという話は以前に読んでいた。ところがペーローズという王子が中国経由で日本まで来ていたという説がありました。(小林惠子著「白虎と青龍」文芸春秋刊)王子はその後中国に戻って生涯を終えたそうですが、妻子は日本に残っていたとか・・ 本当かどうかはわかりませんが、ちょっと面白いですね。 日本の正史である「日本書紀」は天武天皇が自分の正当性を主張するために書かせたので、本当のことは隠されているそうです。なので大化の改新や聖徳太子、壬申の乱のあたりはいくら想像力を働かせてもいいようです。奈良時代は国際的、というよりまだ「日本」というものがはっきりしない時代だったのかもしれません。法隆寺や唐招提寺が「日本人」だけで造られたと信じるのは無理があるように思います。 ※画像のガラス碗はどなたがお持ちになったんでしょうね。
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