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木曜夜7時に某所に集まる私たちですが、会議のあとは恒例のごはんです。料理上手なメンバーが腕をふるってくれた料理を、みんなで食べるのは一週間の活力の元になりますね。ただ、食べ始めるのはおそくてだいたい夜9〜10時くらいになってしまいます。写真はある日の鍋です。
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こんにちは、ゲストさん
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木曜夜7時に某所に集まる私たちですが、会議のあとは恒例のごはんです。料理上手なメンバーが腕をふるってくれた料理を、みんなで食べるのは一週間の活力の元になりますね。ただ、食べ始めるのはおそくてだいたい夜9〜10時くらいになってしまいます。写真はある日の鍋です。
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イランへの移住を決めて、茨城から東京の実家へ一時戻っていた頃、ブログなるものを始めてみました。イラン滞在中は日本にいるイラン人妻たちとの交流が欠かせないものとなっていました。その後、いろいろいろいろあって、こちらにイラン関係の記事を書くことはなくなっていました。
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今年の7月から「親子の面会交流を実現する全国ネットワーク」という団体に参加しています。毎週木曜日に某所で集まっているのですが、そこのブログを作れというお達しがありましたので、こちらのブログを変身させることにしました。今まで書きためたイラン関係記事は、登録者限定書庫としました。長いことおつきあい頂いた方々には、ご迷惑をおかけします。趣味の音楽記事などは、今まで同様に細々と続けていこうかと思っています。よろしかったらおつき合いくださいませ。
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親子の面会交流を実現する全国ネットワークでは、11月9日、文京区で離婚後の家族のあり方を考えるシンポジウムを開催しました(50名参加)。 パネルディスカッションでは、子どものころ親の離婚を経験した3名が発言。生後半年で親が離婚し、父方の祖父母に育てられた中田和夫さんは、祖父母からは母は死んでいたと伝えられていました。高校生のとき、母が生きていることがわかり、「騙されていたと思った。私のためにはならなかった」と当時の心境を語りました。 中学一年生のときに親の別居を経験したジャラリ恵子さんは、「父に会いたいと思ったことは一度もない。両親には反感しかなかったが、それでもあるきっかけでお父さん、お母さんがとっても好きだったということを思い出した。それは自分の人間としての原点」と述べました。 一方、アメリカで親の離婚を経験し、平日は母方、週末は父方で過ごすという共同監護を経験したディビッド・ハーンさんは、「アメリカでは親と子どもの関係が一番。理由があって面会に制約をかけられる場合もあるが、それもせいぜい一ヶ月。日本ではなぜ会えない親子がこうもいるのか」と疑問を提示しました。 一方、京都で離婚後の親子交流の支援事業を行っている、日本家族再生センターの味沢道明さんは、子どもが会いたくないと言っているという面会拒否の理由について、「親は自分の価値観で子どもをコントロールしようとする。会わせる親には、(会わせるほうが母親の場合)お父さんに会わせると、お父さんになついてまたとられるんじゃないかという不安がある。子どもはお父さんと会って喜んでもその状況を母親が受け入れない」と、会わせる側のサポートの必要性を述べました。 山梨学院大学法学部教授で、国連子どもの権利委員会にレポートを届ける活動をしている福田雅章さんは、「これまで人間関係は価値として承認されてこなかった。本能的なものを大事にしなければならず、大人も子どもも関係を作る権利がある。面接交渉は幸福追求権の一つであり、共同親権はそのために必要なもの。親は子どもをケアする責務がある」と離婚後の親子関係の意義を述べました。 会場には国会議員の秘書も出席し、現在、離婚後の親子交流の法制化を求める意見書は現在五自治体から国会ほか、関係機関に提出されています。
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