イランで暮らしたことがある・・

過去を変えることはできない、だけど未来はまだ自分次第・・

仁義なき戦いは続く

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望みと欲望

イランに来る前は娘はイラン、夫と私は同じ県内で別居だった。イランで3人が再会して二年ぶりに一緒に暮らすようになった。私の望むことは決して多くはない。娘と過す時間と一緒に食べる料理を手作りすること、それに必要な日々の食料などを買う生活費を渡してくれればそれができる。親子三人で仲良く和やかにやっていればそれが最高だ。娘が私を必要とするのはそう長い間ではないだろう。なにも一生私の面倒をみてくれとは言わない。幼い娘の今の時間を大切に幸せに送らせたい、それだけを望んでイランにやってきた。

一方の義母、私をイランに呼ぶことをOKしたのには日本の家族からの送金があると期待したのだと思う。金品が届かなくてあてがはずれたことと思う。インド、ネパールでは持参金の少ない嫁が台所火事をよそおって焼き殺されることがあると聞いた。殺せば別の嫁がもらえるからだろう。焼き殺すかわりに姑はお金を渡さないという手にでてきたようだ。姑は今、車で一時間ほどの山の上に土地を手に入れて別荘を建設しているそうだ。土地は自分の伯父から相続したと言っているが本当かどうかわからない。夫の日本からの送金をへそくっていたんじゃないかと私は思う。別荘建設のために毎週、夫は時間とお金を使うことになった。うまい手を考えたものだ。妻はなにに使うかわからないから現金を渡すな、と夫に言っているのだろう、そりゃあんたのことだって・・・生活費を渡されるとしても日本円で300円ほど、野菜とタマゴなどを買えばそれでなくなる金額だった。今はそれさえも渡さなくなった。日本から送金させろとでも言っているのだろうか・・もう我慢がならない。

日本からの大金を受け取り続けた姑、欲望に満足は訪れない。もっともっとと絞りとろうとするだろう。そんな醜悪女が私と娘のささやかな幸せな時間さえも奪い取ろうとする。欲望にとりつかれた老女が勝利の高笑いをし、少ない望みさえ奪われた私が最愛の娘を置いて去らねばならないとしたらなんと理不尽なことだろう・・・夫がそれに気づきさえすれば幸せはすぐに手の届くところにあるというのに・・ああ、神様・・

弟さんいるでしょ

家計の話を始めると止まらない。夫はイラン人男性の典型なのだろうが、妻が外で働くのが許せないらしい。男の沽券?それとも家にママがいないと不安でたまらないの??兄3人はマザコン度が夫よりは薄いとはいえ、長兄・三兄その点は夫と同様で、家に帰って妻がいないと「○○どこー?」と大騒ぎをするらしい。このことは以前にひとりでイランに来たときに、三兄の長男から聞いた。彼によると次兄だけは違うそうなので次兄嫁が一番自由なんだそうだ。自由の身の次兄嫁だが、働くスキルもその気もないので余暇はもっぱら社交生活に励んでいるようだ。

妻を働かせずに家に置いておくには、自分が生活費を100%負担することが必要条件、あたりまえのことです。ところがー日本で生活費を稼げだせない身でありながら、夫は妻が家にいないのが腹立たしくてしかたなかったようです。で、生活費どーすんのよ、私が会社やめたら健康保険だって自己負担なのに・・そこんとこが平行線でした。なぜこんな簡単なことが夫にはわからないんだろう。産休後に会社に復帰できなかったら、親子三人食えないんだぜ〜 食えなきゃみんなでイランに行けばいいってことですかぁ??

真相がわかったのは8年後、イランに来てみなければ分らないことでした。会社辞めさせて生活費が足りなければ、実家に補填してもらえばいいと思っていたらしい。なに〜 私の父は亡くなり、母は年金暮らしをしていることなど、日本に来てからしばらく実家に滞在していたから百も承知だったはずなのに・・ よもやこんな状態の実家を頼る気を持っていようとは思いもしなかったけど、ターゲットは母ではありませんでした。

タイトルにしたセリフは、母の生活について夫と話したときによく聞いたものだった。この言葉の意味がわからなかった。単に「長男だから親の面倒みれば?」というような意味だと思っていた。弟が母親と疎遠なのは事実だから言われてもしかたないが、別に今の日本では珍しくもない。日頃べたべたしなくたって、どうしても助けが必要なときには駆けつけてくれるんだからいいではないか。イラン人にとっては日頃疎遠にしている人が、いざというときに助けてくれるなんて信じられないのかもしれないが・・

セリフの真意は、「弟に経済的に援助してもらえ」ということだったらしいです。あきれっ・・絶句・・・・・

そりゃ、切羽詰れば頼むだろうけど・・病気でもして働けないんだったら仕方ないけど・・妻に会社辞めさせといて援助してくれっていうのは日本では「非常識」ですっ・・そんなこと夢にも思わなかったし、月給手取り20万円の保証なんて弟が高給取りだとしても無理でござんすよ・・・私が日本にいるあいだに会社を辞めるはずはなく、夫婦仲が決裂したのは必然だったようだ。

日本の常識・・・金銭を人に頼ってはいけない、汗水たらして自力でなんとかするのが尊いこと
イランの常識・・カネが足りなければ持っていそうな誰かを頼れ、汗水たらすなんてみっともないわ〜

ん〜なこと言ってるから経済発展できないんだよっ だけどこの国の経済そのものが海外在住イラン人からの仕送りで支えられてるのかもしれない。国レベルで仕送り頼みだったら個人レベルで自分でなんとかしようなんて思わないよね。だめだこりゃ・・

あれ、生活費は?

うちの夫、妻に生活費を渡すという習慣がないらしい。日本にいた頃、ばらしちゃうけど同居してた5年で一回、5万円もらっただけ・・そのときは手持ちを私に全部渡してしまって、あとでガソリン代がないから一万円返してって言ってきた。そのとき私が思いっきりえ〜っという態度をしたのに、腹を立ててそれっきり現金を渡さなくなってしまった。私にしてみたらそれまで半年近く無収入の夫と乳飲み子の娘を一人で支えてきてやっと仕事始められたんだから、簡単に取り返すなよ、もっと責任自覚してよってつもりだったんだけど・・

お金のことはもっとシビアに話し合うべきだった。だいたいイランの常識からしたら経済的に夫が全て責任を持つのがあたりまえなのに、来日して5ヶ月は育児以外にはなにもせずに、産休育休で無収入の私がお金やりくりしたり、ビザの書類そろえたりしてしてた。それで「家事やらない」と文句たれてた。そのときに離婚するべきだった!! あまりの情けなさに一回蹴りを入れたことがあったが、それからはずっと責めないようにしていた。私には定職があったが、日本語できない彼のほうは当然だが安定せず元気がないことが多かったからだ。経済的には当初はかなりきつかったが私の月収で家賃や光熱費電話代など賄っていた。独身時代から住んでいたアパートが保育園に近かったので結婚しても引っ越さず、いろいろな支払い名義が全部私の名前だったので払う気がなかったらしい。彼のほうは時々食料をどかっと買い込むだけで責任を果たしたつもりでいたようだ。毎月の支出を書き出して負担してほしいというと、保育園料だけ彼の口座から落としてくれと言ったのは2年後くらいだったろうか・・
自分の収入を国に全額送金して小遣いがないから金くれということも度々・・カネくれって言いたいのはこっちなのにどうして私が渡さなきゃならないのさ・・

私がイランに来る話になったときに、「日本でのことはお互いに忘れよう」とのたまった。私のほうの非は家事下手で家にごきぶり飼ってたこと・・イラン的には大罪らしい。私的には「お互い仕事してるんだから、なんで私一人の責任なの?」だがこのへんからして、もう価値観の基盤が全然ちがって話にならなかったのだ。

そこで今の話。日本のことは私だって忘れたいぐらいだ。なのに、イランに来ても、私仕事してなくても!!生活費渡さないのだ。ばかやろー
パスポートの更新のときに、罰金がかかるからと銀行で200ドル両替させられた。それをあてにしているらしく、電話代の請求書まで私に回してくる。ネットでいっぱい使うし、国際電話もするからって・・払ってやるもんか・・放置してるのでそのうち電話止まるでしょう。

こういうところ、結婚前の夫からすると本当に信じられない。陰にはやはり姑がいるとにらんでいる。「嫁は金持ってるから、渡すんじゃないよ。稼いだお金は母の私に全部渡しなさい、お前のためにいいようにしておくから」と言い続けているのだろう。結婚後に里帰りするからといって50万円私から「借りて」いった。貯金を崩して用立てた。苦しかったので一万円でも返してほしかったが一円も返ってはこず、何にどう使ったかという説明もなかったので不信感がわいた。今ならわかる、母親に全額渡したのだ。姑は息子のため、という顔をして最小限の支出だけしてあとはへそくりにまわしたはずだ。結婚時のお約束のネックレスセットが私のためにと贈られたけど、へんに分厚いデザインで気に入らずに引き出しに入れたままにしておいたら夫が持っていってしまった。本当の金ならばかなりの量、金額になりそうだが今考えると色や光沢が金と違っていたような気がする。偽者のネックレスを嫁につかませて、浮いた金で土地でも買ったのかもしれない。姑ならやりそうだ。

姑が金に汚いと今まで書いてはいるが、彼女は非常に賢くてしっぽをつかませない。普段の生活も贅沢ではなく、息子の仕送りで買った電機製品などはひとつも家には置いていない。親族は夫の仕送り金は全部家を建てるのに使ったと信じているらしい。そうではないという証拠はないのだ。しかし、そのへんが〜クサイのだ。常に家族優先で家族思いで信心にも厚い母親を演じているだけなのだ。繰り返すが証拠はない。しかし、本当に家族思いの母親(普通のイラン人母親はそうです)とは明らかに違う「金の匂い」「ウソの匂い」がぷんぷんとするのだよ、彼女からは・・

嵐の前?

昨日からひじょーに静かだ。娘は試験休みで家にいるが、知っているはずの義母は電話してこない。
だれも偵察に来ないし、探りの電話もかかってこない。娘は従弟と遊んでいるが、5才の甥(義兄の次男)はスパイではないだろう。本当に油断できないのだ。3才の義妹の息子だって私がなにをしているか母親に報告できる。

中学生の姪が来るともっともっと厄介だ。義妹の娘なのだが自分の母親とは仲が悪いので、祖母である義母に直接ご報告しかねない。玉ねぎがないか、とか卵がないか、とか色々理由つけて家に入ろうとする。このごろは玄関で渡して阻止するようにしている。イランではそれは非常に失礼らしいが、かまっていられない。彼女にうちの台所を使わせるとどんなことになるかわからないのだ。

家の電話が壊れてるから、といってうちにきてさんざん電話を使いまくっていたこともある。
義妹の家には電話回線が二つあるのに、両方いっぺんに壊れたりするだろうか。オトコに電話するのが目的だったのだ。あとで折り返し男の声で電話がかかってきてそれがわかった。ウソつきのスパイが同じ建物の二階に住んでいるのは大きなストレスだ。
イラン人のやさしいご主人をお持ちのbitaさんが子供さんの学校の民族料理講習会でイランのスープを披露されたそうです。これこれ、これなんですよ。喧嘩の発端は娘がカゼで熱を出したことでした。ふだんは丈夫で熱出したりしないんですが、今回珍しく38度以上の発熱になりました。これが夫を不安にさせたようです。私だって愛する娘が病気なのは不安ですが、だからといって急にママ、ママ、と幼児帰りなどはしません。だいいち私の母は日本にいますしね。

それは5・15の朝のことでした。「カゼをひいたときはスープだ。スープをつくれ」「味噌汁、娘好きだからつくるわ」夫不快げに電話をとる。母親に電話をしてスープを頼んだらしい。下の家に住む妹にも声をかけている。イランのスープはそれだけでお腹いっぱいになるぐらいに濃厚だ。そんなのが二つも届いたら、娘だけでなく私のおなかも一杯だ。さらに私がスープをつくる必要ありますか?

台所に時間をかければ熱がある娘を一人で寝かせておくことになる。実際、ふだんもそうだけど娘は私がそばにいないと「来て来て」と呼ぶのだ。台所にいるよりも娘のそばで上がったり下がったりする熱の様子を見ながら一緒にTVを見たり、絵本を読んで時間をすごした。これが夫にしてみれば「娘のためになにもしない。(スープをつくらなかった)」ということになるのですね。夫のうしろで「スープもつくらないなんて・・」と憎憎しげに言ってる人がいるのはわかっています。

義妹から届いたスープはbitaさんのブログにあるのと同じ麦のトマトスープでした。栄養たっぷりでおいしいです。写真とレシピものっています。http://blogs.yahoo.co.jp/bitajp_happy/5409313.html

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