イランで暮らしたことがある・・

過去を変えることはできない、だけど未来はまだ自分次第・・

イランな日々

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苦闘のあとですが、私にとっては娘と暮らした貴重な記憶でもありますので・・これ以上は書かないこととします。思いだしたことはまた別途に・・書くかもしれません。
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Return to Japan

I will come back to Japan with my daughter. After 15years, she visit Japan for a month. I'm so happy my dreams come true.

行くぞ!イラン

Salam, haleshomahube?

ブログから遠ざかってしまい、投稿のやり方もすっかり忘れてしまいました。

前回、イランを訪れてから3年たってしまいました。今年は娘のほうから来てほしいと思っていたのですが、

やっとのことで父親から許可をとったものの、娘ひとりでパスポートを取ってチケットを買い、飛行機に乗ってトランジットして日本まで来るのは無理なので、私が行くことにしました。帰りは二人で・・・

7月27日に出発します。

ホダー ハーフェズ
イランの首都テヘランの下町、イマームホメイニ広場周辺に住んで二週間を超えたところです。イマームホメイニ広場というのは、日本でいうと上野や秋葉原のようにクルマ関係や電気関係の店が集中しているところです。当然ですが男ばかりが道を歩いています。外国人である私たちが歩けば、町の男は必ず声をかけてきます。

最悪だったのは、夜8時すぎにレストランへ行こうと日本女性3人で歩いていたとき、クルマが何台もよってきて、窓から「シックス、シックス」と声をかけられたときです。娼婦が連れだって歩いていると思われたのでしょうか。ラマダンで、夜8時半すぎないと(外では)食事することはできませんから、やむなく夜道を歩いていたわけです。イランにはバカ男が集結しているとしか思えません。(イランにも風俗があればも少しはましになってるのかな、と思うけど)

テヘランでも北部に行くにしたがって人間の質が変わっていき、友人のオフィスがある最北部(ニアヴァランというところ)周辺では、外人だと後ろ指さす人もいずに歩けるので快適です。日本女性が住むのなら北部が最適ですが、家賃は東京中心部なみに高いです。

下町を歩いていて思うのは、「こういう雰囲気には覚えがある」ということです。40年前、私は渋谷の女子中学生(ちなみにミニスカートだった)でした。そのころの渋谷は今のイランと同様、「男の世界」でした。町にはポルノ映画の看板が普通に立っていて、男たちは立小便をしていました。(両方ともイランではダメですけどね)違いはあるけど似たような臭いを私は感じています。要は、男の感覚ですべてが回っていて、女性たちにとっては「不愉快な世界」です。

「男の世界」は男たちにとって快適です。町にいるのは男ばかりで女たちは家事専業、こんな快適な世界をなぜ日本の男たちはなぜ手放してしまったのか、今はそれが不思議でなりません。外圧のせいなんでしょうか???

そして・・今の日本は「女性の快適さ」が優先される「女の世界」になりつつありますね。男性女性のどちらかが快適ならば、他の一方が不愉快になるのは仕方ないですが、男性優先・女性優先のどちらかに偏るしかないのでしょうか・・

14年目のイラン

7月7日、イランに向かい飛行機に乗りました。同じ境遇の友人と一緒です。一か月のあいだにいろいろなことがありました。今年、14歳になる娘とは二年半ぶりに再会、姑宅で二週間、昼も夜も一緒に生活をしました。英会話が上達している娘とたくさん話をして、スルドイ質問をたくさんされました。

イランに来るようになって9年目にして、やっとひとりでバスやタクシーに乗ることができるようになりました。女ひとりでは行動が制限される国なのです。首都テヘランに来て、今は3つ目のホテルに滞在中です。はじめのふたつはイラン人用の安宿だったので、女ひとりで泊っていることを悟られないように部屋の出入りに慎重を要しました。最初のホテルは、ゴキブリにダニ毛じらみ付でした。今は外国人向けの安くても清潔なホテルにいるので、やっと普通の感覚に戻ってほっとしています。

9月7日に帰国する予定ですが、一時帰国ということになるかもしれません。

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帰国しました

イメージ 1

二週間、日本を留守にして一年十ヶ月ぶりに娘と会い、十一才の誕生日を一緒に祝うことができました。

面会や面接ではなく、イランの祖父母宅で二週間の「同居」をしました。
(これが可能だったことには裏事情があり、祖父母が純粋な好意でしてくれたというわけではないので、再度可能かどうかの保証はないですが。)

幼児だった頃の娘を取り戻すことはできませんが、「成長した」娘に親として求められたのは至上の幸福でした。

英語は話せませんが、ちゃんと読めるようになっていました。(日本語はすべて忘れてしまいましたが、私のひどいペルシャ語を理解して教えてくれたり通訳するまでに成長していました。)

写真は私を待つあいだに娘が作ってくれたwelcome cardです。別れて日本に帰ってきた今もこれを見るだけで幸せです。

「仁義なき戦い」いまだ継続中です。(裏事情については限定で書くかも・・)

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