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イマームザデ(イマームの遺体を祀っている日本のお寺のような場所)に行った日に、隣接している墓所にも行きました。日本でいったら○○霊園というような広い場所に沢山のお墓がありました。日本と違って土葬なのでお墓は一人につきひとつですが、事故などで一緒に亡くなった場合はお墓も一緒になっているらしいです。交通事故、とくにバイクに一家揃って乗る人たちが多いので、事故になったらひとたまりもありません。墓石に肖像が書かれているものも多いのですが、小さな子供が一緒に亡くなっているのは痛ましいです。 イスラム教では火葬されるのは犯罪者だけだそうで「お前のおやじは火葬された」という悪口まであるようです。日本で父親をすでに亡くしている私はどうしたらいいんでしょうね・・火葬しちゃったんだけど・・そういうわけで日本にいるイラン人たちは万が一のときに日本流に火葬されるのを恐れています。私も夫からそうなったらどうしてもイランに送ってほしいと頼まれていました。冗談では東京の高尾山にある実家のお墓に入れてやる、と言っていましたが、実際に輸送するには費用がすごくかかるそうなので保険をかけるしかありませんでした。使わずにすんでよかったです。 写真は義母の兄弟のお墓です。お隣に奥様も葬られています。
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イランな日々
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苦闘のあとですが、私にとっては娘と暮らした貴重な記憶でもありますので・・これ以上は書かないこととします。思いだしたことはまた別途に・・書くかもしれません。
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外出の度に口々に言われることがあります。「引ったくりに注意」です。バイクで追い越しざまにバッグを持っていかれる事件が多発しているそうです。日本でもけっこうありますから「いずこも同じ」です。 本題は女性の服装についてです。イランに行ったことのある方たちには言うまでもないことですが、外国人でもスカーフとコートを着用しなければならないということを知ってびっくりされる方も多いのではないでしょうか。それともアフガニスタンのようにすっぽりチャドルを被っているとでも思われているのでしょうか。(実際、革命直後はみな真っ黒なチャドル姿だったらしいです。) イスラム教の国といってもトルコのように欧州風の服装が主流の国もあります。そういうところは日本人女性にとって旅行しやすいですが、他のイスラム教国では肌を露出しないほうが無難です。イランではいくら暑くても女性の半そで姿はありえません。これは法律で定められてしまっているので仕方ありません。守らなかったら犯罪になるわけですから・・・法律で定められているのはイラン以外にはサウジアラビア、ほかはどうなのかよくわかりません。イランでもスカーフとコートという最低限ぎりぎりに守って、ぴっちりタイトで短いコートの若い娘からチャドルすっぽりまでいろいろです。年配女性はチャドル姿が主流ですが黒一色というわけではなく、地味な柄物の布を使うことも多いです。アフガニスタンとちがって顔は出していますよ。 色についてはチャドルもコートも黒が圧倒的に多いですから、ここで目立つ色は白なんですね。娘たちの流行は白らしくて、夫の姪の一人は白いコート、白いショールでキメているのはいいのですが、白枠のサングラスを頭に掛けるに至っては昔の日活映画ファッションみたいで苦笑、といっても誰もわからないですね。白いコート、試しに私が着てみると顔が地味なせいか白衣を着てるようにしか見えませんでした。ちなみにチャドルかぶると幽霊のようです。 日本からはじめてイランを訪れる方はどんな格好で行けばよいか悩まれると思います。防寒用のコートを着るほど寒いのは1、2月ぐらいですから薄手のコートが基本ですが、こちらで普通に使う前開きのデザインで薄手の生地のものは日本ではまず見つからないと思います。実験用の白衣は幅広すぎなので却下です。長めのチュニックというのか頭から被るデザインでお尻が隠れるようなのだったら、日本でもイランでもよく見かけるのでそういうもので当初はしのいだらいいんじゃないでしょうか。かぶりスタイルのものは家の中でも違和感がなくて便利そうです。パキスタンの民族衣装(長い上着とズボン)だったらそのまま大丈夫そうですが、ベトナムのアオザイはびっちりしすぎでダメでしょう。 スカーフは髪が隠れればなんでもいいのですが、大判のほうが使いやすいようです。既婚女性は正方形のスカーフを顎の下で結ぶスタイルがなぜか主流、若い娘たちは長方形の長いのをおしゃれに巻いています。私がスカーフ被った証明用写真を日本で妹に見せたら、田吾作、ドジョウすくいなど散々に言われた・・せめて真知子と呼ばれたい、古すぎですけど。 写真左はイラン版ヤンキー、ボディコン好きのP嬢がパーティに出かけるところです。ヤンキーファッションですからイランへ来る方は真似しないように。右は中学入学直前のKちゃん、ママンの手作りのコートで小さいながらも流行を追っています。 |
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ラシュトの隣町アンザリに住む夫の友人は12年間日本で働いて、3年前にイランに帰国しました。訪ねていって驚いたのは故郷であるアンザリに5階建てのビルを建て、その一階に合気道の道場を開いているのです。帰国後に結婚、早くも二人の子持ちになっていました。故郷の町の人たちから見たら日本でうまくやって稼いだ成功者にしか見えないかもしれませんが、それが簡単な道でなかったことはなかなか理解されないでしょう。 最初は言葉も全くわからない日本できつい労働条件で働きながら、道場に通って日本人でも難しい「武道」の修行をして師範の資格まで取ったのはすごいの一言です。道場には日本人指導者の写真がいくつも掛けられていました。空手好きなイラン人弟子を増やして、日本から指導者を呼んだり優秀な弟子を日本に修行に出したりして交流が続けられるといいと思います。 表にあった看板にはペルシャ語で「クラス カラテ」と書かれているそうです。空手と合気道の違いは、日本人の私にもよくわかりません。
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涼しくなる前の話なんですが、カスピ海沿岸の大きな町ラシュトに行ってきました。カスピ海を横に見ながら車で走ること5時間半、エアコンのない国産車で苦行してきました。ラシュトは軍港でもあり、海軍基地がある日本でいったら横須賀のようなものでしょうか。港にはロシア語が書かれた貨物船が停泊していました。世界最大の湖カスピ海は国境になっていて、対岸はアゼルバイジャン、ウクライナ、ロシア、あと何だっけ・・・ ラシュトの隣町に住む夫の日本在住時の友人の家を訪問するのが目的だったのですが、義父も同行しました。日本だったらあれっですが、親同伴で遊びに行くのはイランでは普通のようです。70超えても運転の腕は確かなおじいちゃんなので、同行は歓迎でした。下の写真はモーターボート上の義父です。最初はいやがっていたのですが皆に勧められ、救命胴衣をあえて拒否して乗りました。怖かったんですね・・・この腕の突っ張りようは・・・ 湖上には睡蓮の花や蒲の穂が見られました。本当に海だったらこれはありえないですよね。日本食から遠ざかっている私は、花よりもレンコン食べたいと思いながら舟に乗っていました。
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事件は早朝の4時でした。怒鳴り声と犬の吠える声で目を覚ますと、階下の二軒の家の男性陣が外に出て何かを追っているようでした。飼っている犬が逃亡したのか、それにしては騒ぎが大きいなと思っていました。泥棒(ドーズ?)という単語がわからなかったので、夫が目を覚ますまで事態は把握できませんでした。半日後にやっと理解したところ、二階に住む義妹宅の窓から何者かが侵入、獲物をあさって窓から再び逃げるところを目を覚ました義妹の夫に発見されたようです。被害はといえば、中学生の姪の部屋からバッグが持ち出されて中にあった携帯がなくなっていました。その携帯、なんと夫が日本で使っていたドコモ製、イランでは使えないので姪がアクセサリー代わりにバッグに入れておいたものでした・・・ほかの被害はなかったので、携帯ほしさだったんでしょうか・・・眠りこけていてなにも知らなかった姪はバッグを破られた被害者にもかかわらず、目を覚ますとがっかりするどころか得意気にあちこちでその話をしているようです。 携帯の普及は進んでいますが、日本とちがって電話機自体が高価です。夫が最近購入した韓国製は日本円にして3万円、月収3万円でまあまあという国ですからかなりの高額です。NOKIAだったらもう少し安いようですが・・・そんな高額の携帯を十代らしき娘たちが持ち歩いているのをよく見ます。日本と同じ風景です。安全の確認という意味も大きいんでしょうけど、やっぱり娘には大甘な親たちなんですね。男の子が持っているのは見ませんから・・・ ※画像は・・賊が侵入した問題の窓と当家の次男(3才)、怪我人がなくてよかった。
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