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			<title>イランで暮らしたことがある・・</title>
			<description>遊びにきてくれてありがとう。どうぞ書いていってね。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dornadaisuki</link>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>イランで暮らしたことがある・・</title>
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			<title>Return to Japan</title>
			<description>I will come back to Japan with my daughter. After 15years, she visit Japan for a month. I&amp;#39;m so happy my dreams come true.</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dornadaisuki/65095180.html</link>
			<pubDate>Sat, 12 Aug 2017 21:42:27 +0900</pubDate>
			<category>家族</category>
		</item>
		<item>
			<title>行くぞ！イラン</title>
			<description>&lt;div&gt;Salam, haleshomahube?&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ブログから遠ざかってしまい、投稿のやり方もすっかり忘れてしまいました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;前回、イランを訪れてから３年たってしまいました。今年は娘のほうから来てほしいと思っていたのですが、&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;やっとのことで父親から許可をとったものの、娘ひとりでパスポートを取ってチケットを買い、飛行機に乗ってトランジットして日本まで来るのは無理なので、私が行くことにしました。帰りは二人で・・・&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;７月２７日に出発します。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ホダー　ハーフェズ&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dornadaisuki/65064608.html</link>
			<pubDate>Tue, 18 Jul 2017 14:12:35 +0900</pubDate>
			<category>中東</category>
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			<title>イスファハンの思い出</title>
			<description>&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-2b-39/dornadaisuki/folder/255742/59/62821159/img_0?1499394524&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_2592_1944&quot; style=&quot;&quot; height=&quot;420&quot; width=&quot;560&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;span&gt;&lt;span&gt;&lt;span&gt;&lt;br&gt;
イスファハンは、97年に夫とハネムーンしたイランで一番おすすめの観光地です。2年前のイラン滞在中にひとり旅で行く気はなかたけど、テヘランのホテルで知り合った男子大学生のイスファハン行きに同行して、彼の知り合いのイスファハン在住の美術専攻の大学生たちに案内してもらったり、おしゃれなカフェに連れて行ってもらったりして楽しかったです。夢のように美しい広場で夫と馬車に乗った人生最大の幸福の思い出は忘却してはいないですが、もう心は痛まない・・娘のルーツはこことシーラーズにあります。たぶん・・&lt;br&gt;
&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br&gt;
&lt;span&gt;&lt;span&gt;&lt;span&gt;&lt;span&gt;&lt;span&gt;&lt;span&gt;娘から聞いた話ですが、5年前に再婚したときにペイカンというガタガタのイラン国産車で娘を連れてイスファハン・シーラーズに新婚旅行したそうです。（思い出を上書きしたのでしょうか・・）帰りの山道で車が故障して娘は怖い思いをしたそうです。（娘が一緒でなかったらいい気味なんですが・・）&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dornadaisuki/62821159.html</link>
			<pubDate>Sun, 08 Sep 2013 09:05:45 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
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			<title>イランの果物</title>
			<description>&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-2b-39/dornadaisuki/folder/187391/98/62085898/img_0?1345485164&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_2048_1536&quot; style=&quot;&quot; height=&quot;420&quot; width=&quot;560&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dornadaisuki/62085898.html</link>
			<pubDate>Tue, 21 Aug 2012 02:52:44 +0900</pubDate>
			<category>家族</category>
		</item>
		<item>
			<title>イランで天ぷら</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;イランで天ぷらを揚げてみた。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;食材はペルシャ湾直送のエビ、キロ２５ドルで贅沢だけどこの３週間まったく料理をしていなかったのでそれだけでも満足。おいしかったけど天つゆがなくて残念でした。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dornadaisuki/61305966.html</link>
			<pubDate>Mon, 22 Aug 2011 03:09:01 +0900</pubDate>
			<category>食べ物</category>
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			<title>馬子（姑）にも衣装</title>
			<description>&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-2b-39/dornadaisuki/folder/1453895/52/61290952/img_0?1378276400&quot; width=&quot;560&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_2592_1944&quot;&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;昨日、テヘランの原宿（と私が勝手に命名した）ヴァリアスール広場で、ローズ色のでかサイズのプルオーバーを買いました。日本円にして８００円ぐらい。リーズナブルと思ったので値切らないで即買いました。姑へのプレゼントにするつもりです。買ったらなんとなく気が楽になりました。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;なぜ買ったかというとテヘランで売ってるちょっと洒落たな服を姑に着せてみたかったのです。７０歳の姑が今更どうなるものではありませんが、彼女の生きてきた世界と違う世界を少しでも知ってもらいたいという気がするのです。強欲で猜疑心の塊のような姑は、私にとっては娘をめぐる天敵ですが、一方で私以上に姑の手料理を食べた嫁はほかにいないぐらいに、食生活で世話になっているのは事実です。１４歳で結婚する前から、弟がたくさんいる家の長女として小学校さえ行かずに家事に専念していたそうですから、６０年以上も毎日食料の確保に努め、手料理を作り続けてきたわけで、そのことに関しては尊敬しないわけにはいきません。ジャムなどの保存食はすべて手作りしています。私には到底できないことです。二週間の滞在を終えてテヘランに起つ朝、ジャムや果物を持たせてくれて「自分にはこれしかできないから」と言っていました。心づくしだと思います。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;学校へ行けなかったのは家庭や社会の状況のせいで彼女の人生において不幸なことでした。字が読めないことは人を疑うことへの大きな動機になっていると思います。モスクの成人学級で読み書きは習いましたが何年たっても拾い読みしかできないようです。（それでも私よりは読めるけど）今はペルシャ語の書類は娘が読んであげて有能な秘書役を努めています。もし姑が日本に生まれていたら、強引な性格を生かして実業家になっていたかもしれないと思います。姑が高利貸しのばあさんだったら実に似合っているなぁと心ひそかに思っていた私&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dornadaisuki/61290952.html</link>
			<pubDate>Wed, 17 Aug 2011 14:25:06 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>イランの下町にて渋谷を思う</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;イランの首都テヘランの下町、イマームホメイニ広場周辺に住んで二週間を超えたところです。イマームホメイニ広場というのは、日本でいうと上野や秋葉原のようにクルマ関係や電気関係の店が集中しているところです。当然ですが男ばかりが道を歩いています。外国人である私たちが歩けば、町の男は必ず声をかけてきます。 &lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;最悪だったのは、夜８時すぎにレストランへ行こうと日本女性３人で歩いていたとき、クルマが何台もよってきて、窓から「シックス、シックス」と声をかけられたときです。娼婦が連れだって歩いていると思われたのでしょうか。ラマダンで、夜８時半すぎないと（外では）食事することはできませんから、やむなく夜道を歩いていたわけです。イランにはバカ男が集結しているとしか思えません。（イランにも風俗があればも少しはましになってるのかな、と思うけど） &lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;テヘランでも北部に行くにしたがって人間の質が変わっていき、友人のオフィスがある最北部（ニアヴァランというところ）周辺では、外人だと後ろ指さす人もいずに歩けるので快適です。日本女性が住むのなら北部が最適ですが、家賃は東京中心部なみに高いです。 &lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;下町を歩いていて思うのは、「こういう雰囲気には覚えがある」ということです。４０年前、私は渋谷の女子中学生（ちなみにミニスカートだった）でした。そのころの渋谷は今のイランと同様、「男の世界」でした。町にはポルノ映画の看板が普通に立っていて、男たちは立小便をしていました。（両方ともイランではダメですけどね）違いはあるけど似たような臭いを私は感じています。要は、男の感覚ですべてが回っていて、女性たちにとっては「不愉快な世界」です。 &lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;「男の世界」は男たちにとって快適です。町にいるのは男ばかりで女たちは家事専業、こんな快適な世界をなぜ日本の男たちはなぜ手放してしまったのか、今はそれが不思議でなりません。外圧のせいなんでしょうか？？？ &lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;そして・・今の日本は「女性の快適さ」が優先される「女の世界」になりつつありますね。男性女性のどちらかが快適ならば、他の一方が不愉快になるのは仕方ないですが、男性優先・女性優先のどちらかに偏るしかないのでしょうか・・&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dornadaisuki/61284241.html</link>
			<pubDate>Mon, 15 Aug 2011 00:32:57 +0900</pubDate>
			<category>中東</category>
		</item>
		<item>
			<title>１４年目のイラン</title>
			<description>７月７日、イランに向かい飛行機に乗りました。同じ境遇の友人と一緒です。一か月のあいだにいろいろなことがありました。今年、１４歳になる娘とは二年半ぶりに再会、姑宅で二週間、昼も夜も一緒に生活をしました。英会話が上達している娘とたくさん話をして、スルドイ質問をたくさんされました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イランに来るようになって９年目にして、やっとひとりでバスやタクシーに乗ることができるようになりました。女ひとりでは行動が制限される国なのです。首都テヘランに来て、今は３つ目のホテルに滞在中です。はじめのふたつはイラン人用の安宿だったので、女ひとりで泊っていることを悟られないように部屋の出入りに慎重を要しました。最初のホテルは、ゴキブリにダニ毛じらみ付でした。今は外国人向けの安くても清潔なホテルにいるので、やっと普通の感覚に戻ってほっとしています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
９月７日に帰国する予定ですが、一時帰国ということになるかもしれません。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dornadaisuki/61281444.html</link>
			<pubDate>Sun, 14 Aug 2011 03:21:17 +0900</pubDate>
			<category>家族</category>
		</item>
		<item>
			<title>男系女系論</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;二年ぐらい前のチャンネル桜の皇室論の動画を見てみた。&lt;br /&gt;
男系絶対論者と小林よしのりを中心とする女系容認論者の討論だったが、&lt;br /&gt;
男系論にも女系論にも違和感を覚えた。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;女系容認論の人たちは天皇陛下も望んでいらっしゃるとか言ってるのだけど&lt;br /&gt;
そのことの真偽はともかく、天皇以外の当事者である女性皇族方が何を望んでいるか気にしている人はただの一人もいなかった。彼女たちは結婚後もなんとか宮家として終生皇族でいることを望んでいるとは限らないのに。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;今の皇室典範だと、結婚＝皇室離脱は女性皇族のみに与えられた自由なのではないかと思う。男性皇族にはない離脱して普通の日本人になる権利が与えられているのだ。もっとも選択できるのは結婚するかどうかで、離脱を選択できるわけではないけれど。だいたい女系の宮家を作るとして、婿殿はどうやって探してくるのだろう。現実的にかなり困難な話なのではないだろうか。うまくいかなくて離婚になったらどうするのか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;当事者の視点を持たない女系論は現実性のない空論にしか思えなかった。&lt;br /&gt;
もう一方の男系絶対論のほうは、旧宮家の復活が必要になるわけだけど、そちらのほうは少し当事者のことも語られてはいた。が、所詮は男系論というのは純血種の繁殖学ではないのだろうか。サラブレッドと同じ類の・・&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;現代の日本人の大半は雑種になって血統という考えから解放されているのに、天皇家だけが血筋をうんぬんされるのは差別だと思う。今は雑種のほうに人権があるのだ。人権活動家たちは天皇家の人権を守るべきではないのか。差別と人権侵害があるのだから。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;天皇、天皇と言ってる人たちは、人間としての皇族方が幸せかどうかには全く興味がないらしい。人間だと思っていないのだろうか。天皇家などなくなってしまえと言ってる人たちのほうがもしかしたら、人間としての皇族方に優しいのかもしれないと思ったりした。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;ところで、私は天皇家が万世一系だとは思っていない。よく言われる継体天皇、それに桓武天皇のところではファミリーが替わっているだろうと思う。それに加えて、天智天皇、天武天皇もそうではないかと思っているし、天智天皇は百済の王族なんじゃないかと思う。飛鳥奈良時代は朝鮮半島の百済新羅高句麗の王室と人的交流がかなりあったらししと推測できる。皇位継承のルールなどがあったようではなく、実力や外圧で決まって血統については後から権威として辻褄合わせしたのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;今は学会の外ではけっこう論争されていて、天武天皇など前半生の記録がないので新羅や高句麗から来たのではないかという説もある。こういうこと言うと小沢一郎さんのようだし、左翼の人たちには喜ばれるらしいけど・・わからなくて面白いのです。皇室に「ほんとうの系図」が伝わってるのだとしたら・・あぁ、知りたい。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dornadaisuki/60909232.html</link>
			<pubDate>Wed, 30 Mar 2011 10:24:22 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>日本古代史</title>
			<description>&lt;div class=&quot;FANCYURL_EMBED&quot; id=&quot;diary_body&quot;&gt;日本古代史は謎だらけですね。正史とされる「日本書紀」には矛盾が沢山あって、どうも古来からの万世一系の天皇家というのは偽装されていると考えるのが自然なようです。 &lt;br&gt;
&lt;br&gt;
古代史のスターである天智天皇は、朝鮮半島百済国からの亡命王子ではないかという推測があります。状況証拠的に、白村江への出兵や亡命百済人を重職に登用していることなどからして、百済亡命者たちが「大化改新」で蘇我氏政権を打倒したのではないかと思います。 &lt;br&gt;
&lt;br&gt;
もうひとりのスター、天武天皇は天智以上に正体が不明です。前半生の記録がなく、二十代に子どもをつくった記録がないことから前半生は新羅か高句麗にいたのではないかと言われています。壬申の乱に勝利したあとは、新羅と関係強化しています。だとすると、壬申の乱というのは皇位をめぐる「骨肉の争い」ではなく、百済亡命者による政権 vs 新羅+倭国在来豪族の戦いだったのかもしれません。 &lt;br&gt;
&lt;br&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/dornadaisuki/59737635.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Apr 2010 20:06:17 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
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