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能登は優しさ土までもという言葉があるが、七尾市出身の第54代横綱・輪島大士(以後、ワジー)はそれを地でやった横綱といえる。彼の迷言を一挙公開だ!
彼が大学に卒業した時の論文は、たった原稿用紙3枚分だけ。
1枚目「卒業論文」、2枚目「輪島博」、3枚目「終わり」
かつて「アップダウンクイズ」に出場した時、早押しボタンを押したものの答えがわからなくなり、「えっと〜」と考え込んでいたら正解していた。
ちなみに問題は「日本の歴史で鎌倉、室町、江戸のうち、時代が最も長かったのは何時代でしょう?」というものだった。
「とんねるずの生でダラダラいかせて」(以下、「生ダラ」と表記)で石橋貴明と定岡正二と共に謎のマスクマンとして変身するが、福澤朗アナウンサー(現・フリーキャスター)の「好きな食べ物は何ですか?」の質問に「マグロ!」を連呼し、すぐにバレた。
1970年代、銀座で飲んでいたワジーに電話がかかってきて相手が「横綱、ちょっと10円玉がないから一旦切ります。」というと、ワジーは「いいよ。俺が10円入れれば、まだ話せるだろう。」と真顔で答えた。
しかしマヌケなことに5秒後、電話が切れてしまった。
昭和47年大晦日の「日本レコード大賞」授賞式で、最優秀歌唱賞を受賞した和田アキ子にワジーは白と黄色の菊の花の入った花束を持って祝福にやってきた。
なお、菊の花をおくるのは不幸をイメージする事からタブーとなっている。
「生ダラ」で石橋、定岡、保坂尚輝と一緒にハワイにマグロを釣りに行ったが、船酔いになった上にマグロは釣れずに甲板でマジ泣き。それを見た石橋は一言。
「大人気ないぞ、ワジー!」
ワジーが、生ダラで謎のマスクマンをしたが、その時の名前は「ザ・乙女」。
ネーミングの由来は、ワジーの実母・輪島乙女さん
同じく生ダラで、ワジーはカメハメハ大王のコスプレをしたが、福澤の「好きな食べ物は?」の質問で「マグロ。」「好みの食べ物は?」という質問で「金髪」と言って、「輪島さんでしょ?」と言う問い掛けに、「私はカメハメハ大王だ!」と必死に弁解。
ある友人の家に呼ばれて「冷蔵庫のもの、何でも食べていいよ」と言われて喰ったのはキャットフード。友人は「これキャットフードですよ」と驚いたが、ワジーは「これ、おいしいね!」と言って、冷蔵庫の中のキャットフードを全部食べてしまった。
この事件以来、キャットフード=コーンビーフと(現在も)未だに信じているワジーは、全日本プロレスに入団してジャイアント馬場御大(故人)の家で食事に招待されたが、元子夫人に「輪島さんは何が好みなんですか?」と言われて、ワジーはすかさず「キャットフード!」これには、馬場御大も苦笑いを浮かべるしかなかった。
昭和48年九州場所の千秋楽に休場しているのに、優勝して登場したワジーは、インタビューで「私は今幸運に酔っている・幸運の女神様、来年もまた私のそばに来てください」ととんでもないコメントを残す。これを聞いたNHKの記者はドッチラケ。
史上36個の金星を与えた事にアナウンサーが「あの黄金の左はどこに行ったんでしょう?」と聞かれたときワジーは「まだまだ健在です。昔は下手投げでしたが、今は金星を与えるので黄金の左と呼ばれています!」と回答。
花田勝さん(三代目・若乃花)が産まれた時に、誘拐未遂をし、貴ノ花(故人)に「何、人の息子誘拐してるんだよ!?」と言われて「俺、子供が好きなんだよ。俺、マジ欲しいよ!」
名古屋場所で部屋の宿舎ではなく一人でホテルに泊まっていたのは、蚊に刺されるのが怖かったから。なお、セミも大の苦手。
ワジー曰く「横綱が、蚊に刺された肌を見せるなんてお客さんに失礼でしょう」
今の奥さんは生ダラの"ワジーお見合い企画"で娶った嫁だが、記者に対して"金星だよ・金星!"の連呼
大関昇進の際、協会の使者に対し"謹んでお受けいたします.....。えっと、次、何て言うんですか?親方、お願いします。"この会見で、会場は爆笑の輪になった。
(なお、カンペまで用意して忘れていた)
横綱になって本名から四股名に変える際に"本名のままでいいですよ。これからも、僕なりにマイペースにのんびりとやります"とコメント。
日大相撲部に入学する時に上京してきて、ある食堂に入って"ツケ"ですませようとし、"石川県では有名人や、お役所は初めてでもツケが利くんですよ"と言って、渋々金を払った。
"もし理事長になったら?"との武藤君の質問に"協会を離れている身だから大きい事は言えませんが、力士のほかに行事や呼出も外人にして、グローバルスタンスなSumoにしたい"とコメント。
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