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いつもながら月日の経つ早さに呆れている。
最近は朝自宅を出て駅に向かう車の中で、次男の息子が助手席に座り、帰りに運転して戻る上さんが後の席に座っているのが、「もう金曜日だよ」「早いね」が口癖のように繰り返されている。
ということで、先週は7月末の7日間。執行委員会から始まり、最終日曜日は、組合事務所での新規組合員40名の加入研修から新運転塾での意見交換の傍ら、将棋仲間との対局で一週間が終了。その間、色々と連日行動、呑み会が続いたが、週末の土曜日は午前中が組合での仕事を切り上げて、新宿エイサー祭りの会場へ。目的は、8月28日に予定している福島いわきの浜でのじゃんがら踊りとエイサーの鎮魂の祭りに首都圏からのエイサー隊参加を募ることだった。今年10回目となる新宿エイサー祭りにはじめて参加したが、普天間や原発関係のど真ん中デモと比べるべくもないが、その規模は圧倒的だった。
その後、いわきに来てもらうグループへの働きかけは、一緒に言った友人たちにお任せして、駒込の琉球センターどうたっちでサンシンを借りて市川教育会館へ。以前から講演とサンシン演奏を頼まれていた市川市民グループの沖縄集会へ。テーマは、日本を変えよう!沖縄と福島からということで、まず新宿エイサー祭りの状況から初めて、そのエイサーの起源が、今から400年ほど前に琉球に滞在した福島いわき出身の袋中上人が伝えた「じゃんがら念仏踊り」と紹介。袋中上人が踊った念仏踊りが、琉球の三線と音楽に合わせてエイサー踊りになったこと。その上人が琉球に滞在したのが1603年から約3年間。尚寧王の手厚い庇護の下で布教活動をした関係で、その後薩摩の軍事侵略を受けた尚寧王は、江戸へ拉致される途中で袋中上人と再会。軟禁された2年間に「袋中上人肖像画」を描いたほどの深い信頼関係があったという歴史的な沖縄と福島の縁から話をはじめて、内部被曝問題で沖縄人、とりわけ男性の早死が全国1になっていること。その原因がビキニ被曝でありながら、ケビンメアの差別発言と同じで、沖縄の男は働かない、歩かない、夜更かしで泡盛の飲みすぎと言う固定観念にとらわれていたこと。
そして、震災のどさくさにまぎれての様々な動きを話した。その一部は、以下の新運転機関紙のコラムに書いたもの。
「◎3月11日から5ヶ月近くなって菅内閣は復興基本方針を発表した。復興期間は10年、事業規模は役23兆円という。◎この間、被災地の復旧、復興支援の遅れと福島原発人災は魚介類から野菜、牛肉、生活土壌の放射能汚染が広がり、生活全般の被害拡大が止まらない。◎こうした状況の中で、永田町界隈では国民生活とかけ離れた政権抗争に明け暮れ、国会の審議内容も過去の政治資金や個人攻撃の揚げ足取りの体たらく。国家100年の大計、世界観、歴史観、大局観と心理観に基づく論議が全くない。◎その一方で、官僚主導の政策がまかり通っている。まさに震災どさくさ紛れの国家改悪、国民犠牲の政策だ。◎その典型的な政策が、思いやり予算の特別協定の5年間延長。震災時の米海兵隊による「トモダチ作戦」の見返りだったのか、3月31日の年度末に復興財源の問題を差し置いて民主、自民の多数で可決し、約1兆円の支出を決めた。◎被災地では、行方不明者が1万人以上もいただけでなく、寒さの中で避難生活への支援が十分に行き渡らない3月末、国民生活よりも米国政府の意向に沿う外務、防衛官僚主導での決定だった。◎次は財務官僚の出番と、社会会保障と税の一体改革や復興財源に消費税増税と社会保障、生活保護の切り下げ案が待つ。震災どさくさとは火事場泥棒そのものだ。(o)」
と言う話の間に、仲順・久高のエイサー曲に始まり、沖縄を返せ・ティンサグヌ花・豊年のあやぐ・アサドヤゆんたを歌い、講演の方は好評だったが、最後に「命どう宝」を歌ってほしいとのリクエストをもらったが、丁重にお断りして終了。本八幡駅近くの市民グループ行きつけの安いけど美味しくて量の多い中華料理店で打ち上げをして無事に帰宅となった。
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