命どぅ宝ネット

軍隊と軍事基地のない命輝く人々と自然の循環の島々だった琉球諸島を取り戻すために、非武装琉球ネシア連邦への独立を目指す仲間たちのネ

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
先月締めの書き込みが「神がかり」だったが、今日まで過ぎ去ってみると実感する。
沖縄では、火ぬ神に毎日祈りを捧げなさいと年寄りから親へ、親から子へと言い伝えられていたそうだが、最近は廃れているらしい。我が家にあるのも母と兄、義父と義母の遺影を並べて飾ってある小さな仏壇だけで、毎日手を合わせているわけでもない。増して水やご飯を供える習慣はないままにきている。従って、子どもたちもそんな習慣とは無縁で育ったままだ。
 しかし、最近は形はどうあれ、心の中では母や兄と一緒に神の世界とつながっている気分になっている。まさに感謝、感謝、スマイル、スマイルという母の日常が私の中で生きている感じだ。
ということで、前回書き込んでからのこの一週間は、我ながら感謝と感動の日々だった。まず30日は夜までかかって中央機関紙を校了し、そのまま事務所の6階で就寝。翌31日の朝は4時半起きの新幹線で米原へ。そこで8時に滋賀地本の7名の役員が乗るマイクロバスで一路、白河郷へ。着いたのが11時過ぎ。滋賀地本の研修旅行はこれで三回目で、永平寺、四国に引き続いての初めての観光地。
イメージ 1
イメージ 2イメージ 3イメージ 4
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そこから上高地を素通りして松本から信濃大町の黒部観光ホテルの会場についたのが、午後4時半過ぎ。そこで私の持って行った資料を使っての研修を約40分。
ザット温泉にも入って、懇親夕食会は冒頭の30分だけ飲んで、食べて新宿までの最終電車が午後7時、信濃大町駅発。まだ夕焼けが残る北アルプスを車窓から眺めながら信州の地酒を飲み続けて新宿に着いたのが午後10時40分ごろ。
イメージ 5
イメージ 6
 
そして、翌6月1日は、マイレージを使って日帰り沖縄往復フリーで沖縄社会大衆党の党大会に出席。正式な党員ではないことを前提に議長に発言を求め、1、県外党員を認めてほしい。2、労働組合の労働者供給事業を党の労働政策の方針としてほしい。3、軽便鉄道施設から100周年となる今年こそ鉄軌道導入を推し進めてほしい、との三点を申し入れたところ、執行部答弁で全てOKとの成果があった。イメージ 7司会役の上原那覇市議と平良市議が私の入党推薦人となってくれた。答弁する糸数慶子委員長。
イメージ 8
終わってからの懇親会にも出席した後、栄町のSUDAKAで金城艶子さんの話を聞いて菊の露を一合飲んでから那覇空港へ。
とにかく毎晩呑み続けながら翌日のスケジュールを達成し続けて午前様で帰宅。
そして、2日から今日までは、6月14日、15日に予定されている中央大会と労供労連総会の議案書作り。4ヶ月振りの沖縄御万人原稿の5日締め切り、毎月のコラム沖縄の風などを全てクリヤーできた。ということで明日から9日の朝までは、沖縄での研修と辺野古、普天間の現地行動が以前から決まっている。
この間に、富士山を中心とする神様の動きがあり、以下のメールが届いていた。一つは、名前が下地だった頃を知っている高校時代の同級生からで、もう一つが比嘉吉丸さんが主催する富士での祈りの呼びかけ。残念ながら両方とも今回は参加できないが、今後近いうちに富士山を中心にした大きな変化があるということらしい。
 
1、御神宝があれば、神様から君に光の柱が立ち、ご先祖さまと、ご因縁の万霊様に"み光"が行き渡り、〓〓見えない世界の応援は、計り知れないのです。 2014が勝負です〓ので。
太田は太神宮の太じゃないですか〓
下地も 地龍神様〓 縁の下の力持…素晴らしいね…今月の御神宝拝受は/26*27 です
 
2、こ数日配信されておりますが、今月夏至に富士の御神事があります。
これに合わせる為、現在は沖縄本島内にての前段階の御神事を行っております。そして、これから本州と移動の前段階の御神事と動いてゆきます。
富士での祈り、長老達との祈りがしっかりと届き、世の中に反映することが出来るように、見えない力、側面からの働きかけとなるよう努めてまいります。
 

神がかりの5月

4月末に一度眩暈症候群になって、酒が飲めない日が3日ほどあり、寝起きの数秒に改善してから5月の連休でほぼ回復して今日まで、神がかりとしか思えないほど連日の忙しさと飲酒が続いてきた。その中でも22日は、執行委員会終了後、新横浜のホテルで開かれた非正規労働センター主催の「労組法と使用者性」シンポに参加し、戻ってから東京琉球館での初心者サンシン教室。23日は午後、狭山の集会で日比谷野音に行き、戻ってから労供労組協の役員会議、終えて恒例の呑み会終了後、またまた東京琉球館での白石さんの労働組合運動の原点への講演会に行き、呑みながら参加。24日は、午後組合員の見舞いと片付けをしてから恒例の新運転塾。ここで、若い組合員たちとビールに始まって泡盛と日本酒のたたりで、気がついたら成田駅で終電。最近は朝までマック難民で、従業員のインド系女性3人の働きぶりに感動しながら5時ごろの電車で一回帰宅。二時間ほど寝てから組合の新任研修会で講師をした後、高校の同期会に参加。午後2時半から呑み始めて二次会の銀座ケントスという有名なディスコクラブでも飲み続けながら踊って発散したのが良かったのか、この日は無事に帰宅。でもやっぱり午前様だった。26日は、朝から他の組合役員と生コン会社二箇所へ予備交渉を無事に終えて、事務所に戻ってから夕方6時から今度は行政関係の課長二人と呑みながらの情報交換で美味しい酒を飲んだ。最近我ながらまずいと思うのは、そうして呑んだ後の帰宅時にイブニングライナーという座われる特急に乗って、また菊水とかハイボールとかを追加で飲むことだ。まさにアルチュウハイマーオジーの典型的なノンベーと自省している。それでも27日も連合の日比谷集会後に仲間と有楽町でのみ、帰りのイブニングライナーで呑んでしまった。そして、いよいよ昨晩、これは大学時代の友人たちと日暮里の「とりのぶ」という美味しい料理屋で、笑い話や深刻な討論を3時間近くやり、イブニングライナーの時間と合わなかったので、流石に一般車両で呑むほど非常識な酔っ払いではないので、素直に気持ちよく帰った。
そして、何故か最近は、神がかった人との出会いが多いのだ。始まりは、もう9年前の宮古島の石の庭のHPで出会った吉岡学さんで、その直後に友人の科学的革命家だった友人から「神様はいらっしゃる」といわれて一緒に富士山に登った我喜屋さんたち。そして、不思議なことにそれ以来、富士山とのつながりで神がかった人との出会いが増えて今日まで来ているのだ。最近は、宮古島で富士山とは違うが、やはり神様を感じる、ご先祖からのメッセージを受ける、自分の守護霊と話しができる人と友人になり、沖縄で我喜屋さんと対面したりした。しかも、そうした現象を不思議なこととは思わないで、自然に受けいれる自分がいることを変だと思わなくなっている。それどころか表題のように自分自身が神がかっていると感謝している始末だ。だから全く無理だと思えることでも、受けいれた以上は「大丈夫」と確信を持ってやり遂げる自身がある。それが、この間の連合本部や沖縄社会大衆党やその他のことでも実現可能となって現れていると思っている。
 そうした中で現実は、6月14日、15日に予定されている中央大会と労供労連総会の議案書作りが一つ。中央機関紙の原稿就筆が一つ。そして、半年振りぐらいの沖縄御万人原稿締め切りが5日に迫り、その他定期的な沖縄レポートと沖縄の風が待っている。その締め切り前に明後日は5時起で滋賀地本の研修旅行で米原から信濃大町へ行き、午後7時のJRで新宿に戻り、翌6月1日に沖縄社会大衆党の党大会に出席で沖縄に日帰りで行く。更に、6日から9日の朝までは、沖縄での研修と辺野古、普天間の現地行動が以前から決まっていて組合事務所での仕事が空白になるという有様。そうしたことをやらせていただいていることに深く感謝、感謝、スマイル、スマイルという母親の守護霊を感じている。その母が亡くなったのが、5月15日だったことも偶然ではなく、沖縄から米軍基地をなくすまで5月15日には、沖縄で活動しなさいという声を聞いている。

5.15沖縄平和行進

予定通り5月15日、中央本部書記長の「特権」で、沖縄平和行進を含む沖縄地本設立準備活動などに沖縄へ帰ってきた。15日から17日までは例年の梅雨雨がなく、最後の18日だけは県民大会を嫌うように豪雨、嵐ということで県民大会は中止となったが、その他本当に充実した行動ができた。
イメージ 1イメージ 2前日のパレット劇場での結団式では、沖縄社会大衆党の比嘉京子副委員長に挨拶し、糸数委員長や平良・上原市議にも入党の承認を頂いて今度の党大会に参加したい旨伝えることができた。その後、写真はないが牧志公園での自立独立を求める集会とデモに参加、ちょうどその時刻に安倍首相が集団的自衛権行使に向けての声明をテレビ発表していたということで、参加者全体で怒りの声を上げたが、昨年の4.28主権回復の日から一年後の「復帰」記念日に合わせて敢えて戦争宣言をしたことを取材記者のインタビューに強調した。日本語は詭弁を要するのに便利な言葉が沢山あるもので、日本全体では「集団的自衛権=国民を守るため」との理解が広がっているかも知れないが、沖縄ではここが再び戦場になることを感じているのだ。
イメージ 3イメージ 4だからこの写真にあるような行動が大きな輪になって広がっている。
イメージ 5辺野古のテントに久しぶりに会えた憧れの平良悦美さんとの写真で、尊敬する平良修さんは、宮古島の協会に単身赴任るとのことだった。
 
イメージ 6これは私が那覇で通った幼稚園と半年だけの城岳小学校の塀にこども達が書いた文章。「なんくるないさー」に重ねて「とりあえず笑っとこう!」がいい。
その小学校の下にある公園で見つけたのが、戦前沖縄の那覇から名護まで通っていた軽便鉄道のモニュメント。
敷設されてから丁度100年となるので、本来ならば路面電車の着工があってもいいのに、結局はモノレールの延伸にとどまっている。
イメージ 7帰る前の日の夕方、元糸数慶子議員の公設秘書だった和雄さんと意見交換で飲んだ後、お店の前で撮った写真。
「琉球王」という立派な店で、何と菊の露の一升瓶が2300円弱の安さだったので、翌日大学時代の友人と飲むために一本入れた。イメージ 8結局、沖縄にいた3泊連続、お袋の法事、その他よく呑みすぎたなと思うが、行く前のめまい症候群はそれ程悪化せずに無事戻ってこれた。
明日から18日まで今年4回目となる帰沖。毎月という覚悟に比べて一回少ないが、組合職場環境からは少なからず批判が強まっているかも。
しかし、昨年亡くなった同じ年の役員との約束で65歳となる今年こそ半分は沖縄滞在で、労供事業と反基地運動に生きがいを発揮できるはずだった事を考えれば、周りの批判(我が家の上さんも含めて)に妥協するわけには行かない。何といっても人生の終末・完成時期にはいっているわけで、友人が言っていた「極自己中」が許されていいと確信している。その自己中の最高形態が認知「症」かもしれないと最近思う。組合の最高指導者だった79歳の中央委員長が、昨年暮れに脳梗塞で倒れ、入院、それなりに回復したにも拘らず、結局有料特養施設に入り、一歩も外に出られない状況に於かれいる。久しぶりに面会に行った時、その施設を世話した長男に感謝の気持ちを持ち、ゆったり、のんびりとした生活をしているのを見て、それまでの厳しい表情で委員長をはっていたことより遥かに幸せではないかと感じた。
ところで、いろんな場所で私の「めまい問題」を心配していただく言葉を頂いた。その友人の一人に「私のめまいは3Kの過アルコール、過労、加齢が原因で、数年に一度落ち込みます。慢性的な病と自覚しているのは、アルチュウハイマーです」と返事を書いたら「こんなふざけたメールを送れると言うことは、余り深刻な眩暈じゃないんだね。良かった大丈夫そうで」と返事を貰った。まさにそうなのだ。最近は、朝寝起きだけ大した事はない眩暈を感じながら、活動し続けている。
10日には、組合の仕事を終えてから一坪反戦地主会関東ブロックの総会と記念集会の途中で会場を出て、滋賀地本と関西地本の役員を迎えに品川駅に行き、そこから宿舎のホテルの大森で11時過ぎまで呑みながら打ち合わせ、終わってからは佐倉まで帰るのをやめて組合事務所の6階で宿泊。11日の朝から中央執行委員会を開催、その後将棋大会に合流した後で、東京琉球館の安次富さんの講演に寄ってから自宅に戻ったのが、10時半ごろ。それで直ぐ寝ればいいものを12時ごろまで起きていたわけだから、翌日の朝はやはり起き掛けには地球が回るのを数秒我慢してから起きることになる。それでもお陰様で、感謝、感謝、スマイル、スマイル!
ということで、フェイスブックの皆さんが写真とメッセージを上手く、送っているのを見習って、この間撮り溜めた我が家の花々と勝田台駅の花、そして組合事務所の花を見てください。
イメージ 1イメージ 2イメージ 3イメージ 4こうした花々に感動しながら、毎日生きていけることに感謝、感謝、スマイル、スマイル!
そして、連休の4日。毎年恒例になっている春の勝浦・生きがい村ツアー。晴天、絶好の行楽日和とあって首都高速から海ほたるのトンネルまでの間が大渋滞。朝8時半に出て結局着いたのが午後1時過ぎ。お待たせした生きがい村のスタッフの皆さんと再会の挨拶後、直ちにバーベキューで腹ごしらえと喉癒し。すばらしい天気の下でやる縁台将棋は格別。田植えの準備もしてくれていたが、時間の関係もあって竹の子狩りだけ。関理事長とスタッフのみなさんに感謝感謝で帰路に着いた。その帰りも大渋滞の海ほたるで、乗用車は駐車場まで約2キロぐらいから左側端にずーーっと並んでいたのには、感心、感心。それまでも多分1時間以上かかっていたはずで、その上更に海ほたるにはいる為に1時間近く並ぶのを苦にしない日本人の公衆道徳、マナーの良さは凄い!その横をわれわれはマイクロバスでスムースに海ほたるに入った。ということで組合事務所に辿り着いたのが8時過ぎで、約12時間の行程中、現地に3時間の生きがい村ツアーとなった。不思議なことに、殆ど疲れを感じないで運転を終えたのだが、その後駒込の東京琉球館から連絡があり、毎月4日行動を終えて呑んでいた二人の同志と泡盛を呑んで帰宅した。
イメージ 5イメージ 6イメージ 7そして、5月11日(日)は待ちに待った将棋大会。有名な山田久美女性プロ棋士の指導対局は午後1時から4時まで。若い組合員が、二枚落ちで大健闘むなしく敗北。優勝者の丁子さんは香落ちで勝利目前でミスがあり敗北。その他、無謀にも平手で挑戦した二人は簡単に。その中で、唯一人健闘したのが私。飛車、角ち、香落ちで連勝した後、同じ香落ちでは負けたものの再度の角落ちでも勝利。中央執行委員会とダブった為に個人戦を欠場したことが良かったのかと喜びをかみ締めて、一人残って後片付け。その後、東京琉球館へ無事行くことが出来て、感謝、感謝、スマイル、スマイル!イメージ 8イメージ 9イメージ 10
ということで、今日も色々とあったが、とりあえず執行委員会資料作成と印刷を終えて、毎月スティグマに書いている「沖縄レポート」も送って、ビールと泡盛を飲みながら久しぶりの書き込みを終えて午後9時半。これから帰って自宅に辿り着くのが、午後11時過ぎとなる。明日は、成田から沖縄へ行き。平和行進のスタート集会、自立独立の集会デモに参加してからコザの叔母たちと丁度10年前の5月15日に後世に旅立ったお袋の命日で、感謝、感謝、スマイル、スマイルで生き抜いたお袋を偲びながら楽しいひと時を過ごす。
 
 

刀剣美術品

アット思う間に5月にはいった。先週金曜日からの軽い体調不良は80%まで回復、
一昨日からアルコールも呑めるようになった。ここ2回ばかり、豊田勇三、なーぐしく善光のライブは一部終了後に呑まないまま退席していた。それでも自宅に着くと10時過ぎになるのだから帰宅時間12時過ぎまでの付き合いを10数年も続けてきたことは凄いことだった。今晩は、東京琉球館での矢野さん中心の居酒屋ライブに参加するが、やはり11時頃までに帰宅することを考えると9時過ぎには退席する。
明日からの4連続休日は、3日が憲法集会と夕方から高齢組合員の会議。4日は6時ごろ家を出てマイクロバスを運転して20名の組合員を勝浦の生きがい村筍狩りと田植え、バーベキューのレクに連れて行く。5日は宮古平良郷友会総会とあららがまフェスタの相談会。ということで6日だけは自宅にいたい。
ここのところの体調不良も併せて65歳という年齢の重みを少しは感じるようになったのは、今まで元気だった同期や先輩諸氏の死亡、病気などが重なっているからだ。
その一人に、組合内で高齢者問題に一生懸命取り組んでいたKさんが、昨年4月20日に脳溢血で倒れてから一年がたつなかで、残念ながら内臓疾患に病気が広がり悪化の一途を辿っている。そして、彼が倒れる前日には同期、同年の役員が肺がんで亡くなった。そのKさんの内縁の妻が私と同じ年のすばらしい人で、自分も難病を抱えながら本当に明るく献身的に彼を支えてきた。しかし、財政的に厳しさを増してきて彼が秘蔵していた登録書付きの名刀を売ってほしいと頼まれた。当時は300万ほどもするといわれた平安時代の刀だということで、ネットを調べて古美術商、刀美術商にあたっている。
ただ、その内の一件からは「平安時代ではなく徳川時代前期の京都周辺で造られたもの」ということで「バブル時代でも300万円は相当酷い値段で、今は4から7万位なので、引き取るとすれば3,4万になる」という厳しい評価もあり、もう一件に期待している。私がどうというよりKさんの財政の少しでも助けになればとの想いからだ。そうした中で、明日憲法集会の後、高齢組合員の担当者の会議があり、その資料作成をした。10数年前の会議資料と3年前の私の提案、2年前のKさんが出した提案文書の他に2010年頃からの単身高齢者の貧困問題についての多くの新聞記事などを準備した。その中ではNPOや貧困ビジネスなどが紹介されているが、だからこそわれわれ労働組合が仲間の為にグループホームや地域で生活総合支援に取り組むべきだと3年前から提案してきたのが、そのKさんのこともあり今年こそ踏み込んでやれるようにしたい。
 
種類: 脇差
銘: 銘文(表)平安城住藤原刻国
鑑定書の有無: 有り
鑑定書の種類: 東京都 第232169号昭和59年4月12日、東京都教育委員会
イメージ 1イメージ 2イメージ 3

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事