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先月の書き込みから何と一月が経っていた。
アルチューハイマーになると時間の流れが速くなるというのは実感している。ふっと気がつくと一週間どころか一月だもんね。参ったなーという落ち込んだ感情には、別の大きな要因がある。
6月11日に、高出一男君が突然死、一昨日の夜、朝比奈勝美君(カッパちゃんでーすの電話が懐かしい)が肺がんで死んでしまった。昨年12月には、伊藤洋君が手術後に死んだ。
ショックが重なると人間自己防衛本能が働き、忘却の彼方へ意識を飛ばすらしい。ドンドン日常の小事は忘却の彼方へ。
だって、この二月末に一緒に湯河原の温泉と真鶴半島の三つ石に遊びに行ったばかりなのに。
この2人の親友が今は居ないなんて信じられない。
前の書き込みから一月の間に、思い出せないくらいの色々とあった中で、
沖縄の辺野古、高江に行った時のことと国会前での感動的な行動、組合活動、三月会での「ヌチマース」の高安社長の素晴らしい話し。その他、色々とあった。
取りあえず、沖縄の写真は、昔僕が住んでいた地域、墓には遺骨がそのままあったし、オバーの家の前の商店は、そのままの看板で営業していた。その入り口にあったダンスホールは、バイク置き場になっていたし、前の丘にあったすべり台から落ちて唇を切って今もあとが残る公園は、フラットになっていたけど新しいスロープになっていた。
これこそ米日軍事一体化の実例だ。
そして、毎月の沖縄の風原稿は、 「PW無情」
PWとはPrisoner ofWar、戦争捕虜のこと。戦後、屋嘉の捕虜収容所で生まれた琉歌「屋嘉節」に普久原朝喜が作曲した「無情の唄」のメロディーに乗せて歌われる。PW節とも言われ、敗戦前の年、軍隊のなかった沖縄に大本営が第32軍を送って戦場となった不条理、生き残った人々の悲しさ、苦しさ、空しさを歌っている。「恨みしゃ 沖縄 戦場にさらち 世間御万人 袖ゆぬらちPW無情なむん」(恨めしや沖縄 戦場にさらされ全ての人々の袖を濡らすPW無情なものだ)と書いた。 明日は、カッパちゃんのお通夜。そして23日は朝の8時半から告別式。昨日は、一日マイクロバスの運転を最悪の体調を隠して終えた後自宅で、2人の間に僕がいる写真を横に日本酒を飲み続けて3合ビンを開けた。それも木曽福島で買った純米酒。一人ツヤ酒になるとは思いもしなかった。呑みながら見たテレビが、自然死の勧めみたいに終末医療をしないで見取るというNHKスペシャルの番組だった。カッパちゃんも自宅で息を引き取ったといので、一緒にいてやりたかった。
今日は、組合事務所で大会議案書作りの後、やはり一人ツヤ酒を飲みながら一月ぶりの書き込みとなっている。
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