命どぅ宝ネット

軍隊と軍事基地のない命輝く人々と自然の循環の島々だった琉球諸島を取り戻すために、非武装琉球ネシア連邦への独立を目指す仲間たちのネ

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]


あきらかになっている宮古島市への陸上自衛隊の配備計画は、宮古島市福山大福牧場周辺と同市千代田カントリーゴルフ場周辺に、駐屯地の他、実弾射撃訓練場、弾薬庫、宿舎、グランドなどが建設され、駐屯地には、地対艦ミサイル部隊、地対空ミサイル部隊、司令部を含め700人から800人規模の部隊になる事が計画されている。
しかも、司令部は覆土式の地下に建設され、建設予定地は30㌶に及び、文字どおり宮古島を軍事要塞につくりかえる計画となっている。大福牧場周辺は、豊かな自然が広がり、貴重な動植物が生息し、市民の命の水の水源地帯となっている。自衛隊配備は、こうした自然と環境と水源地を破壊することになる。さらに、ミサイル配備によって、一触即発の軍事的緊張関係を高めることは明らかである。 私の生まれた宮古島では、陸上自衛隊のミサイル部隊などの配備に反対する「この島・命の水・自衛隊基地配備について考える会」が大型スーパー前で集会を開催し、約200人が参加。岸本代表は「平和を次の時代に引き継がないといけない。今が声を上げる時だ」と訴えた。みやこ九条の会の長濱共同代表は「米国と一緒になって闘えば、日本も標的になる。戦争法案廃案に向けて共に頑張ろう」と呼び掛けた。先日、自衛隊配備に関する講演会に参加した下地さんは「安保法制と宮古島への自衛隊配備が表裏一体であることがよく分かり、ショックを受けた」と危機感を強調したという。
 
去る7月10日、前原元外相率いる「新世紀の安全保障を確立する議員の会」一行が、宮古伊良部にある下地島空港を視察した。一行は民主、自民、公明所属の8名の議員たちだ。まるで大連立の予行演習だ。宮古島市の下地市長とも会談した。市長は自衛隊協力会の会長でもある。
しかし、民間パイロット訓練施設である下地島空港へ防衛関係者が頻繁に来るのは何故か?沖縄県は今後の同空港活用の一例として、アジアの物流センター、国際的災害救援センターの設置をあげている。宮古島市もそれに同意している。防衛省はそこにつけ込んだ。

防衛省は、同空港を「災害救援拠点」として利用し、自衛隊の実戦部隊を常駐させる、とヌケヌケと言っている。災害救援を名目に、「動的防衛力」の具体化を進めようとする腹だ。宮古・八重山の先島地域での軍事行動展開には(防衛省は公表していないが)、致命的弱点が見える。

部隊の移動や駐屯がむずかしい。場所がない、港はせまい、空港は過密で余裕がない、等々。
物資の補給がむずかしい。つまり、平站基地がない。
 
第2次大戦時、宮古は要塞化した。もちろん、日本本土防衛の捨て石だ。住民の多数が台湾に疎開させられ、戦った住民は、飢餓とマラリアなどの疾病と米軍の艦砲射撃に苦しめられた。3万余の日本兵が駐屯し、朝鮮から若い女性たちが拉致されてきて慰安所に押し込められ、住民は軍用飛行場造りにも狩り出された。

当時も、日本軍は宮古の住民を守るために来たのではない。南西諸島地域への自衛隊配備、米軍との共同軍事行動は、私たちを守るためではない。宮古島には、当時3万3千人の人口しかない島に、3万人を軍隊が押し寄せた。約5000人の兵隊と軍人が、亡くなっているがその多くはマラリアと餓死である。宮古島の野原のアリランの碑のとなりに、「補充兵我も飢えつつ餓死兵の骸焼きし宮古(しま)よ 八月は地獄」と当時の兵士が詠んだ歌碑がある。
 安倍政権が強引にすすめようとしている戦争法。この島に自衛隊のミサイル部隊を配備して、戦場にしてはならない。 


先週の16日から19日、沖縄に帰ってきた。辺野古に二日間、早朝行動に参加し、久しぶりに山城博治さんの激烈なアピールと素晴らしい歌を聞いた。皆元気で、翁長知事の埋め立て承認取り消し以降の戦う態勢を整えていた。下の写真は、フェイスブックに掲載された取消し直後のテントの様子。イメージ 1

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事