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明日からの沖縄を前に

明日からの帰沖を前に、先週の日曜日と月曜日の午後連続で、偲ぶ会と法要に出席した。日曜日は、井上澄夫さん。昨年12月に亡くなったのを受けて30人ほどが集まった。その日の夕方、パルク自由学校の発表会があり、テーゲーサンシンクラブの仲間達と演奏することになっていたので、サンシンを持って参加した私は嘗て、井上さんとデュエットした事のある「金武ベイブルース」という喜納昌吉が創った復帰後直ぐの住民運動の唄を歌った。前の日に、組合事務所で20年以上の43度の「どなん」を殆ど渉さんと2人で呑んだせいで、軽い二日酔い状態だったので、そこではビールだけにして、次の会場に移った。パルクの会場では、日本酒を一合飲みながら、サンシン演奏を5曲、そこでの呑み会には参加しないで、東京琉球館へ。ボケ丸さんのライブの最後の唄だけ聴いて、結局は泡盛の呑み会に参加、帰ったのが12時前ごろ。

そして、月曜日には組合の仕事の合間に、5年前に亡くなった沖縄の後輩の命日法要と納骨式に参加。午前11時からということで、二時間ほどで終わると思っていたら、昼食時に「忠孝」という泡盛が出されていて、ノンベーの沖縄の友人たちが飲み始めたものだから、結局連れのみ状態になってしまった。
しかも亡くなった本人や息子たちの音楽関係の友人たちが歌い始めて、3時ごろまで約4時間のロング法要となった。
実は、その法要に参加していたときに感じたのは、彼と同じ世代でなくなった連中の顔が突然浮かんできて、一緒に座っているという不思議な感覚を覚えた。そして、昼食会の時に会場に置かれていた写真の中で見つけた一枚を見て、その感覚が現実だったんだと思った。というのは、私が思い出した顔の三人が彼と一緒に映っていたのだ。それも普通は、エイサーなど踊ったことがない本人が二番手にいる写真だった。更に、泡盛の銘柄の名前は、亡くなった本人の名前と一番手に移っている金城の名前がダブったものだった。「忠之」と「孝栄」の頭の文字で「忠孝」になるということで、息子に尋ねたところ、その意味で購入したものだということだった。
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今日は、明日からの帰沖に備えて組合の仕事に大奮闘。殆ど予定していた作業を完璧に終えて、何も思い残すことがない形で出発できることになった。とは言え、明日の午後3時の連合の会議出席してからの出発となるので、まだ組合の仕事はできるが、その他の原稿も書き終えた。
その一部で、今沖縄の現場で安倍政権との厳しい闘いを担っている御万人のことを紹介した。その一翼を担いたいと思いながら中々出来ないもどかしさを抱えながら、明るく、弛まず、粘り強く共に勝利に向かって生きたいとの思いで書いたものだ。

「4、誇りと尊厳をかけた闘い
 その結果を当然予想していた辺野古・キャンプシュワブ前の御万人は元より運動全体の雰囲気も落ち込むどころか安倍政権との真っ向勝負という歴史的な闘いの局面を誇り高く意識していると思う。一昨年の建白書の提出行動からの一連の選挙闘争と現場に於ける非暴力直接行動が両輪となって、実際の工事計画を大幅に遅延させてきたのだ。そして訪米日程が迫ってきた安倍政権は非民主主義的な本質と暴力性を露わにして工事を強行せざるを得ない事態に追い込まれているのだ。キャンプシュワブ前と大浦湾の海上行動には、決然と闘い抜いて来た沖縄人を中心に老若男女、様々なグループが沖縄と日本の各地からのべつ幕なしに結集し、厳しい寒さを乗り越えて24時間態勢を持続してきた。こんな素晴らしい闘いを作り上げてきた沖縄御万人に深い敬意と共に誇りに感じる。「負けてたまるか!闘い続けて阻止するぞ!」の山城事務局長の怒りの声が聞こえる。


 前述の21日の集会で実行委員会代表の照屋衆院議員は「新基地建設は母なる海を壊し、ウチナーンチュの尊厳を大きく毀損する」と挨拶。稲嶺名護市長は「私たちの勝利は目の前だ。誇りと自信を持って信念を貫き、辺野古が白紙に戻るまで皆で力を合わせていこう」と述べた。
実行委は、沖縄セルラースタジアム那覇で5月17日、1万人規模の大規模な大会を開くと発表した。4月28日に米軍キャンプ・シュワブゲート前か瀬嵩で県民集会を開く。


更に、沖縄県選出の野党国会議員や県議会与党会派らでつくる「止めよう辺野古新基地建設実行委員会」の議員団発足集会が3月28日、那覇市職員厚生施設で開かれた。市町村議会議員ら約100人が参加し、「新基地建設をめぐる19年間でこの1年が正念場だ。今止めなければいつ止めるのか、県民のエネルギーを最大限結集する大切な1年だ」とし、県民の付託を受けた議員として辺野古の現場や各市町村での取り組みを誓った。具体的な取り組みの第1弾として4月6日から3日間、午前7〜9時にキャンプ・シュワブゲート前で議員による座り込み総行動も決定。5月21日から23日には、国会前での連続座り込み行動で安倍政権に辺野古断念を迫る。その翌日には、首都圏の運動体が全力で取り組む「国会包囲ヒューマンチェーン」に繋げる仕掛けだ。集会に参加した市町村議員らの決意表明では、名護市議会の仲村副議長が「翁長雄志知事が腹を決めて、沖縄防衛局に作業中止指示を出した。私たちも腹を決めて、政府の理不尽さに立ち向かおう」と呼び掛けた。この他にも国と全面対決をする翁長知事を支えるべく多くの行動が文字通りの島ぐるみ闘争として取り組まれている。


 経済界からは、かりゆしグループの平良会長が「米軍基地は、沖縄の発展阻害要因」だとして昨年の各種選挙をはじめ辺野古現地の闘争に差し入れをするなど一貫して反対運動の中心にいる。そして、沖縄スーパーの代表である金秀グループの呉屋会長は、「経常益の1%を辺野古基地建設阻止し沖縄の平和と人権を守る闘いに提供する」と表明。


 更に、国連への働きかけとしては、沖縄の政財界や労働・市民団体の有志、有識者でつくる「島ぐるみ会議」が9月にジュネーブで開かれる国連人権理事会に参加し、政府による辺野古新基地建設強行が県民への人権侵害に当たると報告する予定。また、名護市汀間区の新名善治区長と「辺野古・大浦湾に新基地つくらせない二見以北住民の会」の松田藤子会長ら4人は、国連の軍縮担当特別補佐官、人権理事会、環境計画事務局の3機関に対し、辺野古の新基地建設を造らせないよう訴える文書を25日付で送付したと発表した。文書は「日米両政府が民意を無視し強引に軍事基地を建設しようとしており、地元住民の生活が破壊されようとしている。新基地建設の反対を訴える。」というもの。


 キャンプシュワブの現場では、初めてきた人に対しても優しく発言を促し、唄サンシンの上手な人にはドンドンステージにあげ、自ら踊りだして場の雰囲気を作る文字通り平和のプロデューサーであり、ディレクターぶりが素晴らしい山城事務局長が感動を広げている。悠久の歴史を歩んできた琉球の御万人が明るく、めげず、弛まず闘い続けて培ってきた文化力、平和力の底力は安倍政権の戦争への暴走を必ずや止めるだろう。ということで、私たちもその歴史的な勝利の一翼を担おうではないか。」




 



辺野古工事阻止へ


3月23日の午後、翁長知事が記者会見で沖縄防衛局の工事強行の停止命令を発した。30日までに従わない場合は、岩礁破砕許可の取り消しを行うとの宣言し、安倍政権と真っ向から対決することになった。
その後、防衛省は行政不服審査法による審査請求と執行停止の申し立てを安倍政権内の農水省に出し、今まで同様に国家権力を駆使して工事を継続し、テント撤去の嫌がらせや大浦湾でのボーリング調査を海上保安官の弾圧により強行している。
そして昨日、林農林大臣は翁長知事の執行停止命令を停止する決定をした。安倍政権が進める工事強行を、同じ政権内部の大臣が否定することは元々あり得ないことで、まさに醜悪そのものの出来レースだ。今日の国会で開かれた9条フェスタ市民ネットの「今沖縄で起こっていること」の学習会で、琉球新報の島洋子東京報道部長は「翁長知事が投げたボールを、防衛省が打ち返したことになるが、アンパイヤが政府と言うことでは、勝つことはありえない。民主的手続きとは無縁な暴挙だ」と批判していた。
沖縄でもその結果は当然な予想されていたもので、キャンプシュワブの現場は元より運動全体の雰囲気も落ち込むと言うことではないと思う。それよりも日本の中央政府と真っ向勝負と言う形に入ってきた歴史的な闘いの局面を誇り高く意識していると思う。その起点が、20年前の少女レイプ事件を告発した少女とご家族の勇気と決意にあるからだ。その後の闘いの中で、大田知事を支えた当時の沖縄御万人の力と運動展開に比較すれば、この20年間の闘いの蓄積が素晴らしい勝利を重ねてきたことを証明していると思う。
安倍政権が11年前の敗北を教訓として、今回は陸と海で力任せに国家暴力を駆使しているのは、逆に沖縄中の御万人の意識と行動を反安倍に結集させてきたのだ。
一昨年の建白書の提出行動からの一連の選挙闘争と現場に於ける非暴力直接行動が両輪となって、実際の工事計画を大幅に遅延させてきたのだ。そして、安倍政権の弱体化の前に昨年暮れの突然解散で何とか国会内多数を維持はしたが、本人も含めて主要閣僚の不法献金問題やISの拉致殺害事件の悪辣な政治利用、そしてここに来て訪米日程が迫ってきたことが、安倍政権の非民主主義的な本質と暴力性を露わにしてまで工事を強行し続けざるを得ないという事態に追い込まれてきたし、そうした状況を沖縄と日本の御万人の共同闘争として造ってきたと言えるだろう。キャンプシュワブ前と大浦湾の海上行動には、決然と闘い抜いて来た沖縄人を中心に老若男女、様々なグループが沖縄と日本の各地からのべつ幕なしに結集し、厳しい寒さを乗り越えて24時間態勢を持続しているのだ。こんな素晴らしい闘いを作り上げてきたことを深い敬意と共に誇りに感じる。
負けてたまるか!闘い続けて阻止するぞ!の山城博治さんの怒りの声が聞こえる。また、初めてきた人に対しても優しく発言を促し、唄サンシンの上手な人にはドンドンステージにあげ、自ら踊りだして場の雰囲気を作る文字通り平和のプロデューサーであり、ディレクターぶりが素晴らしい感動を広げている。
だから、彼を狙って米軍が3月22日の大会前の朝に無理やり基地内に引きずりこんで逮捕はしたものの琉球新報の映像がテレビで全国に流れただけでなく、朝日新聞にまで報道するに及んで、流石に起訴までは出来ないと地検が判断して釈放となった。結局、午後の県民大会での怒りが爆発、更に結集した御万人だけでなく、参加できなかった多くの人々に闘い続ける決意を撃ち固めさせてくれたと思う。
それだけに安倍政権は、更に暴力的な工事強行に打って出てくるに違いない。それは、この連休にアメリカ議会上下両院の合同会議で安倍が演説することになっているからだ。その前段として、アメリカ制服組トップのデンプシー統合参謀議長と首相官邸で会ったり、高村自民党副総裁がカーター国防長官とアメリカで事前打ち合わせをこれ見よがしに公表しているのだ。
だから、明るく、めげず、弛まず闘い続けることに人生の誇りをかけて生きたい。
ということで、明後日の仕事を終えてから沖縄・宮古に帰る。今回は、土曜の夜から月曜の朝まで、途中は恩納村にも寄るが徹夜態勢でキャンプシュワブ前に座る続けるつもりだ。


彼岸を過ぎて

先週の土曜日に書き込んだ途中で組合員が来て中断、その後夕方5時から高齢者の集会と懇親会で終了。昨日は、我が家の神さんのご両親とお姉さんの墓参りと従姉妹の誘いで、アメリカ在住で80歳女性のジャズボーカリストのライブを聞かせていただき、大感激で組合の仕事をパスした。
今日もこれからサンシン初心者学校の先生で出かける。今まで、書記次長と色々と組合関係の話しがあり、書き込む時間がなくなったので、この間、撮り溜めた写真を貼り付けておく。
イメージ 1組合員で日本チャンピョンの二回目の防衛戦。
後楽園ホールで、第3ラウンド右のクロスカウンターで、見事ノックアウト。
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右と下は、自宅前の庭に咲いた水仙と何か。イメージ 3

一ヶ月の間に

先月の書き込みから約一月がたった。今日は、春分の日で、組合事務所で仕事。
午前中は、責任者が変わる支部の書記さんに来てもらって、今後の対策を協議。
午後は、機関紙の編集と夕方5時からの高齢組合員集会の資料作りをして一段落したところ。その間にここ一月の出来事と沖縄について書いたものを残しておく。
まずは、この二週間で春が近づいた実感を写真で撮った。鶯谷の事務所に日暮里から一駅歩く途中の家に咲く木蓮の花。毎年のことながら、梅の花に続いて見事な花を咲かせてくれる。今年は、一週間前の蕾からほぼ満開の花を撮った。しかも、その時に小さな鶯が枝にとまったのだ。残念ながら私の携帯ではキッチリと映らなかったが、右端の瓦の七ミリほど上の枝に葉っぱとは違う鶯の姿が映っていた。
イメージ 1イメージ 2この木蓮が真っ白な花びらが地面に落ちて色が変わる頃に、上野の山や鶯谷の桜が開花する。



二月の下旬に、小学校のクラス仲間5人と熱海、湯河原、真鶴半島三つ石と、正月の家族旅行で行ったところを辿る形で旅行した時、何と1月の書き込みで孫たちが戯れてもビクともしないでベンチの背もたれに座っていた猫と再会できたのだ。それも友達にその話をした矢先にその猫が現れたのである。ビックリと感激で、又写真を撮った。
イメージ 3今度は、ベンチではなく悠々と歩き回っていた。そこの施設の人に訊いたところ、何と十数年前からここら辺に住み込んでいる主のような存在だということだった。




ゲート前での米軍弾圧

今月の朝日れすかに連載している小さなコラム「沖縄の風」では、鬼餅寒(ムーチービーサー)と題して次のように書いた。
「沖縄では、旧暦の12月8日(今年は1月27日)にムーチー(鬼餅)を作って仏前に供え、厄払いと子供の健康祈願をする。この時期の北風(ミーニシ)が吹く寒さをムーチービーサー(鬼餅寒)という。ムーチーには、鬼になって人畜を襲うようになった男の妹がムーチーを作って兄を退治したという民話が残る。同じ鬼退治でも、桃太郎伝説や節分の豆まきの由来とも違う沖縄独特の民話である。その沖縄辺野古の海や陸で今、赤鬼、青鬼が猛威を振るっているという。」
実際、先月の16,17,18日と辺野古のキャンプシュワブゲート前での24時間阻止行動に参加して、本州の寒さに比べれば大した事はないと高をくくっている内に、真夜中を過ぎて北風が身体に浸み込む感じになり、持ち込まれていた七輪火鉢に手をかざし続けたのだった。まさにムーチービーサーの厳しさを体感して帰ってきた。それだけに1月11日の深夜に強行された騙まし討ちの機材搬入以降、連日24時間態勢でゲート前座り込みを続けている御万人とその現場責任者として指揮を取り続けてきた沖縄平和運動センター議長の山城氏の気力、体力、知力の凄さに敬服するばかりだった。
イメージ 1イメージ 2その後も粘り強い闘いの先頭に立ち続けていた彼に対する、米軍と県警一体となった暴力的不当弾圧が掛けられた。
それも22日の三回目のゲート前における県民大会(3千から5千人が結集した)の直前の朝に、山城さんが一部市民と米軍側の警備員らのもみ合いを止めようとした際、数人がかりで足をつかまれて引きずられ、基地内へ連行されたのである。写真を見れば、倒れている彼を無理やり基地内に引きずり込んでいるのは明らかだ。イメージ 3

その後、もう一人と一緒に米軍人に後ろ手に手錠をかけられ不当拘束され、憲兵隊から身柄を引き継いだ名護署は基地に侵入したとして刑特法違反容疑で2人を逮捕した。県民の抗議の拡大に危機感を強めた在沖米海兵隊は2日前に民間地域との境界線を引き直していたという。まさに刑特法の発動を狙った意図的は弾圧であり、断じて許されるものではない。早速、平和フォーラムからの呼びかけもあり、名護署と那覇検察庁へ、直ちに釈放を求める抗議FAXを送った。 今回の不当弾圧は、これまでもキャンプシュワブの金網越しに拳銃をもって威嚇したり、海兵隊の米軍幹部があからさまに沖縄の反基地運動を侮蔑し、「金をもらっている」というデマを拡散するなど、連日続く抗議行動に業を煮やした海兵隊による沖縄人敵視が一線を越えたものだ。しかも警察権力が連携して運動潰しに加担しているもので、その意味では復帰前の米軍政下を上回る非人道的な弾圧に他ならない。
今後、反弾圧の闘いを強いられる状況になるかもしれないが、これまでも機動隊、海上保安官らの暴力に屈せず闘って来た御万人の底力は、決して疲弊することなく逆転勝利への契機とするに違いないし、私自身もその一翼を担う決意を固めている。
山城博治がんばれー!米軍と一体化した警察権力に負けてたまるか!ふざけるなバカヤロー!多分、山城さんは名護署にいても意気軒昂、取調官を説得して闘い抜いているだろう!共に頑張るぞー!





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