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軍隊と軍事基地のない命輝く人々と自然の循環の島々だった琉球諸島を取り戻すために、非武装琉球ネシア連邦への独立を目指す仲間たちのネ

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沖縄出張

今日の午後から20日まで沖縄出張。去年の11月に予約したもので、ジェットスターで、往復11350円の格安チケットに一泊だけの宮古往復も9000円。
今回は、連合関係よりも沖縄平和運動センターの山城議長が昨年7月以来、連日先頭で闘っているキャンプシュワブゲートでの新基地建設ボーリング調査機材搬入阻止闘争への参加が主な目的だ。
昨年来、多くの沖縄関係者のフェイスブックを見るにつけ、安倍政権が沖縄の島ぐるみの阻止闘争に真っ向から敵対して暴虐の限りを尽くしている中で、居ても立ってもいられない感情で昨年秋から現地行動に短いながらも参加してきたが、今回は夜間の阻止行動も含めて二泊三日張り付く覚悟でいる。
 
今回の安倍政権の予算に対する赤旗の批判記事は、以下の通り。
「防衛省は14日に閣議決定された2015年度予算案に、沖縄県名護市辺野古への米軍新基地建設費として14年度当初予算と比べて80・8倍となる1736億円を計上しました。本体工事として護岸工事や埋め立て用土砂の採出費を盛り込んだほか、飛行場施設の設計業務などへの着手を狙っています。米軍再編関係経費は1426億円で07年度の計上以来、過去最高。
 新基地建設費は大別して、埋め立てに関連する1548・5億円と、キャンプ・シュワブ陸上部での既存施設の再編に伴う185・9億円から構成されます。
 安倍政権は14年度当初予算では21億円の計上にとどまっていましたが、昨年7月に予備費等から637億円の捻出を決定。9日に決定した14年度補正予算案の約185億円と合わせて、建設を推進する姿勢を鮮明にしています。」
まさに、怒り心頭、はらわたが煮えくり返るものだ。
 
 
その間には、一昨年の1月17日に急逝した真久田氏の三回忌の法要、首里の古典音楽会、親戚訪問などもあり、忙しく動くことになる。
それだけに組合活動において空白があってはいけないので、昨日の専従役員会で様々な活動方針を決定、関西地本の委員長挨拶文と中央本部機関紙の委員長挨拶文作成、事故防関係裁判の弁護士打ち合わせと資料送付など片付けた上での旅立ちとなる。
 
 

66年の命の祝い

今日は、66年前に宮古島平良市の母親の実家で生まれた日。
朝から組合の旗開きを二箇所に参加して本部の事務所。
ビールから日本酒になってほろ酔い気分で、今は一人誕生祝のブログ書き込みをしている。実は、吉岡学さんが私と10年違いの同じ誕生日という縁で、今日の午前11時11分の祈り合わせを呼びかけていて参加するつもりだったのが、東支部の旗開きから本部でのタクシー部のに移動する途中で祈り合わせが出来なかった。
でも今日という日を境に、新たなステージで生きていくという決意はその前から意識していたので、基本的には同調したと思う。
ということで、年末年始の中で見聞きしたこと、感じたことなどを久しぶりの書き込みで長くなるけど、とはいっても66年の人生に比べればショート・ショートストーリー。
 
まずは、年賀状。イメージ 1いつもの琉球暦の前に組合関係で頂いたものとこちらからの挨拶として出したのが、上の年賀状で、全て手書きで送った。
 
その前の三が日、自宅周辺で40年近く居ながら初めてお参りすることが出来た神社があった。イメージ 2大御中主神社という600年以上の楠があるところ。
イメージ 3この木の姿に圧倒された。
幹の基底部分が大きく割れこんでいながら、広く根を張っているお陰で倒れることなく600年以上の命を繋いでいることに感動した。右側の八幡神社は、地元で普通にお参りしてきたが、今回初めてのことだった。
そして、年明けの3,4日と孫も含めて家族9人で真鶴半島から熱海に出かけた。
両日とも晴天に恵まれて富士山の眺望、13夜の月の美しさ、真鶴半島の海と岩場の素晴らしさそれぞれに感動したが、その中でも圧倒的な迫力で迫ってきたのが、来宮神社の大楠で、樹齢2000年以上、周囲23,9m、高さ26mの大木。日本一古い楠木というのに相応しい姿、形に来るのをくずっていた孫たちも感動。
イメージ 4イメージ 5一周すると寿命が一年延びるという伝説は別にして、
その姿、形に圧倒されながら二回ほど巡った。
 
 
 
 
その孫たちが今回の旅で一番気に入った所が、真鶴半島最先端の三ツ石の岩場。
イメージ 6
この景色もさることながら、変化に富んだ岩場を渡り歩きながら海と自然の大きさに感動したようだ。
その岩場の上の広場にあるベンチの背もたれに薄っすらと目を閉じてまどろむ猫ちゃんが面白かった。近くによって写真をとっても孫たちが寄って身体をなでたり触ったりしても背もたれから逃げないまま目を閉じて気持ちよさそうに座っていた。
イメージ 9
そして、5日からの職場復帰の中で、沖縄に関するフェイスブックの現場サイドの厳しさにも拘らず豊かな心洗われる思いで読んだ情報の中で、凄いことだと感動したのが、次の文章と写真だった。
【辺野古新基地建設阻止行動】〜小5女子ももことの二人旅〜 
「辺野古にいきたい」と決めたその日から、たった11歳の少女の心は熱く燃え、こつこつと飛行機代を貯め、お年玉をつぎ込み、妹と弟に借金までして、飛行機代を自分でつくりました。
そして、平和について想いをまとめ、沖縄について勉強しました。 旅の運賃表をつくり、歌と笛の演奏を練習しました。 全部、誰にいわれるでもなく彼女ひとりでです。 家族と妹弟に見守られて、ももこの熱意は本気です。
ももこは決めた。ひっぱられても動かへん。きがんちゃん、辺野古につれてって。明日(5日)出発です。一週間というけっして短くない期間です。
そして辺野古では丁度、浮き桟橋の設置が危ぶまれている期間です。
 激しい毎日になるかもしれません。
ももこの純粋な存在はきっとたくさんの人を勇気づけると思います。
ももこにとっても、彼女の家族にとっても、きっとかけがえのない階段になると思います。この素敵な事に奇跡を信じます。
 人間に熱あれ。光あれです。 
私は彼女の健気な姿にいろんな事を学ばせてもらってます。
 
歌は「ぼくらの地球」(ももこが学校で歌った歌です。)
 
青い青い地球は どの星よりも美しい
 この地球にすんでいる 世界中の人たち
心の手をつないで 今この星を守るとき
 そこに生まれる優しさ そこからつながる未来
 一人の力を信じて動き出せば
水も光も空気も 僕らの星を輝かせる
Let`s save. Save the Earth!
出来ることからはじめよう
Let`s save. Save the Earth!
ぼくらの地球
 
まるいまるい地球は もう壊れると泣いている
 この地球を愛している 世界中の人たち
歌おう 手をつないで 今この星を守るため
 そこに生まれる友情 そこからつながる命
 自分の力を信じて動き出せば
 いつもどこでも誰でも 僕らの星を動かせる
Let`s save. Save the Earth!
出来ることからはじめよう
Let`s save. Save the Earth!
ぼくらの地球
 
イメージ 7イメージ 8
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
辺野古に天使が来たという表現でフェイスブックに紹介されていた。まさに童神そのもので、沖縄だけに限らず日本はもとより、ノーベル平和賞を貰った17歳のマララ・ユスフザイさんもそうだと思うが、平和と人権、地球環境全てが危機に瀕しているということから神々が子供達に明確な指針と能力を与えているとい言うことだと思う。
大人の権力者どもは黙っておれ!子供たちのいうことに沿って社会を変革しろ!ということだと思う。

帰沖の日を前に

前回の書き込みからアットいう間に帰沖の前の日になった感じがする。
それ程、この間忙しい日々の中で、自分の健康と数え切れないほどの呑み会が続いたが、途中の9日を前後して何とも悲しい、寂しい別れがあった。中学時代から近所にいたお陰で高校、大学は違ってもずーーっと呑み仲間、活動仲間だった伊藤君が、この3月も一緒に沖縄に来て、来年また一緒に沖縄に行こうと手術前に約束したのに手術後3日後に亡くなったのだ。
9日大手術前の6日に息子の車を借りて早く家を出て、午後から福島の郡山で入院していた彼の見舞いに行った時は、いつもの笑顔で手術の内容を語っていて、息子の車の調子が悪いのを心配していたので、無事に帰った時からのメールのやり取りが次のようなものになった。
「会えてよかったよ。まあ、洋介の笑顔で乗り越えてきたんだから大丈夫だと信頼してるし。逆に、車の件は心配かけたけど、丁度、ホンダのディーラーがあって、
一時間位、晩飯を食べている間に応急処置をしてもらった。部品交換が必要といってたので、途中の高速で止まると問題なので、松下さんには、郡山から電車で帰ってもらった。僕の方は幸運なことに、東北自動車道を降りて16号に入ってから
ドライブの表示が点滅して走行が鈍くなったけど、整備の人に言われたように
エンジンを一回切ってしばらくクーリングダウンしてから走りなおして何とか午前0時の20分前に帰宅することが出来た。ということで、手術後にしばらくたってから回復の度合いなどメールくれ!では、9日は、無事手術が成功するよう祈っているからね。」「無事帰れて良かったです。僕の前に乗ってた車もDレンジからODに入らないトラブルがあって、必ず直るなら金をかけて直すと言ったけど、ディーラーは保証できないと言われたので乗り換えました。 今朝から絶食です、胸から腹まで開くので内蔵に何もないようにするのでしょう。点滴で栄養補給ですが空腹は納まりません。 退院したら遊んでね〜」「明日、がんばれー!待ってるよー!」「ありがとう!頑張りま〜す!!」
 ところが、14日の日曜日に娘さんからの電話で亡くなったのを知った。不思議なことにその日は、黒のキャップに黒の肌着、厚手シャツ、ブルゾンと黒づくめで家を出ていた!そして更に、去年の同じ14日に中学時代の仲間と一緒に撮った写真を11日の日に預かっていたので、急遽、新幹線で彼の自宅に届けることが出来たのだ。
手術後、意識が回復してからも医者が意外に思うほど元気で、沖縄のことなども話していたという。それだけに、死に顔は全く眠っているとしか思えなかった。
家族と会っての帰りに、雪が降って寒くてたまらないから、電車を待つ間に居酒屋で日本酒熱燗とつまみ、新幹線では、金のない学生時代に彼と一緒に良く呑んだサントリーレッドの小瓶と缶コーヒーを買って呑み続けた。昔は、彼とレッド大瓶にインスタントラーメンをつまみにしてよく呑んだものだった。
 
そして、途中の駅で、沖縄の4選挙区で勝利したと友人から連絡が入った!
実は、私も含めて4選挙区全ての勝利は難しいとの判断が大方の事前予想だったのではないかと思う。その理由は、知事選のほか、市長選や統一地方選など選挙の当たり年となり、有権者に選挙疲れが出て、投票率が下がる中で、選挙区によっては自公協力という強力は組織的集票力が発揮される可能性が高かったからだ。
それにも拘らずの大勝利で、安倍政権に対する沖縄民衆の深い拒絶意識と同時に、沖縄における選挙の歴史的な転換が起こったということだ。
そして、日本における絶望的な選挙結果の中で、辛淑玉さんの次の言葉に希望を見た。「2014年衆議院選挙は反ヘイトの勝利だ。メディアは自公で3分の2とか言っているが、それは選挙前だって同じだった。一方、今回の選挙の結果、自民党は‐2議席、維新は‐1議席、『生活保護は日本人だけに』『日本人の税金は日本人のために』と、外国籍住民は税金も払っていないと言わんばかりのデマを公約に掲げた反知性の『次世代の党』は壊滅的な惨敗である。極右が支持を失っているのは確かだ。安倍政権も、ネトウヨも、今が彼らのピークなのだろう。この後は落ちるしかない。時が経てば侮蔑の対象にしかならない。すでに、保守からは『オレはあいつらとは違う』と、見事な切り捨てが始まっている。実態をよく見よう。私たちは、時代の流れを押し返したのだ。」と。
キャンプシュワブのテントで日々闘われている民衆闘争勝利の楽天的原理は「勝つ方法は諦めないこと」。この確信を持てばどんな反動の嵐も越えることができると、肝に銘じて元気、暢気、陽気、そして少しの勇気で闘って行こうと決意している。


 

11月の晦日に

今日は11月30日。先週から続く呑みすぎ後遺症で、軽い眩暈が取れないまま起床。
昨晩の新運転塾、組合員仲間との議論が盛り上がると抑えなければいけないはずの42度焼酎のロックが何杯か分からないほど進んでしまい、その時には酔っ払わないのが、後になって遅れて効いてくるようだ。
午前中は、新規加入組合員に対する研修。過去は約1時間ほどのトークだったのが、最近は3,40分ほどで、お後が宜しい状態になっているので、実際助かっている。
途中からは、NHKの将棋の観戦。今日は、羽生名人と森内竜王と言う超豪華版の準決勝だったか。結果は、矢倉戦から羽生の無理攻めを森内が反撃して見事な勝利。
羽生名人に5〜6連敗中だった森内は、全国の将棋ファンが見守るNHK杯戦の勝利はことの他嬉しかったに違いない。
 
それから午後2時に予定されていた王子駅前公園での集団的自衛権や安倍政権には反対する集会とデモに参加。予定の時間とのずれがあり、時間が短かったので、サンシン演奏二曲を「沖縄を返せ」一曲にした。
イメージ 1この写真は、ステージ代わりのところで、実際の参加者は100人以上いたと思う。と言うのは、いわゆる超党派市民運動ということで、共産党から社民党、新社会その他までの議員が参加した上に地域の労働組合などが結集していたからだ。
衆議員選挙の候補者も、登壇して発言していた。
 
こうした街頭行動として、私たちが命どう宝ネットワークとして続けているのが、銀座4丁目公園でのサンシン演奏と沖縄の新聞を並べ掲げてチラシを撒くことだ。
9月から始めて、この23日が三回目だったが、その時の公園周辺は、例の年末ジャンボ宝くじを買う人々、群集がものすごい列を並び続けていた前で、いつものように行動した。参加者もだんだんと増えて、今回は、テーゲーサンシンクラブの仲間も一人、一緒に演奏してくれた。
イメージ 2
 
こうした街頭でのサンシン演奏は、沖縄キャンプシュワブでの抗議行動で行われている多様な表現とつながりたいとの想いから始めてきたものだ。実際、シュワブ横のテントでは、正門前や道路での行動を終えた後、参加者がそれぞれアピールをするだけでなく、サンシンに合わせてカチャーシーを踊り、最後にはウイーシャルオーバーカムを合唱してから、テントの片付けを皆で手伝い終えるのだ。
イメージ 3
戦後70年近く、長い厳しい闘いを続けてきた沖縄・琉球人の闘いの智恵のさせるもので、厳しければ厳しいほど心と身体にゆとりを持って持続できるような闘いの作法を継承してきたのだと思う。
 
その点では、国会前の辺野古実行委員会の抗議行動でも、従来型のシュプレヒコールに加えて最近の新しいコールがあったり、サンシンと唄があったりと沖縄流儀の抗議行動になっていて感心した。
イメージ 4この写真は、22日の国会前の行動をとったものだ。土曜の午後にも拘らず、主催者発表で、確か300人近くの仲間が集まったようだ。
その中で、沖縄から安次富さんの発言が中継放送されたが、県知事選挙後一端は強行な工事再開となるかと思われた現地情勢が、衆議員選挙への情勢変化の中で、全ての工事が止まっていることと沖縄防衛局の工事変更手続きの審査承認を仲井真知事が諦めて、翁長県知事の判断に先送りされたと言う勝利の報告があり、全体の拍手で歓迎された。
そして、衆議員選挙についても、去年の12月に裏切った自民党候補者に対して、全ての選挙区で対立候補を統一してぶつけることになったということだった。
沖縄から安倍政権に対するNO!を突きつけてやるのだ、との怒りと希望のメッセージをしっかりと受け止めて、首都圏においても精一杯の努力を注ぐことを誓い合ったいい集会、行動だった。
 
と言う最近の行動の一方で、組合大会を終えてから3泊4日で沖縄に帰り、辺野古、キャンプシュワブの現地行動はもとより、組合としての労供事業へ向けての働きかけ、前からの仲間達との懇親など短い時間でやりきれなさを抱えながらの滞在だったが、その中で親戚の法事にも参加した。その時に叔母から貴重な写真を貰った。今から73年前ぐらいの写真で、叔母の長男だった宝一叔父が日本軍に入っていたときに、家族全員お写真を取って叔父に送ったものだった。
その中に、当時17,8歳の母が映っていたのだ。去年亡くなった候庄叔父が左端、オジイ、オバー、一人生きてるテル子叔母の後ろに立っているのが母親。
こんな宝物に出会えて本当に幸せだと思った。それだけに沖縄を平和な島にするまで5月15日には帰って来いということで、10年前の5.15に母が突然亡くなったと信じている私だ。
イメージ 5
時間切れになった。これから初鹿明博氏の決起集会に参加する。維新会からの出馬となったが、彼のこの間の主張と行動は、私として指示してきたものだ。
明日から師走となり、本格的な選挙戦となる。身体の不調を整える為に、今晩は久しぶりの断酒をする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昨日は、東京地本の第59回定期大会だった。中間大会とは言え、統制委員長と15,6年ぶりに専従役員としての書記次長1名を選挙で決めると言うことで、前段から様々な動きがあった。私に対する解任動議の噂もありで、正直なところ期待していたが、開けて何とやらの拍子抜けするほど短い大会となった。
一方で気が気でなかったのは、やはり沖縄県知事選挙だったが、心配していたと言うことではなく、どれ程の大差で勝つかが気になっていたということだった。というのは、沖縄の親戚筋は勿論、この間電話で話した中で、最も嬉しかったのが、宮古島の知り合いの女性。過去、選挙とは全く縁が内というか行かないと断言していた人が、二日前の連絡で、82歳の自民党支持者できたオジーが、今回は翁長さんに入れるべきと進言したので、期日前投票してきたと報告してくれたのだ。
これで確実に勝利が見えた。最近の宮古島を初め石垣島などの島々では、残念ながら新保守主義の若い力が台頭して急激に右よりの政治、教育行政が行われている現実がある。その宮古島で、ズーット自民党政治の中心で選挙を戦ってきた大先輩から言われて彼女が翁長候補に投票したと言うのだから、負けるわけがない。
更に言えば、翁長候補は長年にわたって沖縄選挙区の一番の大票田の保守系那覇市長を勤めてきたと言うだけでも過去の革新系候補者とは雲泥の差があった。
大会が終わって、友人の組合員と軽くお疲れさん会をした後、事務所に戻って後片付けをしたり、新しい書記次長と言う役員がくるのを前に、自分の溜まった本屋資料を片づけをしながら選挙結果速報を待った。
そして、8時過ぎのフェイスブックで翁長当選確実の方が流れ、万歳カチャーシーを一人事務所で踊りながら、今後の琉球独立運動の新たな展開に希望を膨らませた。そして、那覇市長に城間さんが翁長さんと共に勝利した上に、今日の琉球新報の選挙結果を見て、更に感動、感謝したのは、名護の具志堅さんが県議、那覇の宮城さんが市議に当選していたことだ。
11月16日は、ユネスコが琉球組踊りを無形文化財に指定したという意味ある日だったのが、今後の沖縄の歴史では、文字通りの島ぐるみ闘争で日米軍基地からの解放に向かった記念すべき勝利の一日と記載されるに違いない。
 
 と言うすばらしい勝利を果たして尚、沖縄の未来は厳しいものがある。沖縄でもミーニシと言う北が吹く厳しい冬に向かって、大浦湾での埋め立て測量、ボーリング調査を止める為の行動からキャンプシュワブ前での座り込み抗議、阻止行動が続く。安倍政権は工事を止めないままに、翁長新知事に対する財政や政治的な締め付けや切捨てを強行することが予想される。それだけに翁長知事を支える沖縄御万人と日本の民衆力が問われる。嘗ての大田知事の場合、最高裁までの抵抗闘争
でやめざるを得なかった悔しい敗北の経験がある。
 
新しい役員がくる中で、少し気になる部分もあったが、そうした沖縄御万人の底力の一助になるべく明日からの三日間帰沖する。無事に大会を終えたことやその新役員が仕事の都合で来週の連休明けからの赴任と言うことも幸いした。満月男と自認するほど最近は神がかっている私ならではの自己中な行動だと思うが、ご先祖や琉球と宇宙の神が味方になっているように思って、明日の朝早く沖縄に行く。
最近は、感動と感謝のことが多すぎて、書き込みが出来な状態が続いているが、何よりも、フェイスブックで多くの人たちの素晴らしい諸行動、写真に感動、感謝しているだけに、本来ならば寸暇を惜しんでも書き込みをすべきだと思う。しかし、結局の所、年を重ねて備忘録を書いても、書いた先から忘れてしまう今日この頃のアルチュウーハイマーの進行度合いが問題なのだろうと思っている。
ということで、少ないながらも読んでいる人を意識しないで、これからも勝手な備忘録を続けて行くつもりだ。今日は、これからパルクのテーゲーサンシンクラブの仲間達とサンシン演奏練習で、その先には、23日に銀座4丁目でのサンシン情宣行動やパルクの望年会演奏が待っている。
 
 
 

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