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軍隊と軍事基地のない命輝く人々と自然の循環の島々だった琉球諸島を取り戻すために、非武装琉球ネシア連邦への独立を目指す仲間たちのネ

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10.21に帰沖

今日は、10・21。60年代末からベトナム戦争に反対する国際反戦デーだった日。
僕自身、68年から71年までは、当時の「街頭闘争」にノンセクトのクラス仲間や職場反戦の一員として参加した。
その後、1995年の少女レイプ事件に抗議する県民大会に、8万5千人が結集と言うこともあった。今自分が取り組み続けている命どう宝ネットワークの首相官邸とアメリカ大使館への抗議行動の起点となった集会だった。
そして、今日の日に関連して、不思議な縁を感じたのが、1719年に中国からの冊封使を迎えて玉城朝薫創作の組踊り「執心鐘入」初演の日だった。何故不思議かと言うと、私の好きな作家の一人に八重山出身の池上永一がいて、彼の本は殆ど読んでいるのだが、今「黙示録」という分厚い物語で、丁度、その「執心鐘入」の場面を読んでいるところで今日になり、沖縄手帳を開いたところピッタリと当たったということ。しかも、今日の夕方6時には、那覇空港に着く手配をしていたからだ。
明日には、今まで行きたくて行けなかった辺野古の海とキャンプシュワブ前の抗議行動に参加する。そして、半日だけの行動で、夕方にはまたこちらに戻ることになる。こんなスケジュールを可能にしてくれるのが、ジェットスターの得割りで、平日の火、水、木、金のいずれかの日を使えば、往復8000円弱で行けるのに当たったのである。これからもそうしたサービスがあり日程が可能ならば、どんどん応募するつもりだ。
その日程について言えば、実は、来月の16日が組合の定期大会があり、それに向けての執行委員会や評議員会が来週の29日に決まっていた。つまり、議案書や大会資料を事前に作成して、その機関会議で確認の上大会代議員へ郵送すると言う段取りになっている為に、今日の出発前にそれらの議案書と資料を作り終えなければならなかったと言う厳しさがあった。結局、夕方からの呑み会の後や土曜、日曜も含めて寸暇を使って作成を続けた。
その結果、今日の出発前に、命どう宝ネットの久しぶりに書き込みが出来るほど、余裕で終わった。これで沖縄に行っても誰にも文句を言わせないで済む。
実は、その他にも毎月書かせてもらっている沖縄レポートがあり、その締め切りにも追われながら締め切りに間に合わせた。
 
その冒頭の書き出しは、「10月10日の沖縄」として、以下の様に書いた。
 
「当日の朝からNHKは、50年前の開会式から始まった東京オリンピック報道一色となった。それも朝だけではなく一日中特集を組んで、戦後の復興から高度成長に向かう日本を賛美し続けた。勿論のこと、6年先の東京オリンピックへの期待を膨らませる仕掛けもあり、腹が立った。
 一方、いわゆる「10・10空襲」から70年の節目を迎えた沖縄では、那覇市の公園で第19回「なぐやけの碑」慰霊祭が行われた。その「10・10空襲」で犠牲になった約2900人の慰霊祭だ。
 那覇市連合遺族会の大嶺会長は「今年は10・10空襲から70年の節目になる。文化遺産や人命と多くのものを失った。歴史の教訓を胸に、平和の尊厳がいかに大切かということを示すのは私たちの責務だ」と弔辞を述べた。
 その同じ日に、猛烈な大きさに発達した台風19号の影響で、沖縄に暴風警報、波浪警報が発表され、その後2日間に亘って沖縄島を直撃した。
 沖縄での台風は、農作物などへの被害を考えれば来ないに越した事はない。しかし、まさに地理的特性からの必然的な気候現象であり一概に忌み嫌われているわけではない。というのも時には、渇水状態を解消して水資源を豊かに回復させたり、海の底を循環させて海中をきれいに洗浄する効果もある。また、今回も含めて10年前の辺野古の海を守る闘いでは、台風が果たした役割は非常に大きかった。沖縄防衛局が強引にボーリング調査を強行しようと焦ってスパット台船を設置しようとすると台風に襲われて撤収する場面が、2、3度あったのである。
 そして、今回も同様の事態が起こった。防衛局は連日のように「近く大型スパッド台船による掘削調査を再開する」と言っていたが、この巨大台風のために身動きが取れていない。それどころか、この夏強引に設置したフロートが浜だけでなく岩礁の上にまで打ち上げられ、更に、大浦湾にはバラバラにちぎれたフロートが浮かび、キャンプ・シュワブ沖合の海にはフロートが殆ど残っていないという惨憺たる状況になっているのだ。
 このことを報じた地元紙は「県知事選挙の前にできるだけ作業を進めようとしていた日本政府・防衛省・沖縄防衛局の計算は大きく狂うことになる。県内紙の世論調査で8割の県民が反対の意思を示している辺野古新基地建設を、海保の暴力的弾圧に頼って強行していることへの天罰である。」と断言した」というもの。
 
 これからも10月31日に沖縄に入り、11月4日に戻る。これは、マイレージの無料チケット。次の大会終了後(県知事選挙後)の18日から20日は、ジェエットスターで往復、12000円の安さと言うことで、辺野古の新基地建設阻止闘争が続く限り現場に駆けつける態勢を取って、ゆくゆくは沖縄での労働者供給事業に従事できるようになりたいと思っている。

毎週末に

今日は、組合の中央執行委員会を浜名湖の弁天島リゾートホテルで開いた。東京から4人、埼玉から2人、大阪から3人、滋賀県から2人の合計11人の役員で、6月に開いた大会後の経過と今後の具体的な方針について議論した。今までは、大会前に開いて具体的な方針論議がなかったが、今回はいい決定があった。その中でも、平和フォーラムからの沖縄県知事選挙と辺野古の闘いへのカンパ要請を最後の議題としたが、何とか5万円で折り合いを付けてくれた。
会議の後は、昼食に浜名湖のと言えば「ウナギ」と言うことで、久しぶりにうな重を美味しく頂いた。そのホテルは、オーシャンビューと言って浜名湖の一番海沿いにある弁天島の温泉ホテルで、会議室使用量とウナギ昼食、温泉付きで一人3500円と言う安さだったが、結局会議が終わって温泉に入ったのは、私一人。
実は、先週の日曜日も滋賀地本の大会に参加した後、そのホテルの天然温泉に入ってから石山寺にお参りしてから帰ったが、来週末も青年部の一泊学習会で、鬼怒川温泉に行くことになっている。
本当に、感謝、感謝、スマイル、スマイルの週末が続く。
 
その一方で、沖縄では辺野古新基地建設、県知事選挙の現場で厳しい闘いが続いている。そうした状況に主体的に関われないことにストレスが溜まり続けている。
山城さんの連日の奮闘、目取真さんのブログで知る現場の状況に直接参加しきれない自分がやりきれないと言う感情が募っている。
という中で、新社会党の機関紙の原稿の締め切りがあり、色々と書かせてもらったが、その中でスコットランドの独立住民投票と糸数慶子さんのことを次のように書いた。
「この9月、沖縄御万人の今後の闘いと密接な関連を持つ動きとして、英国からのスコットランドの独立を問う住民投票が18日に実施された。結果は、反対55.3%に対して賛成44.7%で独立は否定された。今回その英国の正式名称が「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」で、イギリスや英国が通称だと私は始めて知った。
1707年に英国に併合されたスコットランドに対して、サッチャー政権による炭鉱閉鎖の強行、1989年には人頭税の先行導入などの差別的処遇への反発が高まり、英政府は99年、スコットランド出身のトニーブレア首相の主導で、大幅な地方分権を行った。スコットランド議会が約300年ぶりに設置され、軍事や通貨などを除く多くの分野でスコットランドに独自の立法権を認めたのである。
そして、今回の住民投票は、3年前にスコットランド議会で独立を公約としたスコットランド民族党が議会過半数を占め一昨年にイギリスのキャメロン首相とスコットランド行政府のサモンド首相が合意して実施されたという。今回の住民投票が世界中の注目を集めたのは、平和裏に国民国家からの分離独立が適うという世界史上初といってもいい「直接民主主義の壮大な社会的実験」だったからだ。
中央政府から不平等な扱いを受け、自治意識の高まっている地域は地球上に多い。スペインのバスク、ベルギーのフランドル、カナダのケベック。スペインのカタルーニャなどがそうだ。実際、スコットランドには多くの自己決定権を求めて運動している各国内の民族グループが支援や調査に入っていたという。そして、スペインのカタルーニャ自治州が、11月にスペインからの独立を問う住民投票を行うと決定したが、英国と違ってスペイン中央政府は憲法違反として最高裁に提訴し、最高裁は差し止めを命じる判決を出したという。
沖縄から調査に行った島袋琉大教授は「独自の文化、言語、歴史を持つ地域の人々が、自分らの国では民主的要求を充足できないという場合に、自分らの民主的な政府をつくる手続きのモデルになる」と指摘、「沖縄にとって大きな示唆を与える」と話した。また、昨年5月に設立し、活発な活動を続けている「琉球民族独立総合研究学会」の若きリーダー二人も住民投票前後現地にいて多くの人々と交流を深めたようで、フェイスブック、ブログに次のように書き込んでいた。
女性の人権獲得、マンデラ支援運動、反トマホーク運動、ネオナチ反対運動、独立運動等です。現在のスコットランドにおける独立運動はこれまでの人権確立運動の延長線上にあり、土台が大変しっかりしたもので、投票結果如何にかかわらず、これからも続くという確信を持ちました。反基地キャンプには軍警察の車が常時待機して圧力をかけ、私達が湾近くに移動したときにも軍警察が付いてきていました。このような圧力に屈せず、運動を続け、世界中から運動を支援するために寝食をともにして生活しているのです。スコットランドにおける独立、反核運動の原点の一つを知ることができました。基地の近くに何十年も住みながら抵抗運動をしている方々に話しを聞くことができました。核弾頭の搬入阻止をしたり、カヌーで海上で抗議活動をしています。」と。
 1609年の薩摩の軍事侵略以降も国際的には存続していた琉球国を併合したのが1879年、その後の差別と戦争の歴史を戦後も引き続き負わされていることへの怒りが島ぐるみとして爆発しているのが、今の沖縄であり、このまま安倍政権が暴力的な基地建設を推し進めていけば、独立に向かう島ぐるみ闘争へと質的な転嫁が起こるに違いない。」
 
そして、沖縄県知事選挙である。
ついさっき、喜納昌吉さんのマネージャーから電話があった。オール沖縄の候補者として出ている翁長候補者への不信感から喜納さんが出馬したことを話してくれた。支援の要請だったと思うが、それに対して私は、確答せずに「琉球独立運動の観点から今回の沖縄県知事選挙を戦略的にどう位置づけるかで、いま自分が主体にはなりきれないので、なんとも言えない」と逃げてしまった。しかし、彼には直接言わなかったが、その新社会党系の機関紙では、次のように書くしかなかった。「その後、民主党沖縄県連会長の喜納昌吉氏が「埋め立て承認を撤回する」と明言して出馬宣言したが、民主党本部は元より地元での反対が大きく、大勢に影響はない。この間の県知事選挙では、革新系候補者が四度連続で負けてきたなかで、沖縄御万人は、名護市での連続四回勝利を受け継ぎ、島ぐるみ会議の三原則実現に向けて5回目の決定的な勝利を目指している。そして、この県知事選挙後も、辺野古、キャンプシュワブゲート、高江での非暴力直接行動と日本、アメリカ、国連などへの働きかけ、そして自立独立運動などが自由と平和、人権を旗印に広汎且つ強力に進んでいくに違いない。この沖縄御万人の新らたな島ぐるみ闘争こそ、歴史の分水嶺、分岐点に立つ今の状況を勝利に導くと確信している。」と。
 
 
 
 
昨日、東京・江東区の亀戸中央公園で開かれた「さようなら原発全国大集会」、福島から、全国各地から「川内原発を再稼働するな、フクシマを忘れな い!」と、好天気の下で約16000人の参加で開催された。
組合として、執行委員会確認をしたが、残念ながら本部関係者のみ4人参加となった。開会までの間、入り口でこの26日から銀座で開かれる「辺野古の写真展」のチラシ配布をしたが、その時だけでも多くの懐かしい人や活動家と出会うことが出来た。中でも佐倉市民ネットの古くからのお姉さんたちからは、11月に沖縄辺野古の集まりをしたいので、映像があれば持ってきてほしいと頼まれた。
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お彼岸に

今日は暑さ寒さも彼岸までの日、朝から好天に恵まれている。
朝、普段どおり出勤するという次男坊を駅まで送って自宅帰る途中、最近気になっていた近所の彼岸花の群生を写真で撮るのは今日しかないと思って、車を引き返して撮った。
イメージ 1イメージ 2ついでに今から3,4年前に那覇から戻る飛行機の窓から撮らしてもらった辺野古の写真。今、ボーリング調査を強行する安倍政権が、ジュゴンと海がめや竜巻が竜神の化身となって市民、労働者の阻止行動と共にこの海と自然を戦争の基地から守る為に闘っているのを思うと居ても立ってもいられない気持ちが沸いていくる。ジュゴンは、8月末、竜巻は9月1日に天に登ったものだ。亡くなった大西ヘリ基地反対協の共同代表が常々言っていたように、辺野古の新基地建設反対闘争は、琉球の神々がともに闘い勝利したと。丁度10年前のことだったが、何かと言えばジュゴンが姿を見せ、台風が来た。
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そして、今日の仏壇には水、お茶、泡盛、りんご、梨、ミカン、玄米、スープを上げて、線香をたき、兄貴と叔父の若いころの格好いい写真も置いた。結局、我が家の小さな仏壇には、母もいれて六人の親兄弟、親戚に加えて、早くに亡くなった友人たちが喜んで仲良く並んでいる♪
今日の夜はおはぎとウチカビを燃やすのを忘れないようにしなければならない♪
辺野古、高江に行けない分、琉球の神々に祈りをすることは、最近神がかっていると自覚している私に出来る最低のことだと思っている。
今日は仕事休みで、これから脱原発集会に始まって、沖縄関係のコンサート、そして夕方から「モズクの竜宮城」ブランドを立ち上げて銀座わしたに出張販売に来ている後輩に泡盛をご馳走する。今日も1日いい日になりますように!ご機嫌よう♪
 
 

辺野古の他に

7月から始まった安倍政権の現代版「銃剣とブルドーザー」の暴力によるボーリング調査の強行と反対抗議する住民への弾圧が酷すぎる。しかし、逆に多くの沖縄住民たちが辺野古とキャンプシュワブに結集する行動が強まっている。8月23日には、4千人近い人々が、シュワブ前と周辺を埋め尽くした。そして、9月20日には辺野古の浜に7千人もの人々が怒りと希望を燃やして結集した。
そうした大きな行動をつなぐ連日の行動が粘り強く続けられている。
そうした沖縄での闘いに居ても立ってもいられない焦燥感を持つ人々が首都圏でも増えている。その行動の一つが、8月23日の国会前行動であり、今回の渋谷宮下公園での集会とデモだった。
その関連写真を色々な人のフェイスブックから転載する。まずは、沖縄の集会。
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そして、渋谷。イメージ 2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今後も、沖縄を中心に日本、東アジアでの戦争を阻止する具体的な闘争が盛り上がっていくことを確信している。そして、一日も早くその現場での長期的な闘いの一員となりたいと願いながら、来年の大会での役員選挙で書記長を降りて初めて可能なだけに、落ち着かない日々が続く。
 
その一方、昨日はマイクロバス運転手として栃木県益子にある「朝露館」見学会に行ってきた。世の中には本当に凄い人が大勢いると驚かされる一人が、関谷興仁さん。陶板を焼き付けて多くの人々の証言を残す活動を続けてこられた方で、その作品の物量と質の高さに圧倒された。その方の話しを訊いているのを撮った。
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そうした中で、先月から東京銀座でのサンシン情宣行動を再開している。兎に角、沖縄で起こっていることを銀座のど真ん中で、タイムスや新報の記事を拡大して展示し、チラシを配り、サンシン演奏をするという形で、2回行った。今度は、10月13日の午後2時からやる予定だが、道行く人々とのすれ違い、出会いが面白い。
今日は、サンシン練習会があるので、その参加者10数人にも参加を呼びかける。
11月の県知事選挙で、県内移設反対を掲げている翁長氏が勝利しても、これから長い闘いが続くことを覚悟して、サンシン情宣を多くの仲間と共により活性化して行きたい。

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