最近、書き込みが出来なくなっている。仕事の忙しさも含めて色々と理由があるが、そのうちの一つが、辺野古で日々起こっている新基地建設を巡る国家権力の暴力に連日連夜といっても過言ではない真っ向からの阻止闘争への感動の一方で自分が殆ど何も出来ていない不甲斐なさが大きい。何もしていない自分が沖縄、辺野古の現実を離れて命どう宝ネットワークとして何かを書く事ができるのかという自戒の念が強かった。そして、その現場を生々しく伝えるフェイスブックの大量の情報に飲み込まれるように見続けることが、日常の仕事の合間を埋める作業となっていて書き込む時間が取れてこなかったのも大きかった。
フェイスブックは、自分の情報すら書き直せない程度の知識しかない一方で、多くの友人知人のすばらしい書き込みが次から次へと繋がってみることが出来きて、「いいね」をクリックし続けたり、よっぽどの時はコメントに書き込んでいる。
そうした流れの中で、「シェア」というのもあることに気がついたが、実際「シェア」という作業をフェイスブック上では出来ないので、自分のブログに転載することで、そのすばらしい写真や文章を広げればいいのかと思い直している。
ということで、この間取り溜めた写真を連続して載せる。最初は、昨日投票が行われた市、村議会議員選挙で、勝利した東恩納琢磨氏たちの勝利の場面で、感動したのは「ジュゴンと海がめ」「竜巻」の二つは、阻止闘争に立ち上がっている人間たちを自然界の神々が支援しているし、今後も頑張れと励ましている証だと思う。その他は、現場で闘い続けている尊敬すべき感動の写真で、もしかしたら著作権云々の話もあるかもしれないが、フェイスブックの「 シェア」の手法でやらしてもらう。
この左の写真の二人、右が沖縄平和運動センター議長の山城さん。高校生時代から現場闘争を続けている凄い男。
その隣が、確か「標的の村」を造り、今はフリーとなって辺野古・高江の民衆の闘いを映像化している三上さんの息子とか?
その三上さん書いたフェイスブックがすばらしかったので、プリントして友達に配ったり、今度の9日の市川の集会資料とするつもりだ。
この文章と三上さんが取った動画を見て、「標的の村」と同じ感動の涙が溢れてきた。
「いつかは分かり合える日がくると信じたい。
〜8月30日、40人のカヌー隊と「海猿」との、壮絶な闘いの跡から
8月30日。この日がカヌー隊のXデーになると知らされたのは直前だった。この決戦計画は極秘で、それを証拠に放送局のカメラはひとつも海に出ていなかった。「反対アピール」が目的ならメディアをよぶだろう。彼らは世論に訴えるところにとどまらず、「本気で阻止」を決意しているのだ。
8月14日に、辺野古崎の周囲は赤いフロートで囲まれてしまった。その中に基地建設の第一歩であるボーリング機材が持ち込まれ、台船が組み上がり、海に穴を開けていく。
非暴力の抵抗を貫き阻止行動をしたいと、海保との直接対決も厭わずに集まってきたカヌー隊だが、このフロートに阻まれやぐらに近づくことができない。
2004年・2005年の沖合案の時には、反対する人々が海の中に立てられた4つのやぐら全てによじ登って座り込み、ボーリング機材を稼働させなかった。政府が今回、海保を大量動員し、周辺の漁協も懐柔して、提供水域の形まで変えてなりふり構わず抑え込もうとしているのは、海のやぐらやボーリング機材にしがみついてでも、あきらめずに反対する人々がいること、それを警戒するためである。
そして、あれから2週間、カヌー隊はフロートに近づいては海保に拿捕され、行く手を阻まれてやぐらには到達できないまま、効果的な阻止行動ができないでいた。しかし、作戦は密かに進んでいた。
8月30日、決戦の日。満を持して集まった40人のカヌー隊が、この日一斉に台船を目指し、国が海に浮かべた見苦しい赤い鎖を次々と超えていったのだ。この日の午前10時ごろ、辺野古は西から進んできた黒い雲に覆われ、一時、強い雨と雷に襲われた。海保や、防衛局が雇った漁師の船も一旦、港に戻って待機。灰色にそまった海上から一瞬、船の姿が消えた。
やがて雨が収まると、辺野古の浜から静かに20隻のカヌーが滑り出した。4隻の船も海域で配置につく。目指すは辺野古浜近くの掘削作業用のやぐら。赤いフロートに二重に囲まれたあのやぐらを占拠し、作業を止めるためだ。異変に気づいた海保のゴムボートが猛スピードで集まってきた。
あっという間に10隻ほどが海域に結集し、「フロートに近づかないでください!」「それ以上接近したらわかってますね?」と拡声器で叫ぶ。カヌー隊は、淡々と打ち合わせ通りの配置に付く。そして、一斉に赤いフロートを超え始めた。パドルで超えようにも、乗り上げている時間が長いと海猿に確保される。そこはチームごとに打ち合わせたとおり、先に飛び込んでカヌーを引く者、2艇まとめて後ろから押す者、プカプカ浮いて注意をそらす隊員…。 作戦中止を訴える海保の怒号と、抗議船の拡声器で騒然とする中、次々にフロート間際で転覆させられるカヌー。投げ出される隊員、引き上げる海保。それでも、もみ合う一団をすり抜けて、何隻かのカヌーがやぐらに迫って行った。
しかし、海保のボートに追いつかれ、次々に飛び乗られて撃沈。中に入って行ったメンバーはすべて海保の黒いゴムボートに拘束された。乗り手がいなくなった色とりどりのカヌーが、あっちこっちの海面でひっくり返っていた。壮絶な海上の戦いの跡。市民の無謀な行動に呆然とする海保の姿があった。この40分、私の目の前で展開されていたのは、まぐれもない体当たり戦、だった。海のスキルを鍛え上げてきた海保の海猿たちにしてみれば、結局は捕まり、ゴムボートに拘束される運命とわかっていて、なぜ、カヌーのような弱い存在が次から次へと無駄な抵抗をするのか、理解できないだろう。もはや気の毒にさえなったのか、当初のような手荒な行為を控える人もいた。結論は出ているのに、秩序を乱すだけの集団。手のかかるならず者たちだと、我々を思うのかもしれない。
でも、船の数も、装備も、練度も完全に負けていて、権力も政治力も、なにも持たない彼らがなぜここまでのことをするのか。もしかしたら少しずつは考え始めてくれたかもしれない。海保の皆さんはきっと、海を愛しているだろう。だから、海を壊したくない気持ちはよくわかってくれるだろう。親しんだこの海の素晴らしさを知っているからこそ、大学生から70代の大先輩まで、年代も生きる世界もバラバラな人たちが、やむにやまれずパドルを手に、厳しい海上工事の現場まで来てしまうのだと。
それでも、まだ腑に落ちないだろう。
こんな負け戦に見える戦いを、なぜ彼らが繰り返し挑んでくるのか。そこは沖縄に来て数ヶ月では、わからないかもしれない。全てを失った沖縄戦から70年のできごと。伊江島で土地を守るために戦った阿波根昌鴻さんから、米軍の統治の横暴さに抵抗して投獄された瀬長亀次郎さんから、脈々とこの島で生きるものたちが受け継いできたもの。沖縄が歩んだ道は、負けるとわかっていたって引き下がれないことばかりだった。
その歴史的な任務を引き継いで今を生きる人たちの覚悟について。圧倒的な力を持ってしても、決して根絶やしにすることはできない信念、希望、明日を変えられると信じる力。そんなことを、できれば海保の皆さんの一人一人と話してみたいと、この日海に出た人や、浜で固唾を飲んで見守っていた人たちは皆思っていたに違いない。この日は結局、誰ひとりやぐらに登ることはできなかった。カヌーと身柄を返してもらい、夕方辺野古の浜に集まったメンバーに、周囲からは惜しみない拍手が送られた。確かに力でねじ伏せられたが、悲壮感はなかった。
その力を容赦なく行使するのは「国」であり、敵は海上保安庁の職員ではない。本当は、共に海を愛し、守るという理想を語り合える関係でいたいと、壮絶なぶつかり合いの後でも、私たちは思うことができる。
そうやって、作り上げられた対立の構図に落とし込まれずに、いつかは分かり合えると信じられる力こそが、希望そのものなのかもしれない。
三上智恵監督新作製作のための
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沖縄の基地問題を描く、三上智恵監督新作の製作を来年の2015 年完成を目標に開始します。製作費確保のため、皆様のお力を貸してください。
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