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 人気作家(ベストセラー作家ではないが、芥川受賞作家で、その後も消えることなく活躍している)のH坂氏から原稿をちょうだいしたとき、話題が、当時自民党総裁になったばかりだった安倍晋三のことになって「あんな成蹊出身のアホなんて」としきりに言う。

 私は安倍を「成城出身」と思っていたのでそう言うと、「いや成蹊です。成城のほうがよほどいい」と言う。

 成城学園は、私が住んでいた豪徳寺と距離的に近く、近所に目で見てきた成城学園のほうが、「あらが目立つ」というか、そんなイメージで、名前は知っているがどこにあるのかも知らない、目で見ていない、成蹊大学の方が知的に勝っているように思っていた。

 全く根拠のない判断でしかないけれど、「心理的」にはそんな風に感じていたのだ。

 武蔵大学なんかも、私にはそんなイメージがある。

 それはともかく、H坂氏の話は、そんなわけでちょっと意外に感じたのだけれど、その後、H坂氏の言う「どうしようもないバカ」という意味がだんだんわかってきた。

 例えば安倍晋三は、今、ミャンマーやインドを訪ねて、「近代化をお助けしたい」と言い、先方の首脳もそれを歓迎しているようだが、原発事故にしろ従軍慰安婦問題にしろ、近代諸国が自ら生み出したもので、それが今、反省の対象になっているので、私は「近代国全体の責任という線で話をまとめろ」と以前から言っているのだが、安倍晋三が首相になってから、そういう観点が全くないことが明らかになってきた。

 要するに「近代化」をひたすら「いいもの」と認識して疑わない。

 その点、東大、京大等の国立大学、早稲田、慶応等の有名私大出の人間は、「近代」を推進する主勢力であった故に、その歴史に対する反省意識があると思うし、現役の学生もその「雰囲気」はわかっているような気がする。

 しかし安倍晋三には、その雰囲気がまるで感じられず、それはもしかしたら「成蹊出身」というキャリアと関係があるかもしれないと思うようになった。

 真面目で、いい人だとは思うのだが、第二次大戦を遂行した主要近代国家が、勝ち負けを問わず、共通に認識すべき「反省の上に立つ」という大前提を「安倍首相は理解していない!」と欧米メディアが一斉に非難していることも、「批判されている」という事実はわかっていて、発言も修整しているのだが、なぜ修整しなければならないのか、それがわかっている風に見えないのだ。

 歴史修正主義が排撃されるのは、歴史修正主義が「反省の上に立つ」という大原則を反古にしかねないからだ。

 H坂氏が「バカ」と言ったのも、その辺のことを言ったのだろう。

 ミャンマーやインドでも、「アジア初の近代国」を表看板にしているようなのだが、「アジア初の近代国」だからこそ、「近代の反省」の上に立たないと、アベノミクスの三本柱の三本目の「構造改革」も、トンチンカンな結果になりかねない。

 「反省」は、「猿にもできる」わけではなく、難しい作業なのだ。

 ともかく、一億近い人命が失われた第二次大戦の後は、すべての政治指導者が守るべき絶対原則になったのだが、日本は、高々160万人しか死んでいないし、自国が戦場になることもなかったので(沖縄をのぞき)、その辺の認識がかなり甘い。

 ……と、そんな風に思うのだ。

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エネルギー不足や貧困より近代化の方がマシなのでは?

2013/5/26(日) 午後 6:10 [ kazu ]


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