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ここで展覧会を開くということは写真家として一つのステータスになるのだと思うが、場所そのものははっきり言って、ステータスを感じさせる場所でなかったのがちょっと意外。
狭いし、天井は低いし。
天井が低くてもかまわないと言えばかまわないのだけれど、全体のスペースに比べ、博物館側が決めたのだと思うが、展示点数が多すぎる気がした。
もっとも、「写真の間が普通より狭いのがいい」と感想文に書いている人がいたので、「人それぞれ」ではある。
内容的には90年代はじめの東京が中心。
ということは、ちょうどバブルの頃で、あの時代がもはや写真的鑑賞の対象になったとまではいかないのだが、「なりつつある」ことを感じた。
「写真を撮る」という事自体が、そういうことなので、でもそれは、「今」をとるという意識がないと、後でそういう効果が発揮されることも期待できないわけで、なかなか難しいことではある。
よく、単に「戦後間もなくの写真だから」というだけの理由で、昔の町並みの写真が公共施設なんかに掲示されていることがあるが、全然「懐かしい」という感じをもてないのは、結局、撮影者の意識の違いなのだろう。
あれ見て、「懐かしい」なんて言っているおっさんがいるが、ボキャ貧なだけだ。
帰りは、近くの麹町のバス停から都営バスで西新宿まで乗ったのだが、写真はその時刻表。
朝は10時頃が「始発」で、「終バス」は、なんと午後4時半過ぎだ。
その間、一時間に一本しか走っていない。
東京のど真ん中の公共交通機関がこんなに疎らだとは知らなかった。
…って、以前、同じ半蔵門の川喜田映画財団に行ったときに、新宿から半蔵門に行くすべがなく、結局歩いて行ったので、今度同じバスを使う機会があったら、ど田舎のバスにも勝る、というか劣る「時刻表」を写真に撮ってネタにしようと思って、ケータイで写真に撮ったのだが、あまりはっきり写っていない。
でも、「疎ら」なことはわかるだろう。
猪瀬都知事が、六本木と渋谷間のバスを、ニューヨークの地下鉄のように「終日営業」にするとか言っていたが、「都営バス」の現実を全く知らずに発言しているのだと思った。
そもそも新宿御苑の大木戸門から四谷へは新宿通がまっすぐ一本、通っていて、そこには当然バスが走っていたのだが、数年前にそれが廃止され、四谷から乗るしかなくなった。
それが私の乗った「西新宿ー麹町」路線なのだが、これは四谷から新宿へまっすぐ走らず、市ヶ谷方面へ曲がり、新宿若松町の日赤病院だか、なんだか忘れたが、大きな病院を経由して西新宿へ向かうようになっている。
だから乗っていて目が回ってしまったが、結局、病院からの客を拾うために、路線を曲げたのだ。
それは別にかまわないのだが、そのためになんで新宿5丁目近辺から四谷、麹町へ向けて行く人の需要を無視するのだ。
おまけに現に走っている路線すら、午後5時には終わってしまうのだ。
これは、本数を減らす、乗客が減る、本数を減らす、乗客が減る…の繰り返しの結果だと思うが、そもそもお役所仕事というのは、「消費を増やすように努力する」という動機をもたないから、こういうことになる。
もしかしたら、「消費を増やす」ことは「エコ」に反するという意識が、バブル以降、刷り込まれてしまったのかもしれない。
もちろん、「これ以上消費は増やさない」という生き方があることは認めるけれど、それも全体としては、消費を増やした結果の「余録」という形でそういう生き方も可能になるのだろう。
ここは非常に難しい問題になるけれど、ただ90年代はじめのバブル崩壊の教訓を、「バブルを起こしたからいけないのだ」と考える人が大半で、「バブルが崩壊した後始末に失敗したのだ」というリアリスティックな見方をする人は学者等には少なからずいたのだけれど、マスコミでは皆無だ。
まあ、マスコミのことはおくとして、猪瀬都知事は、役人のシナリオにしたがってパフォーマンスしているだけで、都の現状を把握しているかと言ったら、全く把握していないと断言していいと思う。
その点では、正直言って石原の方が少し上だ。
しかし、石原と言えば、一昨日の「朝生」でまたぞろ尖閣諸島問題で石原都知事の購入をとりあげていたが、都知事が購入したから尖閣諸島が東京都になるのか?
この私の疑問は、出席者の疑問ではなかったらしく、石原都知事の購入発言がことのきっかけになったと言うだけで、ウルトラ右翼に私有させ「管理は国がしっかりやります」といえばいいという戦略に言及する人はいなかった。
と、また蒸し返してしまったが、民主党政権は石原都知事よりリベラルだからより良いはず、という日本のリベラル特有の「甘え」というか、ナルシスティックなトンチンカンだけは許しがたいので蒸し返してしまった。
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