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 戦後民主主義を左から支えたのが丸山真男で、右から支えたのが和辻哲郎だと小熊英二の『民主と愛国』に書いてあった。

 最初にこれを読んだとき、丸山はともかく、和辻の名前は、意外に思った。

 というのは、和辻の『風土』を読んだとき日本人は公共空間にいると孤立し、不安に思うという考察に「なるほど」と思ったのだった。

 これに対し、欧米の都市の住人、あるいは欧米の植民地だった都市の住人は、公共空間が自分たちの自治にゆだねられた空間であると認識しているので「不安」に思ったりはしない。

 日本のマンションの「公共スペース」にインド人の住人が花とお香を飾ったら組合から撤去を命じられ、そこはいつもガランとしているというニュースを見たことがある。

 インド人は「公共スペースは何もしてはいけない場所らしい」と苦笑していたけれど、「公共概念」は、イギリスの植民地だったインド人の方がちゃんと明確に理解しているのだ。

 この「公共性」の概念がいかなるものであるか、和辻哲郎は『風土』で詳しく書いているのだが、少し長くなるが引用する。 和辻はまず東京の「だだっ広さ」を指摘する。

 『つまり日本では大都会になればなるほど不便なところになる。経済的にも心理的にも非常な浪費をしながらしかも生活はいっこうに快適にならない。それは帰するところ都会と家との不釣り合いに基づくのである。なぜこのように自動車や電車に対しても道路に対してもまた都会そのものに対しても不釣り合いな家が、実に珍奇なほどに小さな家が、依然として地に食いついた姿を都市の真ん中に示すのであろうか。人はそれを経済的な理由に帰するであろう。日本はまだヨーロッパほどに富んではいない、だから高層建築が起こらないと言うであろう。…(略)…しかしこれらの高層建築が建てられないのは経済力がないからではなく、ただ共同的に、また公共的に都市が営まれないからに他ならぬのである。』

 では日本人は何故共同的に都市を営もうとしないのであるか、和辻は、共同的に都市を営んだ方が便利であり、快適であるのに、それを選ばない理由が日本の家の形態に現れているという。

 『ヨーロッパの都市の家は、富豪の家を除いて、個人が一つの家を占有するのではない。建物を入ると廊下を挟んで左右に一個ずつの「家」がある。この廊下はいわば道路の延長である。否、本来の意味における往来である。そこでこの往来を通って…(略)…借り間している人のもとへ書留郵便を届けようとする郵便配達夫が建物の中の廊下の往来を通り、家の中の廊下を通ってその人の室にまでやってくるのは、この往来の意味を明らかにしたものである。配達夫のみならず、書店の小僧でも運送屋の人夫でもみなそうする。』

 なるほど、和辻によると建物の廊下は、外の往来と同じくらい、ときにはもっと汚いそうだが、廊下は往来だからなのだ。また、刑事コロンボがレインコートを着たまま家の中にずかずか入ってくるのも、個人が直接、往来に、街に接触しているので、自然に「公共の顔」に切り替わることができるのだ。

 日本の刑事ドラマが不自然なのは、この辺りのルールが確立していないからだろうし、また児童相談所の所員が、児童虐待の情報を得ても、児童をなかなか保護できないのも、「他人の家の中に入る」ことに対する抵抗感があって、ちょっとやそっとではできないということなのだろう。

 それはさて、和辻は、建物の中の廊下が往来なら、現実の町の中の往来もまた廊下であると言う。

 『個人はおのが室に、あるいは家にいるままの通常の姿で廊下へ出る。それから階段を下りて建物の入り口からさらにもう一つ外の廊下へそのままの姿で出る。ただそれが屋内の廊下と異なるのは上に空が見え、冬には暖房の設備がないことだけに過ぎぬ。人はこの廊下を通って飲食店へ行って食事をする。あるいはカフェへ行って一杯のコーヒーを前にして音楽を聴き、カルタを弄ぶ。それは大きい家の中で長い廊下を伝って食堂へ行き、あるいは客間へ行くと何の異なるところもない。』

 『ということは、「家」の意味が一方では個人の私室にまで縮小され、他方では町全体にまで押し広げられることに他ならぬ。それはつまり「家」の意味が消失したということである。家がなくして、ただ個人と社会があるということである。日本には明らかに「家」がある。廊下は全然往来となることなく、往来は全然廊下となることがない。その関門としての玄関はそこで截然と廊下・往来の別、内と外の別を立てている。配達夫も小僧もこの関門を入ることはできない。カフェも食堂もすべて「よその家」であって…(略)…共同の性格を帯びることがない。日本人はこのような「家」に住むことを欲し、そこでのみくつろぎ得る。それほどの執着を起こさせる魅力はどこにあるのだろうか。「家」は截然と外なる町に対しておのれを区別しているが、しかしその内部においては室の独立というごときものの全然ないものである。室を隔てるものは襖障子であるが、それらは鍵をかけるというごとき防御的、対抗的な「隔て」の意志の表現をかつて帯びたこともないし、その可能性もない。それを開けようとする欲する人に対してはそれを拒み得る何の力もそこには与えられておらぬ。しかもそれがある意味の「隔て」として役立つのは、それが閉ざされていることによって表示されている「隔て」の意志が他の人によって常に尊重されるという相互の信頼に基づくのである。すなわち「家の中」にあっては人々はおのれを守って他に対するという必要を感じない。それは言い換えればおのれと他の間に「隔て」がないことである。鍵は他の意志に対して「隔て」の意志を直接表現するが、襖障子はむしろ「隔てなき」意志を表現しつつ、その「隔てなさ」の上において室を仕切るものに外ならぬ。…(略)…かかる「隔てなさ」を内に包みつつ、外の世界に対しては鍵のあらゆる変形(その中には高い板塀や恐ろしげな逆茂木などもある)をもって対抗するのが日本の「家」である。もしそこに魅力があるとすれば、それはこの小さい世界の内部における「隔てなさ」にほかならぬであろう。』

 いや見事です、脱帽です。

 2020年のオリンピックは「おもてなし」の精神でもてなすそうだが、「隔てなさ」の精神が「非関税障壁」につながることを思うと「?」と思ってしまう。

 『人は問うかもしれない。このような小さい世界は西洋の長屋においても保存しうるのではないかと。しかし、この西洋風の長屋は、それを作るときに共同的な協力を必要とするのみならず、その存立が住人の共同的な態度を予想するものである。他と慰労かを隔てた隣と互いに交際しないような状態においてもそれはなお一つの組織であって、暖房の設備、湯の設備、昇降機の使用等々において常に共同的であることは免れない。そしてこの共同的であることが、日本人を最も不安ならしめるものなのである。』

 このように非共同的な態度では都会生活は不便で快適なものには決してならないし、だとしたら、このような態度は断固として改めなければならないはずだが、和辻は敗戦を経て、「日本人が共同的な態度を身につけることは到底、無理」と判断し、例えば「小さい世界の内部における隔てなさ」を「鍵のあらゆる変形」をもって守ること(これはまさに諸外国、とくにアメリカに批判されている「非関税障壁」に他ならない)を肯定することになったのだ。

 昭和はじめの和辻の激烈な「日本近代批判」を勘案すれば、和辻の戦後の転向は左翼主義者の転向より、日本に悪い影響を与えた点において、はるかに罪深いと、自由主義者の私は思う。


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