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 「はだしのゲン」とか言う漫画が一部で児童閲覧を制限されたそうで、是か非か論争が巻き起こっている。

 私はもちろん、見たことなんかない。

 何しろ、あの絵をみると、原爆をおちょくった「ギャグ漫画」ならわかるが、大真面目な漫画だそうで……。

 いや、まあ、見たことがないので「はだしのゲン」はこれまでとして、同じ漫画で、こちらはもちろん、見たことのある「鉄腕アトム」。

 「鉄腕アトム」の「アトム」はもちろん、原子。

 つまり原子力で動いているわけだが、反原発を言うなら当然、アイゼンハワー大統領の「原子力平和利用」宣言を受けた、戦後の時代風潮の落とし子である「鉄腕アトム」も問題にしなければならないはず。

 というのは、TBSだと思ったが、戦後の原子力政策を原爆投下から説明していた。

 つまり、アメリカは、自分の原爆投下を正当化するため、また冷戦下の戦略的優位を確保するため、原爆投下を科学的優位のシンボルとする戦略を被爆地である日本において着々と進めてきたことを、いろいろな資料をもとに訴えていた。

 何しろ自分が小学生時代の話だから、よく覚えていないのだけれど、「そう言えば、鉄腕アトムが、原子力で動いていたな」と番組を見て思い出したのだった。

 あの頃は、原子力が未来を開くとみんな当然のように思っていたし、そういう中で「鉄腕アトム」は生まれたのだった。

 手塚治虫は、1960年代後半から「戦後民主主義の欺瞞」を非難する新左翼を中心に、批判が強まったが、理由は、手塚治虫は戦後民主主義を擁護しているのではないかという漠然としたもので、「鉄腕アトム」の「原子力問題」は関係なかったが、今思うと批判されるべき要素はあったと思う。

 それこそ、「従軍慰安婦は当時は当然だった」という擁護理由が理由にならないようにだ。

 ま、それはともかく、TBSの当該番組は、それほど貴重な内容ではない。

 終戦直後から昭和30年くらいまでは、原子力の平和利用が文字通りに信じられていたことは事実で、それがアメリカの冷戦戦略とリンクしていたことも、秘密でもなんでもないだろう。

 それが根本的に変わったのが、80年代初め頃に結ばれた、日米の新しい原子力協定で、日本は、プルトニウムの保有を、厳重な監視下という条件付きながら、認められたのだ。

 これが認められているのは、米ソ英仏中の五つの既存の核保有国の他は日本だけで(イスラエルとかインド、パキスタンなど、強引に勝手に所有している国は別として)、日本政府、関係当局は、国民には内緒だったが、戦後最大の外交成果と言って、歓喜したのだった。

 今、日本政府が、これほどの大事故を起こしながら、日本の原子力政策の大枠を維持しようとしているのは「戦後最大の成果」を無に帰したくないからなのだ。

 菅も野田も、多分、官僚の説得を受けたのだろうが、「戦後最大の成果」を無に帰すことに踏み切れなかった。

 TBSの番組のキャスターは鳥越俊太郎だったが、彼は全くのバカで、去年だったと思うがNHKがイーテレで放送した80年代はじめの日米原子力交渉の詳細を関係者に聞いた大変重要な番組のことを知らないらしい。

 あれを見ていれば、自分の番組がいかに脳天気かがわかっただろうに。

 それはともかく、少し話がそれるが、昨日のテレビタックルで、古賀元経産省官僚が、東北大震災を受けて成立した法律に「防災、減災に資する用途」と書かれているのが問題で、防災、減災に関係があると言えば、いくらでも予算を付けることができるので、それで数兆円が被災地と無関係なところで使われてしまったと言っていた。

 これもこれまでさんざん言われてきたことだが、「防災、減災」という言葉が法律に明記されていることは初めて知った。 前にも触れたが、「もはや戦後ではない」と宣言された昭和35、6年以降の高度成長期の政策のうち、社会保障政策のスローガンは、「救貧ではなく、防貧を」だった。

 これは、厚生省の担当ノンキャリアが得々として語っていたので、ノンキャリアはその「からくり」を知らなかったのだろう。

 「防貧政策」とは、「貧しい人を救う」のではなく「貧しい人をつくらない」ための政策だが、「防災、減災」も同じ、「災害にあった人を救うのではなく、災害そのものを防ぐ」のだ。

 こんな甘言にだまされるなんて、日本人は、木の実を朝三つ、夕方四つしかないのを不満を訴え、朝四つ、夕方三つにしてもらって大喜びした「サルなみ」のバカだ。

 「防災、減災、防貧」は、役人に際限なく権限とカネ(税金)を与えるだけのインチキな政策で、もはや破綻していること、今や「「救災、救貧」に尽力すべきであることに早う気づけ、と、日本人諸君、なかんづくマスコミ諸氏に言いたい。

虫酸が…

 テリー伊藤が日曜昼の「サンデーなんとか」で、中国人の観光客のマナーが悪いことをとりあげて、「それに比べて、日本は、震災以後、絆を確認し、一つになっている。なんという違いだ」と発言し、聞いて虫酸が走った。

 脇にいた黒金ひろしが「いや、現代中国は、60年程度の歴史しかない文化の浅い国で、三国志や水滸伝で描かれた中国人とはちがうんですよ」と言っていたが、これも知識の底が意外に浅いのでびっくりした。

 三国志はともかく、水滸伝は、ある著名な中国研究家が、中国庶民のことを知りたければ水滸伝を詳しく読むにこしたことはないと言ったくらいで、中国人観光客の傍若無人な態度に通じていることは、読めばすぐにわかる。

 いったいお前は中国人観光客を擁護しようと言うのか、非難しようとしているのか、どっちだと言われるかもしれないが、私が書こうと思っているのは、魯迅のことなのだ。

 魯迅に「野草」という、短文エッセイ集があるが、そこに「乞食者」という乞食の話が出てくる。

 『ひとりの子供が私に向かって乞食した。袷の着物をまとい、哀れげな様子は見えなかった。立ちふさがって頭を下げ、追いすがって泣きわめいた。彼の鳴き声と態度が、私にはいやだった。哀れぽくなく、児戯にひとしいのを憎んだ。』

 その魯迅の前にもう一人の乞食が現れる。こちらは唖だ。

 『彼のその手真似を私は憎んだ。彼は唖ではないかもしれぬ。単なる乞食のための手段かもしれぬのだ。私は布施をせぬ。私には布施心がない。私は布施するものの上位にいて癇癖と疑いとを与えるだけだった。(略)私は自分がどんな方法で乞食をするかを考えていた。どんな調子の声を出すだろう。どんな手真似で唖のふりをするだろう。(略)私は布施を得られず、布施心を得られぬだろう。私は布施の上位にいると自認する癇癖と、疑いと、憎しみを得るだろう。私は、無為と沈黙とをもって乞食するだろう。私は、少なくとも虚無を得るだろう。土埃、土埃……』

 布施を得ることができなければできないだけ、自分は布施を得ていいはずだという心理が高まり、高まれば高まるほど布施は得られず、とどのつまり、虚無だけになる。

 こんな風に乞食の心理に分け入った文学者は魯迅の他にいるだろうか。 いるとしたら、虫になったカフカとか、ドストエフスキーとか、そんなところだろうか。 現代中国の観光客のマナーの悪さは、「野草」の子供の乞食のマナーの悪さと通じているが、そのマナーの悪さに分け入れば、「絶望の虚妄なること、希望に等しい」に通じるだろう。

 この魯迅の「乞食者」を読んだ直後にテリー伊藤の発言を聞いたので、テリーの発言の底の浅さが見て取れてうんざりしたのだ。

 もしかしたら魯迅は現代中国ではうさん臭がられるようになっているのかもしれないが、こういう文学者がいるかいないかは極めて大きいと思う。
 しばらく前に南伸坊氏にインタビューをしたのだが、大変に頭の明晰な方だった。 

 たとえば、「笑い」について、大概の人は「笑って楽しかった」という記憶があるから、「笑いとは楽しい経験だ」と信じているが、実際は、「笑い」にいたるまでは実はとても苦しい、恐ろしいような経験で、それから「免れた!」とわかったときに笑うことができる、そのときは、恐ろしいことから免れたのだからとても幸福で嬉しい気分なわけで、それで「笑って楽しかった」という経験だけが記憶に残り、「笑い」とはいいものだ、「楽しいものだ」とみんな思う――というのだ。 

 実はこれは哲学者の大森荘蔵の「過去は存在しない」と同じことを言っている。 

 「過去」は事実として「一つだけ」存在すると、皆、信じているけれど、あらゆる「過去」は、今、「過去」としてイメージされているだけだというのだ。 

 要するに存在するのは、現在の「解釈」に過ぎない、というわけだ。 

 問題はこの解釈をどう解釈するかで、「解釈」に過ぎないのだったらそんなものを信用するわけにはいかない、と考える立場で、これは一つしかないはずの「事実」を追求する立場に舞い戻る。 

 もう一つの立場は、すべての認識が事実の解釈に過ぎないのだとしたら、すべての認識が誤謬だということになるが、この「誤謬」を信じなければ生体として生き延びることができないとしたら、それを真理として信じることは必要だと考える。 

 例えば、「遠くのものが小さく見える」のは、ハトも同じらしいのだが、これは認識としては誤謬なのだが、これを信じなかったらハトは生きていけない。

 もちろん人間も生きていけない。 

 と言ったのはニーチェで、このニーチェの「誤謬としての真理」の発見がポストモダンのはじまりとなって、今、世界はこの真理を真理として認めている。 

 もちろん、ニーチェの本を読んで「なるほど、ニーチェの言っていることは正しい」と思ってニーチェの態度を採用したわけではなく、時代の変化に敏感な人が採用した考え方が、気がついたらポストモダンのそれだった、ということなのだけれど、問題は、そのように問題を設定している人が日本は少なく、大半はモダニズム=近代を信じているということだ。

 例えば、アジアで一番早く近代化を達成したことを、今でもほとんどの日本人は、誇りにしている。 

 だから、国連で「日本の司法制度は中世なみ」とアフリカ人から指摘された日本の担当大使が、「シャラップ」と怒鳴りつけ、韓国人には「おまえたちを近代化させたのは日本だ。ありがたく思え」と言ったりする。 

 困ったことに、その典型が安倍首相だということで、いわゆる歴史認識問題にしても、「おまえたちを近代化させたのは日本だ」という思考が根底にあるものだから、そんなことは言えないとわかった分、「歴史認識」を支える事実は「一つ」だけだと信じたい気持ちが強くなり、しかり伺候して、自分が真摯にこの問題に向き合えば、いつかわかってもらえると信じている。 

 その点、小泉は不真面目な分、かえってよかった。

 2005年の2月、インドネシアのバンドンで第2回バンドン会議が開かれ、西側先進国の中で日本だけが出席し、その冒頭、日本の植民地支配と侵略をわびる「村山談話」をそのまま踏襲する演説をした。

 その少し前まで、靖国を参拝して中韓両国、特に中国を刺激する言動を繰り返していたので、ちょっとびっくりしたのだが、当時のブログ等を調べると、例えば櫻井良子などの「保守派」は、「せっかく歴史認識を正しくしようとしていたのに、裏切りだ!」と村山談話の踏襲を非難し、左の共産党は、栄えあるバンドン会議の名を汚すものと、これも激しく非難していた。

 「栄えある」というのは、第一回のバンドン会議には中国の周恩来とかインドのネール、エジプトのナセルらが出席し、まさに栄えある「非同盟主義」のはじまりだったのだけれど、そのバンドン会議にアメリカと同盟している日本がどのつら下げて参加するのだというのだ。

 天木直人のような反米の元外交官も同様の趣旨で非難していたが、右からも左からも非難されるということは、「正しい」ということだろう。

 まあ、バンドン会議が「非同盟主義」の原点であったことは確かで、それに「日米安保を守っていれば日本は大丈夫」と公言していた小泉が参加するということは、不思議と言えば不思議なのだけれど、小泉純一郎なりの「政治カン」でそうしたのだろうし、この方針で行けばいいのだと私は思ったのだが、実際には左右の反発を招いてしまった。

 いや、別に「反発」を招いても、議論をすること自体はいいことなのだけれど、何故か日本では、そうはならない。

 林房雄が「大東亜戦争肯定論」で、大東亜戦争を進めたのは実際には民間右翼だったと書いていて、その仔細がよく飲み込めなかったのだが、小泉以降の「民間右翼」の跋扈を見て、「ああ、戦前もこういうことだったのだろうな」と思ったのだった。

 それはともかく、ニーチェが「あるのは解釈だけ」と言ったのは、「事実は一つだが、解釈が無数にある」というのではなく、文字通り「存在するのは解釈だけ」で、だからこそ、「誤謬としての真理」を信じることが必要だという話になる。 

 「事実は一つだが、解釈が無数にある」VS「存在するのは解釈だけ」。

 この両者の懸隔は極めて大きいのだ…な。 

独立か、民主主義か…

 8月15日ということで、毎年おなじみの光景が繰り返されるわけだが、今年の場合、少しちがうのは、そもそも68年前の8月15日に終わった戦争の名前すらまだ決まらっていないくらいで、どういう戦争であったのか、その「総括」が必要なのだという意見が出てきたことだ。

 あともう一つは、NHKの特番でも指摘されていたが、例えば憲法問題で、「右」が、内容的には問題があるにしても、それなりの自分たちの方針のようなものを表明しているのに、「左」はそれがまったくないということだ。

 国会の議席数でも社民党がほぼゼロになったことで、いつもおなじみの福島某なども顔を見せなくなった。

 これは、委員長も議員も辞め(たのかな?)たため、自動的にそうなったのかもしれないが、それならそれできちんと、総括をしなければならないだろう。

 憲法問題も「絶対反対」で通せる話ではない。

 「絶対反対」なら、ちゃんと反対する理由を述べなければならないが、福島某はもうその気力もなくなったということかもしれない。

 しかしまあ、きちんと理論だてて話さなければならないと、そういう雰囲気が出てきたことは歓迎すべきことだろうと思う。

 大体福島原発事故だって、「安全神話」に安住していたというけれど、電力会社の事故を想定した文書が外部に漏れると、反対派が「電力会社が安全だと思っていない証拠だ!」と大騒ぎするものだから、「事故は起こらない」ということになってしまった。

 原発の安全問題は、自分が元理科系ということからも、特に東海村のバケツ事件以前から関心があって、仔細に見ていたつもりだが、広瀬隆が電力会社の「事故想定資料」を見つけて「会社自身が安全と思っていない!」と非難していたことは確かで、だから反対派が、「それ見たことか」と言うのを見て、事故が起きてうれしがっているようにすら見えたのだ。

 今回の憲法問題、あるいは戦争の総括問題も同じで、反対することが反対派の「飯の種」だったものだから、反対理由を深化させることができないまま今に至り、「いざ」というときには影もかたちもない――ということになってしまった。

 しかし珍妙なことを言っていたのは半藤利一で、半藤は、日本の海岸線は極めて長いので、それをすべて防衛しようとしても物理的に不可能で、そのため戦前の軍国日本は、防衛線を海外、つまり満州、蒙古にまで広げたのだと言う。

 要するに防衛努力は、日本の場合「割に合わない」仕事で、防衛予算を増やすような政治は反対だというのだ。

 いずれにせよ、半藤の意見では、戦前の日本陸軍の戦略はそれなりに合理的だったということになるが、その辺は半藤はどう考えているのだろう。

 話が変わるが、やはり「終戦特集」の番組で、フィリピンで3ヶ月間、日本占領軍の「皇民教育」を強制されたフィリピン人が、教育を終えて古里に帰ると、即、反日ゲリラになったと、90歳に近いフィリピン人が話していたが、そのフィリピン人が言っていたのか、解説のナレーションが言っていたのか忘れたが、「フィリピン人は、アメリカの占領下において、民主主義の精神を身につけていた」と言っていた。

 なるほど、「独立していなければ民主主義は身につかない」ということはないのだ。 フィリピンのマニラを占領したとき、従軍記者を兼ねていた作家が「マニラが東京より近代都市だったのでびっくりした」と言っていたが、それは都市の外見だけではなかったのだ。

 日本の保守派は、「日本が頑張ったからこそ、アジア諸国は独立できた」と言っているけど、大事なのは「独立」ではなく「民主主義」なのだ、ということを90過ぎのフィリピン人は言っているのだ。

 もっとも民主主義それ自体に価値がある、というのではないのだけれど。

 逆に「独立」は、それ自体に価値がある……なんだか、またわけがわからなくなってきたので、これにて。 

続「怒り」と「希望」

 昨日は、大田元知事の「怒り」に「希望」を見いだしたと思ったのだが、今日は、サッカーの日本対ウルグアイを見て、4対2で負けたのだけれど、パフォーマンス的には、そんなに「希望」のない試合ではないなと思った後、そのサッカーのスタジアムの大画面に、ちょっと前の映画「20世紀少年」の主人公を思わせるような扮装を施した、お笑い芸人風の男が現れ、その「希望」をすべて打ち砕くような、そんな感じの「ゲーム」を「これから始めます」、みたいな宣言をした。 せっかくの「希望」が、たちまち「怒り」に変わった。 どうやら、サッカーの試合の後の番組の宣伝らしいのだが、こんな嫌な感じの「流れ」が受ける世の中のなのだろうかといささか憮然とし、すぐにチャンネルをNHKのニュースに変えたら、また嫌な感じの鬱々とするような映画の場面が流れていて、どうも吉田修一の原作の映画らしい。 吉田修一の原作の映画というと、2、3年前に「悪人」という、「復習するは我にあり」をちょっと思わせる映画で、「ふーん」と思ったことを覚えているが、今度の映画は小笠原諸島を舞台にした戦争を描いた映画のようで、主演の女優が「救いのない話だけれど、最後に希望が見えた」みたいな、曖昧だけれど、肯定する感想を述べ、それを聞いた原作者の吉田が「そう言ってもらえると私も救われます」みたいなことを語っていた。 私が言う「希望」とは、例えば、日本語をしゃべる沖縄人が、日本語をしゃべりながら、まったくの「他者」として日本人に対峙することに「希望」を見るという「希望」なので、まあ、誰とも共有し得ぬ「希望」だと思うけれど、それでも、やはり希望にはちがいないと思うのだ。 西川口なんかに住んでいると、ひげを生やした熱心なイスラム教徒が、実は日本国籍を有する日本人だったり、という状況の方が、実現しやすそうに思うけれど。

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