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少し前に亡くなった人だけれど、大津栄一郎という翻訳家の『英語の感覚』(岩波新書、上下)という本に、英語は「見えないものを見えるものとして表現する言語」で、日本語は「見えないものは省略する言語」だと書いている。
例えば英語では「スプリング・ハズ・カム」などが典型だが、「春」という見えないものを見えるものとして扱う。
もちろん、「春が来た」と日本語でも言うけれど、これは明治以降の近代日本語で、「春が来た」風の象徴的な表現は、近代以前の日本語にはまったく見られないという。
その証拠に、日本の詩に「春が来た」風の擬人的、象徴的な表現は万葉集以来、まったくなく、ただ「新古今和歌集」に数句現れたものの、以後、再度姿を消したという。
なるほど、三島が「新古今」にこだわったのもそういうわけだったのか、新古今の成立の時代背景など、興味深い問題だな…とか思ったのだが、それはさて、「見えないものは省略される」という原則は、現実には「見えるものだけを見る」ということになる。
「見えないものは省略される」場合、「見えないもの」は「存在しない」わけではないのだが、なにが省略されたかはっきりしないから、現実には、見えるものだけが存在しているように考えられる傾向が強くなる、というわけだ。
詳しくは本を読んでもらうとして、日本人の「見えないものは省略する」態度は近年ますます強まっているように思う。
例えば尖閣諸島問題なんか典型で、安倍は「尖閣諸島は日本固有の領土」一点で凝り固まり、マスコミも同調している。(その点は、野田も菅も同断で、ただ「日本は日本人だけのものではない」と言った鳩山由紀夫だけ、ちょっとちがっている風があるが、まあそれはそれとして…)
しかし地球全体、太平洋全体から見たらまさに芥子粒以下の極小の地域を「領土問題」として扱うのは、尖閣諸島が抱える「見えない問題」、すなわち「地域の安全保障問題」を省略して、「領土問題」だけを見るべく「クローズアップ」しているのだ。
アメリカの「領土問題に我々は介入しない」という言葉を不安に思ったりするのも、尖閣諸島が抱える「見えない問題=安全保障問題」を省略して、見える問題として領土問題に限定しているからだ。
しかし尖閣諸島問題に限らず、領土問題はすべて「見えないもの」を本質として抱えているので、それを省略したら、問題はすべて「オール・オア・ナッシング」になって、問題解決は「武力」によるしかなくなる。
それをアメリカは警戒しているわけで、武力衝突になるにしても、領土問題ではなく、安保問題で衝突してもらわないと、アメリカは何もできませんよ、と釘を刺しているはずだ。
もちろん、想像だが、そもそも十年くらい前、尖閣諸島を日米安保の対象外とモンデール駐日大使が発言して大問題になり、大使は直ちに本国召還され、解任されたことからも、尖閣諸島問題が「安保問題」であることは明らかで、マスコミもそれは知っているはずだが、それを「見えない問題」として省略し、もっぱら領土問題として報道しているのは、全く度し難い習癖としか言えない。
それでも「わかっている人はわかっている」ならいいのだが、安倍はそれが極めて不確か、というか、「バカ」なので大変に困ったことになる。
田中均元外務官がツイッターかなにかで安倍が諸外国から右寄りと見られていることを懸念したことに安倍が猛反発して「私が北朝鮮に拉致されていた五人を北朝鮮に戻さなかったことに田中は猛反対したが、どちらが正しかったか、今となっては明らかである」と書き込んだらしいが、彼らはいったん帰国させ、日本との連絡員にするという方法もあったはず。
北朝鮮がそんなことを黙認するはずがない、と言う人がいるかもしれないが、そうなればなったで、交渉材料の一つになるわけで、いくらでも方法はある。
「五人を帰国させない」という判断は正しかったと安倍は言うが、彼らが、今、日本にいるという事実が、北朝鮮拉致問題の解決にどれほど益しているというのか。
五人が、今、日本で生きているという「目に見える事実」、それだけではないのか。
大津氏は、日本語が「見えないものは省略する」言葉である結果、「日本人に他者はいない」と言う。 日本人に他者感覚が乏しいことは、以前から多くの知識人が指摘していることで、特に森有三が有名だが、その多くは社会学的観察によるもので、実際はそれは、日本語の構造に由来するのだ。 森有三の祖父の森有礼が、日本の使用言語を英語にしろと言ったのも、二葉亭四迷等による言文一致文体の創出以前の話で、今の日本語では近代感覚を身につけることは到底できないと思ったからだろう。
しかし言文一致体は二葉亭以外にも、坪内逍遥だの、誰某だの、多くの試行錯誤を経て後、森鴎外をもってほぼ完成したものの、それはそれで問題を抱えている、というか、解決しきれないでいる問題を残している。 それは、近代の抱える問題そのものでもあるのだろうが、いずれにせよ、その問題の解決が、未来ではなく、過去を向いてしまっているのが問題なのだ。
と思う。
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