過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

 小熊英二の「民主と愛国」を読んだら、というか長いので今読んでいるところだが、結構おもしろい。

 特に笑ったのは、1960年前後の頃、当時の日本共産党が戦後間もないころの「武装路線」を放棄して、今見るような、なんだかよくわからないが、彼らにしてみれば「愛国路線」を敷き始めた頃、それに強く反発した当時の全学連の指導者で、後に転向して右翼になった香山建一が、次のように批判したのだそうだ。

 「日本共産党は日本人同士でいじめ合うのはよくないというが、階級闘争を忘れたのか!」

 いやあ、まったく笑っちゃうほど、正論!

 当時の共産党は、日本に階級闘争を持ち込むのは無理と判断したのだろうが、それを言うと自分のアイデンティティがなくなるので、「日本人同士でいじめ合うのはやめよう」と言ったのだろう。

 香山がウルトラ右翼に転向した理由はわからないが、「階級闘争とは日本人同士でいじめ合うことだ」という基本認識は変わらなかったのではないか。

 「いじめ問題」について美輪様曰く「いじめられたら、やり返せばいいのよ。それだけ」と言っていたが、階級闘争もまったく同じなのだ。

 日本社会に階級意識が根づかなかったのは、子供よりそれを生んだ親の方がエラい、新入社員より古参社員の方がエラい、そして労働者より資本家の方がエラいという意識が抜けなかったからだ。

 労働者も資本家も人間として対等だという意識がないと「階級意識」は形成されない。

 私が日本は階級社会にならなければならないと以前から言っているのは、社会は対等な個人の組織でなければならないと言っているのだ。

 しかし小熊英二には、この香山建一の言葉を「階級意識の要」として理解する視点はなさそうだった。

 たとえば、これは「民主と愛国」ではなく、別の本だったけれど、小熊がかつてのベ平蓮の事務局長、吉川勇だったかと対談をしていて、そこで吉川が、京都の公園にあった「きけわだつみの声」を顕彰した「わだつみの像」を全共闘が破壊した事件があり、それについて、「あれで私は全共闘に疑問を持った」と吉川が言い、小熊も「確かにこの件について、全共闘は思慮不足だった」と同調していた。

 しかし戦没学徒兵の遺書を集めた「きけわだつみの声」こそ戦後民主主義の欺瞞の象徴みたいなもので、私はあの事件をニュースで聞いたとき、新左翼の行動にはことごとく違和感を持ち始めていたにもかかわらず、「わだつみの像」破壊には、大いに同感したのだった。

 吉川氏の言うところでは、ベ平蓮の論理とは、市民たちが普通に生活をしていることが、まわりまわってベトナム人民に対する抑圧につながるという意識を持つことがベトナム反戦につながるということらしいが、私にとっては新左翼というか全共闘運動というのは、つまるところ、知識人の欺瞞を暴くことだと思っていたので、市民との連帯とか、労働者との連帯とか、ましてベトナム人民との連帯なんか、私にはまったく興味の外だった。

 資本主義のもとで普通に生活をしていることが、実はベトナム人民を抑圧していることにつながると言われてもねえ……。

  その意味で、「わだつみの像」破壊事件は全く正しいと思ったのだが、吉川氏は、その犯人の一人が女子学生で、彼女は「あれがわだつみの像だとは私は知らなかった」と発言したそうで、吉川氏は、「あの不勉強はまったく話にならない」と言い、小熊氏も「うんうん」と応えていたが、もしその女子学生の言っている通りだとしたら、彼女は「わだつみの像」にまさに「直感的」に、曰く言い難い嫌悪を感じていたのであり、それは真っ当な意識だと思う。

 「直観」こそ信じなければならない唯一のものだけれど、それは「真実」だから信じなければならないのでは、ない。

 「直観」だから信ずべきなのだ。

 日本文学の研究者のサイデンステッカーが「きけわだつみの声」について、「鼻持ちならない、欺瞞的な本」と評していたのをどこかで読んだことがあるのだが、まあ、サイデンステッカーの権威にすがるわけではないが、その通りだと思う。

 こういう「直観」に根ざす、真っ当な批判精神が、ここ数年ですっかり失われたようだ。

 「いじめ事件」で言えば、その最初である中野の富士見高校だったかでいじめ自殺が起きたとき、安易に報道をすると、自殺を是認、称揚する文化を有する日本では、自殺を助長しかねない、「自殺はいじめの反撃にもっとも有効である」という誤ったメッセージを子供たちに伝えかねない云々という意見がかなり出て、その後、センセーションに報道することを控えるようになったのだが、そんな冷静、まっとうな意見は今は影もかたちもない。

 「いじめ」はやり返せばいいだけだ。

 でも、それでは「いじめ」はなくならないと言う人がいるかもしれないが、そもそも「いじめ」は撲滅すべきもの何かではなく、やり返せばいいだけのもの…う〜ん、ループしてしまった。

 キリスト教では「自殺は神に対する罪」という基本観念があるが、キリストがそう言ったわけではなく、キリスト教に対する弾圧が激しかった頃に、信仰の証しとして「殉教」志願者が続出し、これを抑制するためにカトリック教会が、「自殺は命を与えてくれた神の業を否定するもの」という理屈を考えだしたのだが、これは自殺を称揚しかねない日本人にとって多いに役に立つ考え方だと思う。

 あ、例の「わだつみの像」の制作者は本郷新という彫刻家だそうで、なんだ、うちの近所に住んでいた本郷のおじさんじゃん。 結構有名な彫刻家という話は聞いてはいたが。

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事