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8月15日ということで、毎年おなじみの光景が繰り返されるわけだが、今年の場合、少しちがうのは、そもそも68年前の8月15日に終わった戦争の名前すらまだ決まらっていないくらいで、どういう戦争であったのか、その「総括」が必要なのだという意見が出てきたことだ。
あともう一つは、NHKの特番でも指摘されていたが、例えば憲法問題で、「右」が、内容的には問題があるにしても、それなりの自分たちの方針のようなものを表明しているのに、「左」はそれがまったくないということだ。
国会の議席数でも社民党がほぼゼロになったことで、いつもおなじみの福島某なども顔を見せなくなった。
これは、委員長も議員も辞め(たのかな?)たため、自動的にそうなったのかもしれないが、それならそれできちんと、総括をしなければならないだろう。
憲法問題も「絶対反対」で通せる話ではない。
「絶対反対」なら、ちゃんと反対する理由を述べなければならないが、福島某はもうその気力もなくなったということかもしれない。
しかしまあ、きちんと理論だてて話さなければならないと、そういう雰囲気が出てきたことは歓迎すべきことだろうと思う。
大体福島原発事故だって、「安全神話」に安住していたというけれど、電力会社の事故を想定した文書が外部に漏れると、反対派が「電力会社が安全だと思っていない証拠だ!」と大騒ぎするものだから、「事故は起こらない」ということになってしまった。
原発の安全問題は、自分が元理科系ということからも、特に東海村のバケツ事件以前から関心があって、仔細に見ていたつもりだが、広瀬隆が電力会社の「事故想定資料」を見つけて「会社自身が安全と思っていない!」と非難していたことは確かで、だから反対派が、「それ見たことか」と言うのを見て、事故が起きてうれしがっているようにすら見えたのだ。
今回の憲法問題、あるいは戦争の総括問題も同じで、反対することが反対派の「飯の種」だったものだから、反対理由を深化させることができないまま今に至り、「いざ」というときには影もかたちもない――ということになってしまった。
しかし珍妙なことを言っていたのは半藤利一で、半藤は、日本の海岸線は極めて長いので、それをすべて防衛しようとしても物理的に不可能で、そのため戦前の軍国日本は、防衛線を海外、つまり満州、蒙古にまで広げたのだと言う。
要するに防衛努力は、日本の場合「割に合わない」仕事で、防衛予算を増やすような政治は反対だというのだ。
いずれにせよ、半藤の意見では、戦前の日本陸軍の戦略はそれなりに合理的だったということになるが、その辺は半藤はどう考えているのだろう。
話が変わるが、やはり「終戦特集」の番組で、フィリピンで3ヶ月間、日本占領軍の「皇民教育」を強制されたフィリピン人が、教育を終えて古里に帰ると、即、反日ゲリラになったと、90歳に近いフィリピン人が話していたが、そのフィリピン人が言っていたのか、解説のナレーションが言っていたのか忘れたが、「フィリピン人は、アメリカの占領下において、民主主義の精神を身につけていた」と言っていた。
なるほど、「独立していなければ民主主義は身につかない」ということはないのだ。 フィリピンのマニラを占領したとき、従軍記者を兼ねていた作家が「マニラが東京より近代都市だったのでびっくりした」と言っていたが、それは都市の外見だけではなかったのだ。
日本の保守派は、「日本が頑張ったからこそ、アジア諸国は独立できた」と言っているけど、大事なのは「独立」ではなく「民主主義」なのだ、ということを90過ぎのフィリピン人は言っているのだ。
もっとも民主主義それ自体に価値がある、というのではないのだけれど。
逆に「独立」は、それ自体に価値がある……なんだか、またわけがわからなくなってきたので、これにて。 |

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