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2013年08月

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 イギリスに、5歳くらいの少年少女を7年ごとに50年間、記録し続けたテレビ番組があるそうで、その少年少女たちが青春を迎え、就職し、結婚し、子供を持ち、そして孫ができ、という一つの「人生の姿」にまとめた番組が2012年に放送されたそうで、それをEテレで放送していた。

 前後二回構成で、来週後編なのだそうだが、前編だけでも十分におもしろかった。

 「おもしろい」というと語弊があるが、「重い」というか。

 外見上は「順調」に見える、孫が数人いるおばあさんも、実情は決して順調ではない。

 それは何より、本人がそう認めている。

 「孫」の人生はまさにこれからなのだから、孫の人生は除外しても、息子、娘たちはすでにして「順調」ではなく、いばらの人生を歩んでいることを、子供たち自身が一人一人、告白する。

 本人の人生の「中」に入って見れば、外から見たものとはまるでちがうわけだ。

 私が番組を見始めたときは、60近いみすぼらしい老人が自分の失敗した人生を語っていた。

 恋愛もしたけれど、ことごとく女性の方から去っていった云々。

 それに幼い男の子が将来の希望を語っている場面が挿入され、次に、かなり悲観的になっている少年、そして「結婚をしても幸せになるとは思えない」と語る青年……。

 「あれ? これはどんな番組なんだろう? 何を言いたいのだろう?」と思っていたら、それは7年ごとのインタビューの映像だった……そういう番組だった。

 そしてその後に出てきた女の子が、おばあさんになって、孫も数人いて、という女性で、前の男性に比べるとずいぶん順調に見えるが、「実は…」という流れになるのだった。

 要するに、人の人生において、完全に幸福だと言える人は「いない」という番組なのだが、これはまさに真の小説、あるいは真の芸術の根拠となるものであって……と、何を言いたいかというと、要するに樋口一葉の小説の読後感が、この番組の感想に近似していると思ったのだ。

 例えば「わかれみち」の「傘屋の吉」は、自分は捨て子で、親の顔も知らないし、出世の道は閉ざされていると、お京に愚痴り、お京は「捨て鉢にならずに、頑張って出世しておくれ」と言いながら、近所のじじいの妾になり、ショックを受けた「傘屋の吉」はまったく捨て鉢になって「十三夜」では、ぐうたらな車夫になる。

 「たけくらべ」の美登利はそんな人生の暗黒をまだ知らない、イギリスの番組で言えば将来の姿を知らずに溌剌と輝いていた幼年時代の少年少女みたいなもので、美登利がもし仮に売れっ子の花魁になったとしても、人気女優になったとしても、今ならAKBの一員になったとしても、その人気の影には、必ず暗い、重いものを抱えていないわけはないのだということ、要するに「十三夜」の「ぐうたらな車夫」の人生も、華やかに見える成功者の人生も、いずれも同等の人生なのだという、「人生の真実」を想像させるのだ。

 このイギリスの番組は、思うに、産業革命を経た、ケインズが経済学の前提として、学生に当時の労働者の悲惨な実情をつぶさに見させたという、イギリスならではの伝統を思わせる番組だったが、その制作者だったらきっと、没落士族の娘、樋口一葉の世界も理解できるのではないかと思ったのだった。
 小熊英二の「民主と愛国」を読んだら、というか長いので今読んでいるところだが、結構おもしろい。

 特に笑ったのは、1960年前後の頃、当時の日本共産党が戦後間もないころの「武装路線」を放棄して、今見るような、なんだかよくわからないが、彼らにしてみれば「愛国路線」を敷き始めた頃、それに強く反発した当時の全学連の指導者で、後に転向して右翼になった香山建一が、次のように批判したのだそうだ。

 「日本共産党は日本人同士でいじめ合うのはよくないというが、階級闘争を忘れたのか!」

 いやあ、まったく笑っちゃうほど、正論!

 当時の共産党は、日本に階級闘争を持ち込むのは無理と判断したのだろうが、それを言うと自分のアイデンティティがなくなるので、「日本人同士でいじめ合うのはやめよう」と言ったのだろう。

 香山がウルトラ右翼に転向した理由はわからないが、「階級闘争とは日本人同士でいじめ合うことだ」という基本認識は変わらなかったのではないか。

 「いじめ問題」について美輪様曰く「いじめられたら、やり返せばいいのよ。それだけ」と言っていたが、階級闘争もまったく同じなのだ。

 日本社会に階級意識が根づかなかったのは、子供よりそれを生んだ親の方がエラい、新入社員より古参社員の方がエラい、そして労働者より資本家の方がエラいという意識が抜けなかったからだ。

 労働者も資本家も人間として対等だという意識がないと「階級意識」は形成されない。

 私が日本は階級社会にならなければならないと以前から言っているのは、社会は対等な個人の組織でなければならないと言っているのだ。

 しかし小熊英二には、この香山建一の言葉を「階級意識の要」として理解する視点はなさそうだった。

 たとえば、これは「民主と愛国」ではなく、別の本だったけれど、小熊がかつてのベ平蓮の事務局長、吉川勇だったかと対談をしていて、そこで吉川が、京都の公園にあった「きけわだつみの声」を顕彰した「わだつみの像」を全共闘が破壊した事件があり、それについて、「あれで私は全共闘に疑問を持った」と吉川が言い、小熊も「確かにこの件について、全共闘は思慮不足だった」と同調していた。

 しかし戦没学徒兵の遺書を集めた「きけわだつみの声」こそ戦後民主主義の欺瞞の象徴みたいなもので、私はあの事件をニュースで聞いたとき、新左翼の行動にはことごとく違和感を持ち始めていたにもかかわらず、「わだつみの像」破壊には、大いに同感したのだった。

 吉川氏の言うところでは、ベ平蓮の論理とは、市民たちが普通に生活をしていることが、まわりまわってベトナム人民に対する抑圧につながるという意識を持つことがベトナム反戦につながるということらしいが、私にとっては新左翼というか全共闘運動というのは、つまるところ、知識人の欺瞞を暴くことだと思っていたので、市民との連帯とか、労働者との連帯とか、ましてベトナム人民との連帯なんか、私にはまったく興味の外だった。

 資本主義のもとで普通に生活をしていることが、実はベトナム人民を抑圧していることにつながると言われてもねえ……。

  その意味で、「わだつみの像」破壊事件は全く正しいと思ったのだが、吉川氏は、その犯人の一人が女子学生で、彼女は「あれがわだつみの像だとは私は知らなかった」と発言したそうで、吉川氏は、「あの不勉強はまったく話にならない」と言い、小熊氏も「うんうん」と応えていたが、もしその女子学生の言っている通りだとしたら、彼女は「わだつみの像」にまさに「直感的」に、曰く言い難い嫌悪を感じていたのであり、それは真っ当な意識だと思う。

 「直観」こそ信じなければならない唯一のものだけれど、それは「真実」だから信じなければならないのでは、ない。

 「直観」だから信ずべきなのだ。

 日本文学の研究者のサイデンステッカーが「きけわだつみの声」について、「鼻持ちならない、欺瞞的な本」と評していたのをどこかで読んだことがあるのだが、まあ、サイデンステッカーの権威にすがるわけではないが、その通りだと思う。

 こういう「直観」に根ざす、真っ当な批判精神が、ここ数年ですっかり失われたようだ。

 「いじめ事件」で言えば、その最初である中野の富士見高校だったかでいじめ自殺が起きたとき、安易に報道をすると、自殺を是認、称揚する文化を有する日本では、自殺を助長しかねない、「自殺はいじめの反撃にもっとも有効である」という誤ったメッセージを子供たちに伝えかねない云々という意見がかなり出て、その後、センセーションに報道することを控えるようになったのだが、そんな冷静、まっとうな意見は今は影もかたちもない。

 「いじめ」はやり返せばいいだけだ。

 でも、それでは「いじめ」はなくならないと言う人がいるかもしれないが、そもそも「いじめ」は撲滅すべきもの何かではなく、やり返せばいいだけのもの…う〜ん、ループしてしまった。

 キリスト教では「自殺は神に対する罪」という基本観念があるが、キリストがそう言ったわけではなく、キリスト教に対する弾圧が激しかった頃に、信仰の証しとして「殉教」志願者が続出し、これを抑制するためにカトリック教会が、「自殺は命を与えてくれた神の業を否定するもの」という理屈を考えだしたのだが、これは自殺を称揚しかねない日本人にとって多いに役に立つ考え方だと思う。

 あ、例の「わだつみの像」の制作者は本郷新という彫刻家だそうで、なんだ、うちの近所に住んでいた本郷のおじさんじゃん。 結構有名な彫刻家という話は聞いてはいたが。

樋口一葉に驚嘆

 最近、樋口一葉に凝っている。

 読む前は、「たけくらべ」だけの一発屋なのかなとか、失礼なことを考えていたのだけれど、読んでみて、とてつもないプロだとわかった。

 読んだのは「たけくらべ」以下、「大つごもり」「十三夜」「うつせみ」「わかれみち」くらいでしかないのだけれど(「にごりえ」は買った数冊の文庫本に入っていなかったので、いずれ探して読もう)「たけくらべ」は中編といっていいくらいの長さだけれど、ほとんどは短編ばかり。

 しかし、何故か「短編」という感じがしない。

 短編小説と言うと、O・ヘンリーの「落ち葉」とか、芥川の「ハンカチ」とか、ちょっとしたエピソードに「万感を込める」みたいな作品が多いが、樋口一葉は短くても、人生そのものがずっしり籠っているという読後感。

 それでも「大つごもり」は、ちょっとそんな気の利いた小話風ではあるけれど、でも「落ち葉」や「ハンカチ」とは比べ物にならないくらい、スリリングでおもしろい。

 「たけくらべ」は、近所の遊び人の男性に「三年後が楽しみだ」と言われるような13歳の美登利が存分に青春を楽しむ話だけれど、でも結局は、お姉さんのように花魁になるか、どこかの金持ちの囲われものになるか、というはかない今後を予感させる終わり方で終わる。

 なんでそう思うのかと言うと、他のはみんな「わかれ」を明確に予感させて終わっているからだ。 一番驚いたのは「わかれみち」。

 「お京さんいますかと窓の戸の外に来て、ことことと羽目をたたく音のするに、誰だえ、もう寝てしまったから明日来ておくれと嘘を言えば、寝たっていいやね、起きて明けておくんなさい、傘屋の吉だよ、己だよと少し高く言えば、いやな子だねこんな遅くに何を言いにきたか、またお餅のおねだりか、と笑って、今あけるよしばらく辛抱おしと言いながら、仕立てかけの縫い物に針どめして立つは年頃二十歳あまりの意気な女」という出だし。

 傘屋の小僧の吉三は、年は16だけれど、11、2くらいにしか見えない「肩幅狭く、顔小さく、目鼻立ちはきりりと利口らしけれど、いかにも背の低ければ人あざけりて一寸法師とあだ名される」男の子で、道端に捨てられていたのを傘屋のおばあさんが拾って育てたという境遇。

 人の縫い物をして暮らしているお京もまた吉と似たような境遇で、近所の金持ちのじじいが妾にしようと執心しているという噂を聞いた吉が、様子を探りに訪ねてきたのだった。

 もちろん、お京は噂を否定するが、結局は心を決め、「妾に行くのをやめにしてくださるか」という吉を後ろから羽交い締めにして(何しろちびだから)「私はどうしても決心しているのだから」と言うと、吉は、涙目で「お京さん、後生だからこの肩の手を放しておくんなさい」。

 で、終わってしまう。

 最初は、これで終わりとは信じられず、ページを繰ったり、他の本で確かめたりしたのだが、一葉の小説はみんなこんな感じなのだ。

 誰だったか、「どうしても書きたいと思ったことをばっさり削って終われ」というアドバイスをしている小説家がいたけれど、一葉はこれを見事に実行しているのだ。

 ところで「十三夜」は、お関という女が金持ちの家に嫁に行ったが、夫の不人情に愛想を尽かし、家に戻るが、父親に泣く泣く説得され、家に戻るために人力車に乗ると、そのチビの車夫がかつての幼馴染みの録さんで、「あんたが嫁に行ってからすっかり落魄し、かつてはタバコ屋の息子だったが、それもつぶれ、今は安宿の二階に寝転がって、気の向いたときに車を引いている」という。

 つまりは「わかれみち」の後日談のようなものだが、この再会で運命が変わるわけでもなく、お関は元のいやみな旦那の元に、車夫の録さんも空車を引いて宿に戻るという終わり方。

  日本リアリズムの傑作と言われる徳田秋声の「あらくれ」を読んだときは、最初の出だしはむちゃくちゃかっこいいと思ったが、3ページも読まずに退屈になって放り出してしまったが、樋口一葉の場合は、現実がこうだからこう書いたというリアリズムとは全然ちがう、魯迅の「野草」をも思わせる力強さはなんなのだろう。

 いや、魯迅は続けて読んだので例に出したようなものだけれど、読むに値しない作品は、多分一つもない抜群の才能(ただ文章がうまいだけでなく、「お話」をつくれるというところがすごい)がたった25で死んでしまうとは、宇野千代みたいに100近くまで生きたらどんなすごいことになっていたかと――と一葉風に終えてみた。

哲学者イチロー

 イチローが4000本安打を打って、チームや観客の喝采を浴びたことについて、イチロー自身が、「4000本という数字自体に価値があるのではなく、価値があるとしたらそれを喜んでくれた人たちがつくってくれた」と言って、いやはや、これは深いことを言うなーと思った。

 まるで西田幾多郎である。西田は「善の研究」で、次のように言っている。

 『(普通の人は)科学的に見た世界が最も客観的であって、この中には少しも我々の情意の要素を含んでおらぬように考えている。しかし学問と言ってももとは我々生存競争実施の要求より起こったもので、決して情意の要求を離れたものではない。科学的見方の根本義である外界に種々の作用をなす力があるという考えは、自分の意志より類推したものであると看做さねばならぬ。それ故に太古の万象を説明するのはすべて擬人的であった。今日の科学的説明もこれより発達したものである。……個人なるものがあって喜怒哀楽の情意を起こすと思う故に、情意が純粋に個人的だという考えが起きるが、しかし人が情意を有するのではなく、情意が人をつくるのである。万象の擬人的説明ということは太古の人間の説明法であって、また今日でも純白無邪気なる小児の説明法である。いわゆる科学者は凡てこれを一笑に附し去るであろう。もちろんこの説明法は用地ではあるが、一方より見れば実在の真実なる説明法である。』

 「4000本という数字自体に価値がある」という考えは、いわば西田のいう「科学者」の「外界に種々の作用をなす力がある」という考えに等しく、イチローはそれを否定して、「4000本という数字に価値があるとしたら、それはそれをすごいと思う人の情意がつくったのだ」と言っているのだ。

 なかなかうまく説明できないが、要するに、南伸坊の「笑って楽しかったという記憶があるから、笑いは楽しいものと思うが、実際は恐ろしい危機を免れたときに笑うのだ」とどこかで共通しているかもしれない。
 「はだしのゲン」とか言う漫画が一部で児童閲覧を制限されたそうで、是か非か論争が巻き起こっている。

 私はもちろん、見たことなんかない。

 何しろ、あの絵をみると、原爆をおちょくった「ギャグ漫画」ならわかるが、大真面目な漫画だそうで……。

 いや、まあ、見たことがないので「はだしのゲン」はこれまでとして、同じ漫画で、こちらはもちろん、見たことのある「鉄腕アトム」。

 「鉄腕アトム」の「アトム」はもちろん、原子。

 つまり原子力で動いているわけだが、反原発を言うなら当然、アイゼンハワー大統領の「原子力平和利用」宣言を受けた、戦後の時代風潮の落とし子である「鉄腕アトム」も問題にしなければならないはず。

 というのは、TBSだと思ったが、戦後の原子力政策を原爆投下から説明していた。

 つまり、アメリカは、自分の原爆投下を正当化するため、また冷戦下の戦略的優位を確保するため、原爆投下を科学的優位のシンボルとする戦略を被爆地である日本において着々と進めてきたことを、いろいろな資料をもとに訴えていた。

 何しろ自分が小学生時代の話だから、よく覚えていないのだけれど、「そう言えば、鉄腕アトムが、原子力で動いていたな」と番組を見て思い出したのだった。

 あの頃は、原子力が未来を開くとみんな当然のように思っていたし、そういう中で「鉄腕アトム」は生まれたのだった。

 手塚治虫は、1960年代後半から「戦後民主主義の欺瞞」を非難する新左翼を中心に、批判が強まったが、理由は、手塚治虫は戦後民主主義を擁護しているのではないかという漠然としたもので、「鉄腕アトム」の「原子力問題」は関係なかったが、今思うと批判されるべき要素はあったと思う。

 それこそ、「従軍慰安婦は当時は当然だった」という擁護理由が理由にならないようにだ。

 ま、それはともかく、TBSの当該番組は、それほど貴重な内容ではない。

 終戦直後から昭和30年くらいまでは、原子力の平和利用が文字通りに信じられていたことは事実で、それがアメリカの冷戦戦略とリンクしていたことも、秘密でもなんでもないだろう。

 それが根本的に変わったのが、80年代初め頃に結ばれた、日米の新しい原子力協定で、日本は、プルトニウムの保有を、厳重な監視下という条件付きながら、認められたのだ。

 これが認められているのは、米ソ英仏中の五つの既存の核保有国の他は日本だけで(イスラエルとかインド、パキスタンなど、強引に勝手に所有している国は別として)、日本政府、関係当局は、国民には内緒だったが、戦後最大の外交成果と言って、歓喜したのだった。

 今、日本政府が、これほどの大事故を起こしながら、日本の原子力政策の大枠を維持しようとしているのは「戦後最大の成果」を無に帰したくないからなのだ。

 菅も野田も、多分、官僚の説得を受けたのだろうが、「戦後最大の成果」を無に帰すことに踏み切れなかった。

 TBSの番組のキャスターは鳥越俊太郎だったが、彼は全くのバカで、去年だったと思うがNHKがイーテレで放送した80年代はじめの日米原子力交渉の詳細を関係者に聞いた大変重要な番組のことを知らないらしい。

 あれを見ていれば、自分の番組がいかに脳天気かがわかっただろうに。

 それはともかく、少し話がそれるが、昨日のテレビタックルで、古賀元経産省官僚が、東北大震災を受けて成立した法律に「防災、減災に資する用途」と書かれているのが問題で、防災、減災に関係があると言えば、いくらでも予算を付けることができるので、それで数兆円が被災地と無関係なところで使われてしまったと言っていた。

 これもこれまでさんざん言われてきたことだが、「防災、減災」という言葉が法律に明記されていることは初めて知った。 前にも触れたが、「もはや戦後ではない」と宣言された昭和35、6年以降の高度成長期の政策のうち、社会保障政策のスローガンは、「救貧ではなく、防貧を」だった。

 これは、厚生省の担当ノンキャリアが得々として語っていたので、ノンキャリアはその「からくり」を知らなかったのだろう。

 「防貧政策」とは、「貧しい人を救う」のではなく「貧しい人をつくらない」ための政策だが、「防災、減災」も同じ、「災害にあった人を救うのではなく、災害そのものを防ぐ」のだ。

 こんな甘言にだまされるなんて、日本人は、木の実を朝三つ、夕方四つしかないのを不満を訴え、朝四つ、夕方三つにしてもらって大喜びした「サルなみ」のバカだ。

 「防災、減災、防貧」は、役人に際限なく権限とカネ(税金)を与えるだけのインチキな政策で、もはや破綻していること、今や「「救災、救貧」に尽力すべきであることに早う気づけ、と、日本人諸君、なかんづくマスコミ諸氏に言いたい。

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