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小熊英二の「民主と愛国」を読書中だが、「へー、そうだったのか」と思わせる既述が満載で、かなりおもしろい。
といっても、まだ前半の半分までもいっていないのだけれど、たとえば清水幾太郎が岩波新書の『愛国心』という著書で、戦前の「忠君愛国」というスローガンについて、「自分だけが天皇に対する忠義を独占しようというもので、同列に並ぶ同胞はその競争者」なんで、実際には「忠君」は「愛国」とはつながらなかった、むしろ「民主的な同胞愛」、「国民の人間的な連帯」を破壊するものだった、と批判していたそうである。
清水の『愛国心』は、1949年発売だから、清水はれっきとした左翼としてそう書いたわけで、後に右翼に転向するわけだが、その思想の根本はまったく変わっていないと言うべきだろう。決して日和見的に変身したわけではない。
また伊藤恒夫という評論家も、戦中の「買いだめ、売り惜しみ」を例に挙げながら、戦前日本の「忠君」は「民主的な同胞愛」には、つながらなかったと書いているそうだ。
もちろん、それはキリスト教国の「神への忠義」が、同胞愛=愛国心につながっていることと対比させての言葉だろう。
ナショナリスト的言動が目立つ石原都知事に、アメリカの知識人が「民族主義者、国家主義者ととられかねない言葉は注意して使え。愛国心なら問題はない」と「忠告」したのも、なるほど、そういう意味だったのだ。
少し時代は下がるが、敗戦時に10歳だった大江健三郎は、「厳粛な綱渡り」で次のように書いているそうだ。
「終戦時の子供たちにとって〈戦争放棄〉という言葉がどんなに輝かしい言葉だったか。ぼくの記憶では新制中学の社会科の教師が、現在の日本大国論風のムードにつながる最初の声を発したのが〈戦争放棄〉についてだった。日本は戦いに敗れた。しかも封建的なものや、非科学的なものの残りかすだらけで、今や卑小な国である。しかし、と教師は突然に局面を逆転させるのだった。日本は戦争を放棄したところの、選ばれた国である。ぼくはいつも、充分に活躍する最後の切り札を持ってトランプゲームをやっているような気がした。このようにして〈戦争放棄〉は、ぼくのモラルのもっとも主要な支柱となった。」
なるほど。
私は大江の「平和主義」はあまりにも非論理的で支持できないと思っていたし、またいわゆるネット右翼も、大江に代表される左翼の「非論理」を集中的に攻撃してきた。
しかし、「非論理」も、実はもう一つ「別の論理」、英語で言うところの、えー、なんだっけ…要するに「もう一つの選択肢」なのだ。(私がネット右翼を支持できないのは、彼らの「論理」が「非論理」を排除しさえすればよいと思っている、その純粋さに辟易しているからだ。)
しかし、大江は、自身の「非論理」を、ガンジーの「非暴力」のように「公」に打ち出さなかった。
いや、「厳粛な綱渡り」に書いているのだから、隠しているわけではないのだろうが、「私の非戦は、非論理の論理である」と発言の機会があるときは、枕詞にして言うべきだったのだ。
普通の人とちがい、その「機会」はむちゃくちゃ多いのだから、言っていれば事態はずいぶん変わっていたと思う。
多分、わけのわからないことを言うと、支持者が減ると思ったのだろうが、大江の小説自体、あれほどわけのわからない小説もないので……結局、すべては小説家・大江の自己保身を優先する「エゴ」から生じているような気がしないでもない。
何しろ大江は、小説の原稿料、印税でずっと食べてきた唯一の小説家だそうだから。
別に大江のことを書こうと思っていたわけではない。
要するに民主主義とは、他のかたちでもあり得る「可能性」を自らの原理としてとりこんでいる政治体制のことであり、それは社民党のように現実離れした政党も、「可能性としてはあり得る」というふうに取り込むめばいいのだ。
「ものは言い様」みたいだが、でも実際「ものは言い様」なのだ。
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