日記

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

「にごりえ」感想文

 樋口一葉、「にごりえ」読了。 おもしろい、と一言ですませるのが、申し訳ないような、小説のプロの作品という感じ。

 場末ながら、売れっ子のお力は、馴染みも多く、その中で特に足繁く通ってくる金持ちの独身男(朝之助)といずれ一緒になるのだろうと噂されている。 そのお力のかつて馴染みだったが、今はすっかり零落してしまったが、かつての女を忘れられず、時々やってくる男、布団屋の源七がいる。
 
 しかし、女は、源七が自分に入れあげた上、現在どのような境遇であるかを知っているので、源七がやってきても相手をすることはない。

 それを見た新しい馴染みの金持ち男(インテリでもある)朝之助は、「お前が本当に気にかけているのは、会わずに追い返している客だろう」と言う。

 源七は女房持ちで、子供も男の子が一人いるが、近所に住んでいて、男の子は、お力が自分たちの貧乏の元凶だと母親から言われているので、お力のことを「鬼」と呼んでいる。

 その男の子がある日、お菓子をもって家に帰る。

 母親はそれが高級なお菓子なので、「どうしたのだ」と問うと、男の子は「鬼にもらった」と言う。

 母親は、怒ってそのお菓子を取り上げて投げ捨てる。

 そこに源七が帰ってきて、女のこととお菓子は別、何も捨てることはないだろうと言うと、母親は怒り心頭になって、子供を連れて家を出ると宣言する。

 男は売り言葉に買い言葉で、「勝手にしろ」と言い捨てる。

 それから数日後、刀で切り裂かれた女と、すぐ近くで割腹した男が発見される。

 女はお力で、男は源七だった。

 近松の「心中天網島」が一見男女の心中なのに、実際は、遊女が馴染みの客の女房に対する「義理立て」だったと同じで、お力は、自分を「鬼」と呼ぶ妻の立場を理解し、まさかそれが原因で無理心中を男から仕掛けられるとは思っていなかっただろうが、子供にお菓子をあげたのだった。

 という話。

 有名な話なので「ネタ」を書いてしまったが、ネタを知っても、読後感はまったく変わらないので、書いた。(実は、最後が「無理心中」というのは、私も途中で知ってしまい、「アチャー」と思ったのだが、読後感に全然影響はなかった。)

 で、この「にごりえ」の映画だけれど、源七を誰がやるかが一番肝心で、調べたら、「七人の侍」でニヒルな剣豪を演じた宮口精二だった。

 宮口は同じ黒沢の「生きる」でも、役人の志村喬にからむ得体の知れないやくざを演じて、「何をしでかすかわからない」役には実にぴったりで、さすが今井正、と思ったのだった。

 ちなみにお力は淡島千景、朝之助は山村聰。

 まあまあである。

 ちなみに、「たけくらべ」をオムニバスに入れなかったのは、これもさすが今井正だ。

 「たけくらべ」は、オムニバスには無理だし、そもそも美登利をやる女優がいないだろう。

 新東宝で一度映画にしたらしいが、そのときは美空ひばりが美登利だったそうで、そりゃあんまりだ。(美登利のお姉さんで、遊郭一の売れっ子役は岸恵子。岸恵子はいまだに現役だものなあ……)

 と思っていたら、昨日の堺正章の「厨房ですよ!」に堀北真希が出ていて、彼女だったら美登利ができるかもしれないと見ていて思った。
 戦後民主主義を左から支えたのが丸山真男で、右から支えたのが和辻哲郎だと小熊英二の『民主と愛国』に書いてあった。

 最初にこれを読んだとき、丸山はともかく、和辻の名前は、意外に思った。

 というのは、和辻の『風土』を読んだとき日本人は公共空間にいると孤立し、不安に思うという考察に「なるほど」と思ったのだった。

 これに対し、欧米の都市の住人、あるいは欧米の植民地だった都市の住人は、公共空間が自分たちの自治にゆだねられた空間であると認識しているので「不安」に思ったりはしない。

 日本のマンションの「公共スペース」にインド人の住人が花とお香を飾ったら組合から撤去を命じられ、そこはいつもガランとしているというニュースを見たことがある。

 インド人は「公共スペースは何もしてはいけない場所らしい」と苦笑していたけれど、「公共概念」は、イギリスの植民地だったインド人の方がちゃんと明確に理解しているのだ。

 この「公共性」の概念がいかなるものであるか、和辻哲郎は『風土』で詳しく書いているのだが、少し長くなるが引用する。 和辻はまず東京の「だだっ広さ」を指摘する。

 『つまり日本では大都会になればなるほど不便なところになる。経済的にも心理的にも非常な浪費をしながらしかも生活はいっこうに快適にならない。それは帰するところ都会と家との不釣り合いに基づくのである。なぜこのように自動車や電車に対しても道路に対してもまた都会そのものに対しても不釣り合いな家が、実に珍奇なほどに小さな家が、依然として地に食いついた姿を都市の真ん中に示すのであろうか。人はそれを経済的な理由に帰するであろう。日本はまだヨーロッパほどに富んではいない、だから高層建築が起こらないと言うであろう。…(略)…しかしこれらの高層建築が建てられないのは経済力がないからではなく、ただ共同的に、また公共的に都市が営まれないからに他ならぬのである。』

 では日本人は何故共同的に都市を営もうとしないのであるか、和辻は、共同的に都市を営んだ方が便利であり、快適であるのに、それを選ばない理由が日本の家の形態に現れているという。

 『ヨーロッパの都市の家は、富豪の家を除いて、個人が一つの家を占有するのではない。建物を入ると廊下を挟んで左右に一個ずつの「家」がある。この廊下はいわば道路の延長である。否、本来の意味における往来である。そこでこの往来を通って…(略)…借り間している人のもとへ書留郵便を届けようとする郵便配達夫が建物の中の廊下の往来を通り、家の中の廊下を通ってその人の室にまでやってくるのは、この往来の意味を明らかにしたものである。配達夫のみならず、書店の小僧でも運送屋の人夫でもみなそうする。』

 なるほど、和辻によると建物の廊下は、外の往来と同じくらい、ときにはもっと汚いそうだが、廊下は往来だからなのだ。また、刑事コロンボがレインコートを着たまま家の中にずかずか入ってくるのも、個人が直接、往来に、街に接触しているので、自然に「公共の顔」に切り替わることができるのだ。

 日本の刑事ドラマが不自然なのは、この辺りのルールが確立していないからだろうし、また児童相談所の所員が、児童虐待の情報を得ても、児童をなかなか保護できないのも、「他人の家の中に入る」ことに対する抵抗感があって、ちょっとやそっとではできないということなのだろう。

 それはさて、和辻は、建物の中の廊下が往来なら、現実の町の中の往来もまた廊下であると言う。

 『個人はおのが室に、あるいは家にいるままの通常の姿で廊下へ出る。それから階段を下りて建物の入り口からさらにもう一つ外の廊下へそのままの姿で出る。ただそれが屋内の廊下と異なるのは上に空が見え、冬には暖房の設備がないことだけに過ぎぬ。人はこの廊下を通って飲食店へ行って食事をする。あるいはカフェへ行って一杯のコーヒーを前にして音楽を聴き、カルタを弄ぶ。それは大きい家の中で長い廊下を伝って食堂へ行き、あるいは客間へ行くと何の異なるところもない。』

 『ということは、「家」の意味が一方では個人の私室にまで縮小され、他方では町全体にまで押し広げられることに他ならぬ。それはつまり「家」の意味が消失したということである。家がなくして、ただ個人と社会があるということである。日本には明らかに「家」がある。廊下は全然往来となることなく、往来は全然廊下となることがない。その関門としての玄関はそこで截然と廊下・往来の別、内と外の別を立てている。配達夫も小僧もこの関門を入ることはできない。カフェも食堂もすべて「よその家」であって…(略)…共同の性格を帯びることがない。日本人はこのような「家」に住むことを欲し、そこでのみくつろぎ得る。それほどの執着を起こさせる魅力はどこにあるのだろうか。「家」は截然と外なる町に対しておのれを区別しているが、しかしその内部においては室の独立というごときものの全然ないものである。室を隔てるものは襖障子であるが、それらは鍵をかけるというごとき防御的、対抗的な「隔て」の意志の表現をかつて帯びたこともないし、その可能性もない。それを開けようとする欲する人に対してはそれを拒み得る何の力もそこには与えられておらぬ。しかもそれがある意味の「隔て」として役立つのは、それが閉ざされていることによって表示されている「隔て」の意志が他の人によって常に尊重されるという相互の信頼に基づくのである。すなわち「家の中」にあっては人々はおのれを守って他に対するという必要を感じない。それは言い換えればおのれと他の間に「隔て」がないことである。鍵は他の意志に対して「隔て」の意志を直接表現するが、襖障子はむしろ「隔てなき」意志を表現しつつ、その「隔てなさ」の上において室を仕切るものに外ならぬ。…(略)…かかる「隔てなさ」を内に包みつつ、外の世界に対しては鍵のあらゆる変形(その中には高い板塀や恐ろしげな逆茂木などもある)をもって対抗するのが日本の「家」である。もしそこに魅力があるとすれば、それはこの小さい世界の内部における「隔てなさ」にほかならぬであろう。』

 いや見事です、脱帽です。

 2020年のオリンピックは「おもてなし」の精神でもてなすそうだが、「隔てなさ」の精神が「非関税障壁」につながることを思うと「?」と思ってしまう。

 『人は問うかもしれない。このような小さい世界は西洋の長屋においても保存しうるのではないかと。しかし、この西洋風の長屋は、それを作るときに共同的な協力を必要とするのみならず、その存立が住人の共同的な態度を予想するものである。他と慰労かを隔てた隣と互いに交際しないような状態においてもそれはなお一つの組織であって、暖房の設備、湯の設備、昇降機の使用等々において常に共同的であることは免れない。そしてこの共同的であることが、日本人を最も不安ならしめるものなのである。』

 このように非共同的な態度では都会生活は不便で快適なものには決してならないし、だとしたら、このような態度は断固として改めなければならないはずだが、和辻は敗戦を経て、「日本人が共同的な態度を身につけることは到底、無理」と判断し、例えば「小さい世界の内部における隔てなさ」を「鍵のあらゆる変形」をもって守ること(これはまさに諸外国、とくにアメリカに批判されている「非関税障壁」に他ならない)を肯定することになったのだ。

 昭和はじめの和辻の激烈な「日本近代批判」を勘案すれば、和辻の戦後の転向は左翼主義者の転向より、日本に悪い影響を与えた点において、はるかに罪深いと、自由主義者の私は思う。

ものは言い様

 小熊英二の「民主と愛国」を読書中だが、「へー、そうだったのか」と思わせる既述が満載で、かなりおもしろい。

 といっても、まだ前半の半分までもいっていないのだけれど、たとえば清水幾太郎が岩波新書の『愛国心』という著書で、戦前の「忠君愛国」というスローガンについて、「自分だけが天皇に対する忠義を独占しようというもので、同列に並ぶ同胞はその競争者」なんで、実際には「忠君」は「愛国」とはつながらなかった、むしろ「民主的な同胞愛」、「国民の人間的な連帯」を破壊するものだった、と批判していたそうである。

 清水の『愛国心』は、1949年発売だから、清水はれっきとした左翼としてそう書いたわけで、後に右翼に転向するわけだが、その思想の根本はまったく変わっていないと言うべきだろう。決して日和見的に変身したわけではない。

 また伊藤恒夫という評論家も、戦中の「買いだめ、売り惜しみ」を例に挙げながら、戦前日本の「忠君」は「民主的な同胞愛」には、つながらなかったと書いているそうだ。

 もちろん、それはキリスト教国の「神への忠義」が、同胞愛=愛国心につながっていることと対比させての言葉だろう。

 ナショナリスト的言動が目立つ石原都知事に、アメリカの知識人が「民族主義者、国家主義者ととられかねない言葉は注意して使え。愛国心なら問題はない」と「忠告」したのも、なるほど、そういう意味だったのだ。

 少し時代は下がるが、敗戦時に10歳だった大江健三郎は、「厳粛な綱渡り」で次のように書いているそうだ。

 「終戦時の子供たちにとって〈戦争放棄〉という言葉がどんなに輝かしい言葉だったか。ぼくの記憶では新制中学の社会科の教師が、現在の日本大国論風のムードにつながる最初の声を発したのが〈戦争放棄〉についてだった。日本は戦いに敗れた。しかも封建的なものや、非科学的なものの残りかすだらけで、今や卑小な国である。しかし、と教師は突然に局面を逆転させるのだった。日本は戦争を放棄したところの、選ばれた国である。ぼくはいつも、充分に活躍する最後の切り札を持ってトランプゲームをやっているような気がした。このようにして〈戦争放棄〉は、ぼくのモラルのもっとも主要な支柱となった。」

 なるほど。

 私は大江の「平和主義」はあまりにも非論理的で支持できないと思っていたし、またいわゆるネット右翼も、大江に代表される左翼の「非論理」を集中的に攻撃してきた。

 しかし、「非論理」も、実はもう一つ「別の論理」、英語で言うところの、えー、なんだっけ…要するに「もう一つの選択肢」なのだ。(私がネット右翼を支持できないのは、彼らの「論理」が「非論理」を排除しさえすればよいと思っている、その純粋さに辟易しているからだ。)

 しかし、大江は、自身の「非論理」を、ガンジーの「非暴力」のように「公」に打ち出さなかった。

 いや、「厳粛な綱渡り」に書いているのだから、隠しているわけではないのだろうが、「私の非戦は、非論理の論理である」と発言の機会があるときは、枕詞にして言うべきだったのだ。

 普通の人とちがい、その「機会」はむちゃくちゃ多いのだから、言っていれば事態はずいぶん変わっていたと思う。

 多分、わけのわからないことを言うと、支持者が減ると思ったのだろうが、大江の小説自体、あれほどわけのわからない小説もないので……結局、すべては小説家・大江の自己保身を優先する「エゴ」から生じているような気がしないでもない。

 何しろ大江は、小説の原稿料、印税でずっと食べてきた唯一の小説家だそうだから。

 別に大江のことを書こうと思っていたわけではない。

 要するに民主主義とは、他のかたちでもあり得る「可能性」を自らの原理としてとりこんでいる政治体制のことであり、それは社民党のように現実離れした政党も、「可能性としてはあり得る」というふうに取り込むめばいいのだ。

 「ものは言い様」みたいだが、でも実際「ものは言い様」なのだ。

アホか

 今まで、テレビで見れるものはニュースぐらいしかなかったのだけれど、東京オリンピック開催決定で、そのニュースも見れなくなった。 大体、猪瀬の帰国第一声(結局見てる…)が、日本人は自信を失って、20年続いたデフレを脱却できないでいたが、オリンピック誘致成功でで元気が出る云々。 アホか。 デフレが心理現象だという論者はいないでもなかったけれど、今回のアベノミックスで、日銀がお札を沢山刷った途端、景気が上向いた。 フリードマンが、インフレは貨幣現象であると言った通りのことが起きたわけだ。 全然心理現象なんかではない。 浜田とかいうアベノミックスの後見人が、今の景気が三年続いたら、そのとき、増税すればいいと言っていたが、さすがシカゴ大学の教授で、増税しないと国際的に信任を失うとか言うのがいて、「アホか」と思っていたが、面倒くさいので、増税しちゃったら? 私は消費を控えるけどとか思っていたが、理屈を言えば浜田の言う通りだろう。 「なるほど」と思った。 ところが、政府はどうやら、増税実施に踏み切るらしく、そのときの景気後退を見越して、低所得者への一万円給付を含む、補正予算を計画しているらしい。 「毎月一万円」なら効果はあると思うが、「一年一万円」では効果を確かめるも何もないだろう。 実際は公明党対策で、本命は公共投資なのだろう。 話は変わるが、Eテレで、「障害者バラエティ」とかをやっていて、昨日は障害者が従業員の2割を占める小売業者が出てきて、社長が「全員が経営者のつもりで、みんながんばっている」と言っていた。 「全員が経営者」の台詞は、ブラック企業の経営者の決まり文句なのだけれどね。 と、これは、最近すっかり売れっ子になったポッセ代表の今野晴貴が言っていたこと。 みんな経営者になるというつもりはなくとも、労働者の自覚がないから、つい頑張らざるを得ず、体調を崩したり、欝になってしまうのだ。 自分はそもそも労働者なのだという自覚があって、その上で、「経営者になったつもり」で頑張れば、いざうまくいかなくなったら(その場合が90パーセントだと思うが)、「労働者」に戻って自分の権利を主張できるが、日本人は、自分が労働者だという自覚がそもそもない、というか、労働者階級がそもそもないので、失敗した場合はその責任を全部「個人」が負うことになってしまう。 前回の東京オリンピックがきっかけで高度成長が始まり、それがピークに向かうとともに少子高齢化が進んだ。 少子高齢社会は、高度成長を永遠に続けるわけにはいかないとしたら、当然のように直面する問題なのに、オリンピックでデフレ脱却、景気浮上だなんて、ストーリーがずれてるとしか言えない。 オリンピックはしたっていいけれど、「デフレ脱却」とは何の関係もない。 経済効果が何十兆円だとか、それで貧困層が救われればいいけれど、選手村が将来プレミア価格がついて高く売れそうとか、マスコミの無節操な旗ふりにはさすがに怒りが沸いた。 
 東京オリンピック誘致は安倍がプレゼンで、福島の汚染水問題について、どう発言するかで決まりそうだ。

 私個人としては、最近、試合前の君が代演奏になると「消音」にしているくらいで、左翼でも、反天皇制論者でもないが、君が代漬けになるのは、ご免蒙りたい。

 大体「君が代」くらい、陰気な国歌はないので、ユニークと言えばユニークで、昭和の始めころ、世界の国歌コンクールをやったら「君が代」が一位になったという話を聞いたことがあるが、それはそれとして、勇猛果敢になるべき試合前が、お通夜みたいになる。

 いや、お通夜ともちがう……一度、カラヤン指揮の君が代を聴いてみたいと思ったこともあるのだが、演奏者によってだいぶちがう曲だと思う。

 石原慎太郎は、スポーツ競技の前は陰々滅々とした「君が代」ではなく、「君が代行進曲にしろ」と言っていたが、ここは同意見だ。

 「君が代行進曲」は結構名曲である。

 いや、「名曲」ということはないかもしれないが、別にマーチにしなくてもいいから、小沢征爾あたりに「もう少し快活でテンポのいい感じにしてくれ」と言って、指揮を依頼するとおもしろいかもしれない。

 チョン・フンミンでもいいけど。(一週間くらい前、Eテレで指揮を見て、かっこよかった。)

 話がそれた。

 東京オリンピックの誘致に反対なのは、もし成功してしまうと、現行の、電力会社で言えば、福島原発事故を引き起こしてしまった「国策民営」という極めて曖昧な「保守形態」が継続する可能性が極めて高いからだ。

 原発事故が起きたということ自体、1000年に一度の大地震、大津波ががあったからということではなくて、1972年のスリーマイル原発事故、1989年のチェルノブイリ原発事故を経て、自由化を進めていた欧米の原発は、事故時の膨大な費用がかかることから、原発は商業的に無理だという個々の企業の判断で、新規の原発の建設は、アメリカを含み、完全にストップしてしまったが、事故のリスクを国がとる「国策民営」という社会主義的企業形態だった日本の電力会社は、原発の建設を逆に加速させ、1995年頃には英米の原発メーカーを買収した。

 英米、特にアメリカは、ブッシュ政権時に原発再開を唱えていたものの、30年の技術的ブランクは大きく、日立、東芝による原発メーカーの買収を歓迎した。

 ところが、日本国内の原発は、既述の通り、事故のリスクを国がとるかたちだったため、安全管理に問題が連続的に生じて、批判も高まり、民主党に政権が移ったときには、抜本的な改革が期待されたが、政権につくと、何故か態度を変え、原発依存度が高まるどころか、原発輸出を国を挙げて取り組むようになった。
 多分、それには「デフレ脱却」という願望もあったのだろうけれど、大いに意気込んだところに、大地震と大津波でチェルノブイリを越えるほどの大事故が起きてしまった。

 といったところが、これまで調べてわかった日本の原発の歴史なのだけれど、要するに、あの事故は、チェルノブイリ事故が社会主義国で起きたことが「偶然」ではなかったように、偶然ではなかったということで、そのような「構造」が、東京オリンピック誘致成功で温存される可能性が極めて高いと思うのだ。

 坂本竜馬だったか、福沢諭吉だったか、隅田川の流れを見て、テムズ川につながっていると言った通り、海はつながっているから、もし誘致に成功しても、汚染問題は連日報道されるだろうし、それを「風評」と言って済ますことはできない。

 この厄介な汚染水問題を解決するには、私は構造改革派ではないのだけれど、社会構造の抜本的改革の必要性に迫られて、その方向に進めばいいのだけれどね。

 しかし、私の予想では、東京が6割くらいで有利なのだろうか。

 でも、あの馬鹿げたロボットで象徴されるインチキハイテク・オリンピックゲームは見たくないぞ。

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
10/31まで秋の行楽キャンペーン実施中

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事