|
おはようございます。
今日から3日間、桟橋整備のため海賊船は元箱根港に入港せずに運行されるそうです。
元箱根港近くの飲食店で「今日は天気も良くないしヒマになりそう…」ってぼやいてました。
普段から繁盛店ですので骨休めだと思ってください〜(^o^)
さて、この書庫久しぶりの更新です。
ということはネタを仕入れられてないってことですね〜(笑)
国道一号線最高地点874mのそばに建つ通称「曾我兄弟の墓」です。
実際にはお墓ではなく供養塔だそうです。
日本三大仇討ちのひとつで有名な曾我兄弟、
詳しいことはウィキペディアでご覧になってください
以前から、「曾我十郎祐成」と「曾我五郎時致」の兄弟は「十郎祐成」がお兄さんで「五郎時致」が弟なんですよ。
兄弟だと名付け方が逆じゃない?って思ってました。
だって普通は長兄から一郎、二郎、三郎…ってなるじゃない。
じつはこれは当時名付け親になった人のミドルネーム○郎の次の名をもらってるんですね。
つまりミドルネーム九郎さんが名付けたので○○十郎○○、
ミドルネーム四郎さんが名付けたので○○五郎○○となるんだそうです。
ここで兄弟の数字が逆転しちゃうんですね〜。
現在の曾我兄弟・虎御前の供養塔です。
昨年1月に撮ったので雪をかぶってます〜(^^ゞ
いま雪はありませんよ〜。
この左側の岩。
意味のあるものなのか?と思っていたら、
過去の写真にも石塔みたいなものがのった状態で写ってますね〜。
うしろの二子山から転がり落ちてきたものだと思ってました。
天秤棒を担ぐ人、休憩中ですね。
駕籠かきの担ぎ方と一緒です(*^^)v
記事に載せた絵葉書は文字が右から書かれているのですべて戦前だと思います。
ヒマだからいっそのことネタ集めに奔走したいところだけど、
天気も良くないのでやる気がイマイチ出ません〜(-_-;) |
昔の箱根、今の箱根
[ リスト | 詳細 ]
箱根にはたくさんの写真が残されています。
昔の箱根と今の箱根を比べてみます。
昔の箱根と今の箱根を比べてみます。
|
こんばんは。
昨日悪天候の土曜日になったせいか、今日はとても混雑した箱根です。
たくさんのお客さんがいらしてましたよ〜(・_・;)
まずはいつものように今日は何の日?
4月15日は語呂合わせの記念日がたくさんあります。
「ゆ(4)い(1)ご(5)ん」の語呂合せで「遺言の日」。
近畿弁護士会連合会が制定しました。
もうひとつ「よ(4)い(1)こ(5)」の語呂合せで「よいこの日」だそうです〜(~o~) ネタ切れの今日は、おとっときのネタで〜(^^ゞ
たいしたもんじゃありませんけどね〜(*^_^*)
文字が右から左に書かれているので戦前(明治か大正?)の写真だと思います。
カラーかな?と思われた方、これは彩色写真です。
白黒の絵葉書に一枚ずつ筆で色を付けたものなんですね〜。
六道地蔵と呼ばれているこの磨崖仏は地蔵信仰が盛んだった鎌倉時代に、
良観上人によって開眼供養が行われたそうです。
元箱根石仏・石塔群の中心本尊です。
おいらが子供の頃の六道地藏さんは写真のように覆屋が失われて露座になっていました〜。
平成9年に保存整備事業が完成し、
鎌倉時代にあったとおりの覆屋が復活しました〜(*^^)v
写真は毎年8月23日に行われる「六道地蔵まつり」の様子。
お地蔵様へのライトアップや足元に置かれた灯篭がとてもいい感じです(^^♪
どうです?
長い間、露座のままで風雨にさらされた最初の白黒写真と比べて、
いいオトコになってるでしょ?(笑)
少なくとも若返ったような感じがします〜(*^_^*)
|
|
おはようございます。
さっき、エフ○コの交通情報で、
「箱根は全山すべり止めがないとあがれません」というガセネタを放送してました。
けさの箱根は雨で雪は1mmも積もってません!!
公共電波なんですから取材はきちんとしないとダメですよ〜!!
まずは、今日何の日?
「ミスコンの日」なんですよ。
1908年(明治41年)、時事新報社が全国から「良家の淑女」を対象に写真を募集し、
その審査結果を公表しました。これが日本初のミスコンテストとなりました。
1等に選出されたのは小倉市長「末弘直方」の四女「ヒロ子」さんで、学習院女子部3年に在学中でした。 コンテスト参加は学習院で大問題となり、彼女は退学処分になってしまったそうです〜(-_-;)
今日はネタ切れのため、予備のネタから〜(^^ゞ
言わずと知れた箱根神社です。
箱根権現は明治元年(1868年)の神仏分離令により、
『箱根神社』と改称し『別当寺金剛王院東福寺』は廃寺になり、
仏像・仏具は廃却され境内は荒廃してしまったそうです。
神社が再整備されていくのは明治20年代になってからだそうです。
ずいぶん整備が進んで今の姿とさほど変わらないですね。
でも絵葉書の文字は右から書かれているので戦前の様子ですよね〜(^。^)
現在の箱根神社、境内前庭より。
お正月に撮ったのでちょっとライトアップ?されてます(^_^;)
一年を通じてたくさんの参拝客がいらっしゃってます。
特に今年は辰年ということで訪れる方が多いようですよ〜(^。^)
さて、そろそろ仕事に出かけますか!
|
|
おはようございます。
この書庫、久しぶりの更新です。
ってことは在庫のネタがない…ってことですね〜(^_^;)
まずは今日は何の日?「イチゴの日」です。
って言ってもフルーツのいちごではありません。
そっちは全国いちご消費拡大協議会が、1月15日を「いいいちご」の語呂合わせで、記念日に定めています。
じゃ〜どんな「イチゴ」かというと、いちご世代と言われる高校受験を控えた15歳の少年少女にエールを送る日。
「1(いち)5(ご)」の語呂合わせです。 記念日の制定者は定かではありませんが、 学習塾が冬休み中の生徒のやる気を出さすために制定したと言われています。
むかしの箱根の絵葉書と今の景色を比べてる書庫、
今回はEVAのヤシマ作戦でもおなじみの二子山です。
何年ごろに撮影された絵葉書なのかはまったくわかりません。 だって、二子山と馬子と馬しか写ってないんですから…(笑)
上の絵葉書は二子山の形からこの辺りで撮ったはずなんです。
そう!つい数日前に駅伝ランナーが駆け抜けた場所です。
ほぼ同じ場所ですが今度は自動車が通ってますね。
箱根山に営業用自動車が登場するのは、「松本安太郎」が自動車3台を購入し、
湯本に「箱根自動車株式会社」を設立した大正元年(1912年)のことだそうです。
箱根山のモータリゼーションはそこから始まったんですね〜(^^♪
次いで大正2年には「小田原電気鉄道」が貸自動車業を始め、
翌3年には「富士屋ホテル」が「富士屋自働車株式会社」を設立して、箱根山は自動車時代に突入したそうです。
周りの景色はずいぶん変わりましたが、二子山は昔と変わらずにそびえてます。
道路を行くのは『チェア』と呼ばれた当時の外国人に好まれた乗り物です。
椅子付きの神輿の様な乗り物で4〜8人の人足が担いで歩いたんですよ〜(~o~)
この絵葉書を見ると「二子茶屋より望む双子山」と書かれてますね。
『二子』と『双子』がごっちゃに使われてます。
ちなみにこの辺の正しい住所は『二タ子裾通り』というそうです。
もうひとつちなみに「二子山」と言うだけあってそっくりな山「上二子山」と「下二子山」がとなりあってます。
こちらの絵葉書・おいらの写真に写る山は「下二子山」です。
「上二子山」はこの左側にそびえる山です。
|
|
おはようございます。
昨日は結局ほぼ一日中曇りで、外の作業はチルド室内に居るようなものでした〜(寒)
夕方には身体の芯まで冷えてしまって、お風呂が気持ちよかったこと…(*^。^*)
そしてけさPCフォルダを覗いてみたら、最近取材をサボっているらしくネタがありましぇ〜ん(汗)
今日はそんな時のためのお助けフォルダの更新です(^^ゞ
箱根神社の正参道の長い階段を上がったことのある方ならご存知ですよね。
ちょうど中間くらいにある曾我神社です。
この写真は時代はどのくらいなんでしょうね?
子供の格好を見るとよそいきの洋服を着た様子がおいらの子供の頃によく似ています〜(~o~)
上の写真と比べるとほとんどかわりありませんが、
階段上の五の鳥居両脇の灯籠の位置が違いますね〜。
それにしてもいつの時代でも巫女さんは絵になりますな!(^^♪
これが今の曾我神社前です。
ずいぶん樹が茂りましたね〜。
コンデジだったので広角が足りずお社が写りませんでした〜(^^ゞ
いや、曾我神社のお社はずいぶん後ろに下がったんですねぇ…
曾我兄弟が仇討ちの際に傘を燃やしたことから毎年五月のお祭りでは傘焼き神事が行われます〜(~o~)
箱根神社ご参拝の際にはあわせてお参りください〜(^^)
|




