RINGS

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誰もが主人公になりえる群像劇
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RINGS Vol.82〜勧誘〜

「・・・何なのいったい。」
 ノヴァはもう一度つぶやいた。嫌な胸騒ぎがする。
「あいつは結界を広げとけって言ってたけど・・・私ので大丈夫なのかしら?」
 もう一度空を見上げてみたが、”ミスター”の弾道から逃げるように散っていった雲は晴れ、青く広がった空は彼女の問いに答えようとしなかった。
 彼女は苛立ったように口を一文字に結ぶと”上乗せ”にとりかかった。

「あ〜、ちょっと待って、広げるだけじゃなくて硬くしようとしてるみたいですが?」
 背後からの呼びかけに、ノヴァは振り向いて身構えた。
「誰?!」
 彼女から少し離れた位置に鎮座していたはずの鳥居が無い。その場所には2人の男が立っていた。
 左側の痩せた長髪の男はうつむき加減でノヴァを見据えている。修行僧が着るような、くすんだ赤色の着物を肩から掛け、裸足だった。もう一人、右側に腕を組んで仁王立ちしているのは、髪を剃り上げ、立派な髭をたくわえた恰幅のいい男だった。こちらも裸足で、その出で立ちは長髪の男を修行僧とするなら、『僧兵』と言ったほうがいいだろうか。亀の甲羅のような肩当てから伸びた鎖は腰の辺りへと続いて巻きついていた。筋肉という鎧に身を包んだ屈強そうな巨漢は表情ひとつ変えず、ノヴァを睨み付けていた。
 消えた2つの鳥居と2人の見知らぬ男。数だけは一致するものの道理が合わない。ノヴァは信じられないといった表情で2人を見つめていたが、慌てて腰に手をやった。しかしそこにいつも携行しているはずの銃はなかった。胸ポケットに手を当ててもその中に携帯が無い。そして『センリガン』発動時はそのどちらも携行を禁止されていることを今さらのように思い出した。
「・・・・・・・・・・・・くっ」
「あ〜、そうそう『その時』 は何もできないようにされますからねぇ。」
 男はノヴァの立つ方へと手をゆっくりと差し上げた。
「フリーズ!!動かないで!」ノヴァは2人向かって両手をかざした。それで何かを止められるなどとは思っていなかったが、精一杯の静止行動だった。
「あ〜、やっぱ驚きますよねぇ。私はともかく、こんなゴツいのが睨み効かせてると。」
 男は上げかけた手で隣の”ゴツいの”を示した。が、そいつは微動だにしなかった。
「あいかわらずつれない人ですねぇ。挨拶ぐらいしたらいいのに。あ〜、自己紹介まだでしたね。私は豪雲(ごううん)。そしてこいつが豪海(ごうかい)と申します。」
「ここで何をしている?」
 ノヴァはかざした両手を胸の前で握るとゆっくりとその拳を広げ、腰を落として身構えた。それに呼応するように、豪海と呼ばれた男が腕を解いて、深く息を吸い込むと吐き出しながらノヴァと同様に右足を引いて斜に構えた。
「あ〜、何ですかこの状況?私はそんな、いかにもなファイティングポーズする気、というかあなたをどうこうしようって気はないですから。戦う相手を間違えちゃいけない。」
「戦う相手・・・ですって?」
 豪雲と名乗る男の物腰の柔らかさに、ノヴァの緊張も若干緩みつつあった。
「そう、さしあたっては『上』から落ちてくるのを迎撃しないといけませんから。」
 豪雲が空を指差した。つられるようにノヴァが見上げると一瞬、上空に黒い亀裂のようなものが走ったかと思うとすぐに消えてしまった。慌てて視線を2人に戻したノヴァが豪雲に尋ねる。
「『上』で、何が起きてるの?」
「そうですね、あなたが投げた剛速球を相手打者がピッチャー返しってところですかね。」
「ふざけないで!」
「別にふざけてはいませんよ。豪海、今の例えが最適じゃないですかね?」が、またも豪海は無反応だった。
「あ〜残念ながら説明してる時間がなくなっちゃいましたね。無駄話が過ぎました。」
「どういうこと?あなたたちは一体・・・」
「いきなりですいませんが、ノヴァ・ノエル・ダントンさん。もう一発撃てますか?『千里銃』。」
 フルネームと外部には極秘扱いの『能力』を突きつけられて、ノヴァはもはや観念した。”もう問うのはやめよう”と。
 少なくとも豪雲はノヴァよりも現状を、そして対応策を把握しているようだ。
「もう一発と言ったわね。あいにく唯一の『弾』は上に行ったきりなのよね。」
「理解の早い方で助かりました。弾のほうは彼にやってもらいますから。」というと豪雲は豪海を見やった。
「彼?相変わらず臨戦態勢だけど?」
「・・・もういいのか?」
 重く低い声が響く、豪海がはじめて口を開いた。
「ええ、結構です。」豪雲が静かにつぶやく。
「異国の軍兵にしては柔軟なお嬢様だ。武器も通信手段も断たれたらパニックになっておかしくないものだが。なかなか肝が据わっている。気に入った。豪海だ。あらためてよろしくたのむ。」
 豪海は構えを解くと、わずかに頭を垂れた。
「・・え・・・えぇ、よろしく。なんだか拍子抜けだけど。」
「さて、話もついたころですし、手の届くところまで行きますよ。」
 豪雲が揺らめくような足取りでノヴァの前へとやってきた。
「何が起きても驚かないように。」
 うっすらと笑みを浮かべていた豪雲の表情が変わった。ノヴァの肩に右手をかける。
「何を今さら。さっき決めちゃったの。」
「何をです?」
「わからないことは考えない。ってね。」
「いい決断です。『答え』なんてものは、気がつけば手に入ってるものですよ。」
「あなたも好きなの?『アドバルーン』」
「あぁ、あなたがいつもここで歌ってたのはそんなタイトルでしたか。」
「やだ・・・ずっと聞いてたの?」
 ノヴァは急に恥ずかしくなって目をそらした。豪雲は気にも留めずに右手に力をこめた。
「では、『最適化』に移ります。」
 ノヴァはゆっくりと深呼吸すると、覚悟を決めたように目を閉じた。


 

RINGS Vol.81〜迂闊〜

「ん?!」
 観月 琢弥(みづき たくや)は思わず足を止めた。
 行きつけのネットカフェ『By the Way』のブースから、トイレに行こうと出た際、左右をブースに囲まれた廊下の先に見慣れないドアがあった。真新しい白いドアの中心にはめ込まれた、細長いガラスからはピンク色の光が漏れている。
「何だあれは?」
 琢弥はしばらくそのドアを眺めていたが、
「おっと、トイレだった。」と思い出したように、トイレへと向かった。途中カウンター周辺を眺めてみたが、何かを新設したような告知はない。
 カウンターでモニターを眺めていた髭の店主が、視線を感じて顔を上げる。
「何か?」
 店主の声に驚いて、琢弥は一歩後ずさった。が、どうしていいかわからず、わざとらしく辺りを見渡して、「・・・いや、なんでも・・・」と、か細い声を残して慌ててトイレに向かった。
 用を足そうと便器の前に立っても、気になってなかなか出てこない。
「あぁ、もういいや。」 
 琢弥は乱暴にチャックを上げると、きびすを返して自分のブースへと向かった。するとさっき見たドアの前には人影があった。なぜか照明が落とされているため、ブースを仕切っている間仕切りに設置されているフットライトが点灯していた。薄暗いためかろうじて2人が男女だということが確認できるだけだ。琢弥は自分のブースの中に体を滑り込ませると間仕切りに身を隠し、ゆっくりと顔を出して2つの人影を観察し始めた。
 2人の前で音もなくドアが開いた。甲高い女性の声で「るいあ」という名前らしき言葉が聞き取れたが、会話の内容はそれきり聞こえにくくなった。ドアの奥ではもう1人の男の声が響いていたが、言い争うような声の後、ほどなく2人はドアの中に入って行く。ドアを閉めた、先ほど「るいあ」と言葉を発した女性が彼のブースのある方へと歩いてきた。慌てて間仕切りに身を隠す。
 足音が遠ざかるのを確認して、再び顔を出すと2人が現れる前と変わらない光景だった。
「スタッフルームってわけでもないようだな・・・よし、やるか!」
 琢弥は思い立ったようにカバンのなかをまさぐると、自分のノートパソコンを引きずり出した。同様にLANケーブルを取り出すと、ブースに設置されているパソコンとノートパソコンをつないだ。電源を入れ、空中で両手で何かを揉むような動きを見せるとゆっくりとキーボードを叩き始めた。
 「あっと。これじゃだめか。」
 つないだケーブルを無造作に引き抜いて、再びカバンに手を突っ込んで取り出したのは、何世代も前の携帯電話だった。まだ指で引き伸ばすアンテナがついているものだ。その電話をノートパソコンの横に置くと、再び作業を開始した。時折、その携帯の小さな液晶が点滅するのを確認しながら指を動かす。
「よし、オッケィ・・」
 琢弥のパソコンのモニターには見取り図のようなものが表示されている。上部のタグには『北見店・店舗図』と表示されている。彼は『By the Way』のシステムをハッキングしたのだ。
「見取り図に無いということは・・・」
 琢弥は腕を組んで考え込んだ。
「何のための部屋なんだ・・・」
 すると突然、画面が暗転した。
「お?」
 キーボードを叩いても、何の反応もない。
「え?え?どうした。」
 すると、画面に文字が浮かび上がった。
”マルウェア検出。保全のため強制終了。隔離します。” 
「・・・・っ、やられた。」
 琢弥は頭を抱えた。
「あら?もぉ降参?」
「ひゃっ」
 不意の頭上からの声に、琢弥は悲鳴に似た声を発した。
 ブースから顔を覗かせていたのは先ほどの声の主、北海香世子だった。
「な、なんだよアンタ。」
 琢弥は慌てて体でノートパソコンと携帯を隠した。
「いーのよ、そんなことしなくても。」
 香世子は笑顔でブースの入口のスライド式のアクリル板に手をかけた。
「なんだよババァ。入ってくんなよ。」
「あらいいの?そんなこと言って?別に不正アクセスで通報してもいいんだけど。」
「そ、それは・・・」
「なら取引ね。」
「どういうことだよ。」
「そのケータイ、もらえないかしら。」
「はぁ?何言ってっかわかんねぇけど。」
「わ・か・ら・な・い?」
 バキッ、という音とともにアクリル板に亀裂が走る。
「・・・お・・・おぉっ。」
「まだわからない?」
 香世子は笑顔のまま尋ねた。先ほどとは違い、目だけは笑っていない。
「・・・んどくせぇな。わかったよ。」
 琢弥はヤケになって携帯電話を手に取り、恐る恐る差し出した。
 香世子も手を伸ばし、「いいのよね」と念を押した。琢弥は答えずに目をそらす。
「あら、つれないのねぇ。」
 香世子は物足りなげにすると、琢弥の手から携帯電話を抜き取った。
「こういう”いかにも”ってデバイスの好みはいいけど・・・」
「なんだよ。」
「これ以上余計な事はしないようにね。タ・ク・ヤ・・くん。」
 それを聞いて我に返った琢弥は、間仕切り越しに香世子に詰め寄った。
「まさかアンタ、全部持っていったのか?」
「あら、どうかしら?」
「とぼけてんじゃねーよ!」
 香世子が琢弥の唇にすばやく人差し指を置いた。
「店内は・・・お静かに♪」
 もはや香世子の笑顔は消えていた。
「これだけだってんなら、底は知れてるけど、あいにくかまってられないの。」
 香世子は携帯電話まじまじと眺めた。
「まだまだって言うんなら・・・・」
「何だよ。」
「どうにだってできる、ってこと。わかるわよね?」
 怒気というよりは殺気のこもった声に、琢弥は観念したようにうつむいた。
「・・・かったよ。」
「なぁにぃ?聞こえなぁい。」
「わかったっつってんだよ。」
「なら顔を上げなさい。」
「まだ何かあんのかよ。」
「あなた中学生?」
「だったら何だよ。」
「もう10歳上なら・・・」
「なら?」
「あのドアの向こうに行けたんだけど。残念。」香世子は背後のドアに視線を移して呟くと、
「じゃぁね。」と再び笑顔に戻り、薄闇に浮かぶドアへと歩を進めた。



 

RINGS Vol.80〜誓約〜

「・・・ふぅ・・・。」
 ”ミスター”を発射し終えたノヴァは、差し上げた右腕を抱きかかえるように下ろし、胸の中に収めると、あごに指をあてて考え込んだ。
「何の為に・・・・」
 やがて我に返り、
「・・って考えるだけ無駄か・・・」とつぶやくと『上乗せ』の準備を始めた。が、再び上空に目をやると、背中にヒヤっとしたものを感じた。一筋の冷たい汗が滑り落ちていくような感覚。空がやけに近く感じる。
「・・・何なのいったい。」

 『SPINE』内部から続く、3つのゲートを通り抜け、ミシェルはようやく廊下へ歩み出た。
 ミシェルは頭を軽く左右に振ると、正面を見据えた。白い壁と色分けされたドアに挟まれた幅広い廊下は『特機戦闘配置』の発動により静まり返っている。その廊下は正面入口へとまっすぐ伸びており、その入口にある自動ドアの向こうには広大な敷地を取り囲む高い壁を両翼に据えた巨大な門が、鋼鉄の柵で口を塞いでいる。さらにその先にはふたつの鳥居が鎮座し、睨みをきかせている。
 はずだった。
「・・・これは・・・」
 彼女の眼前には扉が立っている。扉というより2枚の鋼鉄の板、門と言うべきか。
 わずかに開いた中央の割れ目からは青白い火花が散っている。そこから染み出た黒い粘液はマグマのように沸騰し、足元へと忍び寄っていた。門の表面は、錆が全面に広がって腐食しており、割れ目の下部を中心に赤黒い血痕のようなものが広がっている。
 その『門』は彼女が瞬きをした一瞬で、突如出現した。思わず後ずさりする彼女の背後を、先程通り抜けたゲートの扉が阻む。
 ミシェルは呆然としていたが、門から目線をそらし、息を整えると、腰に手を這わせた。ゆっくりとホルダーのフタをあけてスマホを取り出し、表面を指でなぞると耳元へと持っていった。
「はい。こちらクレアのセルフォンです。」
 聞き慣れた声で、ミシェルはようやく落ち着きを取り戻しつつあった。電話の相手はSPINEでの同僚、クレア・フォモール・デコミラーだった。
「クレア、私を見て。V-GATEの前にいるわ。」
「位置情報を確認。ミシェル・ケーニッヒ、V-GATE前。透過壁解除。フルスキャンします。」
 ミシェルの左右両側の壁、床、そして天井が黒く色を変えてゆく。
「スキャンレベル、V-GATEからエントランス。特機仕様でディープスキャン。」
「スキャンレベル確認。ディープスキャンします。」
「目視も忘れないでね、クレア。」
「了解・・・スキャン中です。」
「目視レベルを私の視線に設定して。」
「視点検索中。確認しました。目視します。ディープスキャン、間もなく完了。」
「クレア、彼とはどうなの?」
「つつがなく、滞りなく、善し苦し。スキャン完了。異常、異状ともになし。目視も同様、オール・グリーン&クリア!」
「善し苦し、うまくいってるってことかしら?おっとこっちは・・・なるほど、見えない・・・のか。」
「どうしたの?ミシェル。言われたとおりにやったけど、何かあったの?」
 ミシェルは目の前の光景を詳しく、せきたてるように説明した。クレアは驚く様子もなく黙って耳を傾けていた。
「ミシェル、あなたもしかして・・」
「何よ、酔ってもキマってもないわ。」
「そんなこと疑ってるんじゃないの。落ち着いて聞いてほしいの、説明するから。」
 ミシェルは不安を抑えきれずに苛立っていた。目前の異状よりも、ノヴァの安否が気になる。
「あなたが何を『極めた』のかはしれないけど・・・。」
「極めた?」
「いわゆるバトル・グランドマスター、『タツジン』って人はね。『究極の護身』は戦わないことだっていうの。」
「あなた、何が言いたいの?」
「最後まで聞いて。戦わないことってのは、人と争わないってことじゃなくて、相手のもとへとたどり着けないってことなの。」
「いまいち話が見えないんだけど。」
「だから、今あなたが見ているのは、あなたの生存本能が『行くな』と命じてるってことなの。」
「まさか、『行けば死ぬ』とでも?」
「残念ながら。でもね。」
「何よ?」
 突然、ミシェルが寄りかかっていたV-GATEの扉が開いた。後ろに倒れかけたミシェルをクレアが受け止める。
「あ・・・サンキュ。来てたんだ。」
 ミシェルはバツが悪そうに体勢を立て直し、クレアに背を向けた。
「いい?ミシェル。」
 クレアはミシェルを無理やり振り向かせると、沈痛な面持ちでこう告げた。
「私は友達としてあなたを止めに来た。テンパってるジオン(ジェイドのニックネーム)を見てるのも面白かったんだけど。それでもあなたは、きっと行くんでしょうね。何が待っていようと。」
「そういうのを、あれ?何だったかしら。」
「何が?」クレアは泣き出しそうな顔をしている。
「あ、思い出した!『グモン』って言うのよ。愚かな問いと書いて愚問。」
「愚問・・か・・」
「私以外見えてないって聞いて安心したわ。この先の道はいつも通り。何が見えても換わってない。」
「門を開けたら『ナラク』があるかもよ。」
「何それ?あ、言わないで。どうせ見たくもないものでしょうし。見てやろうじゃないのその『ナラク』ってやつをさ。まぁ、そこで振り返ったら何があるかも想像つくし。」
「何があるの?」
「それは帰ってきてから話すわ。今夜ディナー行ける?」
「・・・わかった。待ってる。その前に・・・」
「ん?」
「ハグしてもいいかしら?」
「別れの挨拶?縁起でもない。」
 ミシェルはからかうようにあしらった。
「違うの。私の故郷では再会の誓いなの。」
「そういうことなら、やらないわけにはいかないわね。まったく・・・いつまで泣きそうな顔してんの?」
「・・・だって」
「ほら、やるんでしょ?再会の誓い。」
 ミシェルはクレア乱暴に引き寄せて抱き合い、クレアの頬に軽くキスをして突き放すと、意を決したように歩き始めた。
 沸騰する粘液を踏みしめても何も感じない、いつも通りの廊下の感触がそこにはあった。
 褐色の重苦しい扉に手をかざすと、触れる前に開き始めた。さらに歩を進めると、見慣れた廊下が現れた。
 しかしその無機質な空間は、彼女のつまさきから生じたひび割れをきっかけに音もなく崩れ落ち、エントランスのドアと彼女の間には底の見えない巨大な穴が口を広げていた。
「これがナラクってことか。思ったほどじゃないわね。いっそ目をつぶったままエントランスまで行こうかしら?」
 ミシェルはためらいもせずに歩き始めた。足下から伝わる感覚は何一つ変わらない。
「おっと、忘れてた。一応確認しとかないとね。」
 振り返ったミシェルが見たのは、遥か海の向こうにあるはずの、彼女の実家だった。ドアの向こうからは懐かしい家族の笑い声が聞こえてくる。思わず伸ばしかけた手を、握りしめて胸元へと引き寄せる。
「ごめんねみんな、クリスマスには帰るから。」
 名残惜しそうにしていたミシェルは、数歩引き下がるときびすを返し、周りの景色には目もくれず、エントランスへと一直線に走っていった。






 



RINGS Vol.79〜助力〜

―地球より約385,000km、月面上空。
「『二豪門』からの射撃を確認。ストーク・シューターと思われます。標的、U.O.(不明物体)」
 その女性はそう呟くと、ゆっくり立ち上がった。
 体を包む光沢のあるスーツは、一見、ウェットスーツのように彼女の体の線にぴたりと張り付き、その上で波打つ棒状の繊維らしきものがアンバランスな幾何学模様を描いている。肩口で切りそろえられた銀髪がわずかになびく。まだあどけなさの残る顔は困惑の表情を浮かべている。
 彼女の視線の先には横長の巨大な窓があり、その奥の闇には無数の星が瞬いていた。その広大な星空の片隅に浮かぶ月に寄り添うようにたたずむその『物体』の名前は「クロス・モント」。その形状は霧状の黒いもやに覆われていてはっきりしない。
「トール、経過をアナウンスし続けてくれ。総員、臨場態勢に入れ。」
 背後から低い声が響いた。その声に一瞬、眉をひそめると、トールと呼ばれたその女性は再び着席した。声の主は彼女の背後数メートル、ステージ状にせり上がった台座の上に鎮座する金属製の玉座に腰を下ろしていた。トールと同様のスーツに身を包んではいるものの、その口元にたくわえた髭と深く刻まれた皺がトールとの年齢差を感じさせる。胸元にはアルファベットで、S.O.L(ソル)の3文字が刻まれている。
「シールド解除、ホール・コネクト異状なし。『二豪門』上空100メートルに臨場します。10秒前・・9」」
 トールから少し離れた席にいた男が抑揚のない声で言った。すぐさまトールが続く。
「U.O.に高エナジー反応。シールドはスキニー。『防御』せずに『転移』させる模様。」
「エア・デフォルトは地球圏。若干の慣性ノイズが生じます。総員、席を離れないように。6・・5・・」
 クロス・モントを包んでいたもやが徐々に、千切れるように晴れていく。そのもやは、星空をくりぬいたような真っ暗な穴へと流れてゆく。穴の周囲では青白い火花が散っている。その穴は動き始め、クロス・モントの輪郭を飲み込み始めた。
「臨場、着弾、解放後離脱する。ノーゲイン・ノーリーブ。臨場開始。」
 ソルのその声が終わらないうちに、火花が勢いを増した穴はスピードを速め、クロス・モントを飲み込んだ後、急激に収束し、線香花火のように末期の火花を弾けさせると、月は何事もなかったように静寂の宇宙に佇んでいた。

 

 

RINGS Vol.78〜徒労〜

「確かに、ゆっくり降ろせっていったけれども〜」
 打ち抜かれた2枚の床に少し遅れて、堀内の体が落下してゆく。
「た、滞空時間。ちょー長いんですけど。」
 右手を伸ばすが、すでに穴には届かない。その穴の縁に立つ壇が無表情に声をかける。
「そっち、頼んだよ。」
「頼まれても、むーりーだーかーらっ!!」
「御意!」太い声が響く。
「ん?ぎょい?つーかやべーし。」
 着地に備えて堀内が体を丸める。再び両手で自分のパソコンを抱きしめながら。
 ドドン、と音を立ててふたつの木塊が砕け、その上に堀内が落ちていった。が、衝撃を感じることなく、彼の体は柔らかい感触に飲み込まれ、ゆっくりと床に吐き出された。彼が落ちた先には板状の黄色い物体が敷き詰められている。堀内は丸めていた体をおそるおそる緩めていった。
「ふー、あぶねーあぶねー。助かった。」
 堀内は体を起こして深い息を吐くと、ようやく抱きかかえていたパソコンを床に置いた。
「ん、何だ?」
 ほこりの舞う部屋の中央に積まれた物体の山が目に入る。その視界を何かがさえぎった。
「あっぶねーな。何だよ。」
 目の前に差し出されたのは金属のバールだった。鉤状の先端から右手に伸びる柄を視線で追ってゆくと、大柄の男が立っていた。作業着から伸びる褐色の太い腕がバールをつかんでいた。
「なんだお前、断熱も知らねぇのか?」
「えっ?」
 顔に目を移すと強面のいかにも柄の悪そうな男が、堀内を睨みつけていた。振り上げたバールを肩に置き、距離を縮める。堀内は慌ててパソコンを抱きなおした。
「な・・・何だよ・・・」
 男はしゃがみこんで詰め寄り、「あれはな」と言って山を指差した。
「断熱材って言ってな。天井や壁に入ってるもんだ。」
「お、おぅ。」
「ひかるのヤローがどこから落ちるかわかんねぇっつーから、わざわざ他の部屋のやつをバラして持ってきてやってんだ。てめぇの為によぉ。礼のひとつでも言ったらどうなんだ、あ?」
「え・・・あ、なんか、すいません。」
「てめぇ、雰囲気であやまってんじゃねーぞっ!!」
 一瞬、浅黒い顔が遠のき、突進してきた。堀内の眉間に衝撃が走り、弾き飛ばされた。強烈な頭突きを食らった堀内の体が再び断熱材に飲み込まれた。あまりの痛みに声すら出ない。
「ナメた口きいてっと、その大事なパソコンごとバラしちまうぞ!」
 男は再びバールを堀内に突きつけた。
「・・・じゃね・・のか・・・」
「あん?」
「い・・・痛くねぇようにしたんじゃねーのぉ!なのに、何で痛いことすんだよ−!!」
 素早く起き上がった堀内は涙目で叫んだ。が、力尽きたように三度断熱材の上に倒れj込んだ。


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