|
『月刊漫画ガロ』1986年6月号掲載『四丁目の夕日』扉 Ⓒ山野一
不幸が不幸を呼ぶ救いなき世界を描く、こころの中のカオス漫画
山野一『四丁目の夕日』
『四丁目の夕日』は85〜86年にかけて『ガロ』に連載された山野一の初の長編であり、初期の代表作である。 青林堂から単行本化された後に扶桑社より文庫化され現在でも入手可能なので、山野作品の中でも一番読まれていると思われる。
カバーに本人のイラストが使われた青林堂版は、版元のカラーとキャラクターの表情からある程度内容を推し量ることができるので‟被害者”は少ないだろう。 本書の内容については詳細には書かない。
不幸が不幸を呼ぶ徹底して救いのない展開で、あまりの悲惨さに「もうこのへんでいいだろう」と思いつつ読み進めていくと、さらにその上を行く不幸が待ち受けている。
この過剰ともいえる徹底したしつこさは凡百の作家の想像力をはるかに超えており、そのせいかストーリーを微に入り細にわたり紹介している個人ブログなども無数にある。
この作品が描かれた80年代後半は、日本全体が実態のないバブル景気に浮かれ、拝金主義が蔓延した時期である。
そんな時代の中でひたすら社会の底辺…というよりも、自己の精神の深淵をとことん覗き込み、創作に向かった結果、山野のもとに降り立ったのが本作ではないだろうか。
山野作品はその残酷描写から「鬼畜系」とくくられることが多いが、本作のエスカレート構造は、筆者には山野が作品に入り込んでいく内面の動きそのものを表しているように思える。
表面的に見ればたしかに「鬼畜」なのだがそこには外部に向かう敵意とは逆のベクトルを感じるのである。
発表から30年近く経った現在の日本はといえば、欧米から波及した経済崩壊に加えて2011年の震災〜原発事故と状況は悪くなる一方であり、本作そのままのような貧困がこの先絶対にやってこないとは言えない。
『四丁目の夕日』は今もその価値を失ってないどころか、マンガのかたちで社会の底辺をリアルに感じさせるという「教育効果」をじわじわと増しているのである。
『四丁目の夕日』に続いて刊行された山野の短編集が『貧困魔境伝ヒヤパカ』と『混沌大陸パンゲア』である。
初出が明らかでないものもあるが『ヒヤパカ』は『四丁目』直後から88〜89年、『パンゲア』は90〜93年に執筆された作品群が収録されている。 10ページ前後の短い話が多いこともあって『ヒヤパカ』では『四丁目の夕日』にかろうじて残され ていた叙情性が排され、より乾いたダイレクトな作風で後味の悪さは半端ない。
続く『パンゲア』では、執筆時期が新しくなるにしたがって描線も整理され、かつての『ガロ』直系の湿った線からより明るくポップになってきている。
また、意思の光を感じさせない、無表情で黒目の大きいキャラクター造型が増えてくるのは妻 · ねこぢるの影響もあったのだろうか。
タイトルにある『混沌』が示すように、『パンゲア』収録作のいくつかは精神の深みをさらに突き進み「鬼畜」を超えてシュールな展開を見せる。
その後の展開が期待されたところだったが、山野一としての活動は妻・ねこぢるの突然の自死により休止した───。
『四丁目の夕日』から『パンゲア』へと至る山野作品の流れは、そのまま作者本人が精神の暗部を見つめた視点の変遷を表すように思われる。底無しの淵を覗き込む、いや、自ら進んで落ちてみるような創作態度を持った作家を筆者は他に知らない。
他ならぬ今、山野の新作をまた読みたいと望む読者は筆者だけではないだろう。(浅川満寛)
※この文章は洋泉社MOOK『偏愛!!カルト・コミック100』より転載いたしました。
山野 一(やまの・はじめ)
●
1961年福岡県生まれ。立教大学文学部卒。1983年『ハピネスインビニール』(ガロ)でデビュー。初期はひさうちみちお的な描線でシュールな作品を描いたが、長編作『四丁目の夕日』で作風を確立。以後、絵柄は徐々にポップになりながらも、貧困・障害・差別といったタブーを一貫して扱う。1990年から妻だったねこぢると作品を共作。1998年のねこぢる逝去後は「ねこぢるy」として活動中。解説/根本敬(特殊漫画家)
人間誰でもイイ子でいたいものである。それは大抵の場合、世間に対してのイイ子であるのは云うまでもない。世間とは常に良識を尊ぶものだ。
世の中には、たとえば敗戦前の日本なら忠君愛国といったように、その時代、その時代で、これが正しいとされるキマリがあって、そのキマリを秤にイイ子か否か決まるもんだが、キマリを遵守してこそ、良識ある市民であるのは当然だ。
ところでキマリには必ず闇の部分があり、その闇に光をあてるのをタブーという。
山野一とゆう漫画家は、一見作品を通じて、その現代のタブーに挑戦していると、思われがちであるが、それは間違いである。
彼の作品に一貫して通底する、あの危うさは、ただ山野一が自分に対してのみイイ子であることを証しているにすぎない。ようするに闇が好きなのだ。闇を探ればタブーに触れるのは必定だ。
しかし同人誌にでも描くのならともかく、商業出版物として世間に出回るとなると、いくら山野一でも自主規制を余儀なくされる。勿論余儀なくされている作家は彼だけではない。というより、漫画に限らず、小説でも映画でも、今時の作家は何んらかの自主規制を絶えず余儀なくされ、また強いられる。
その大自主規制大会の中で山野一は常に限界に挑んでいるのだが、それはやはりタブーへの挑戦、つまりどれだけタブーを描けるかというのが目的ではなく、ただ、山野一が自分に対しての誠実さを貫いた結果にすぎないのだ、やはり。
私は山野一の漫画そのものは大好きだし、よく出来てると思うけど、彼の一番好感を持てる部分というのは、刃でメッタ切りした相手を尚も機関銃でハチの巣にしてしまうような、殺る時は容赦しません、徹底的にやりますよ、とでもいうような彼の作家的態度だ。それはまた、自分に対してイイ子であり続けようという意志の表れでもあるかもしれない。 「くたばっちまったんだって? あのオヤジ…」
「ぐっちゃんぐっちゃんだったっつーじゃん 機械に挟っちゃってさ……」
「オウちょっと聞かせろよ……」
「ぐっちゃんぐっちゃんだったんだろ?」
「なあ…ぐっちゃんぐっちゃんだったんだろ?」
「なァ……」
「ぐっちゃんぐっちゃんだったんだろ?」
それにしてもやっぱり山野一はハンパじゃないな。話は飛ぶが、絶望的楽観論者の山野一本人は時に何も考えてないように見えることがあるが、勿論彼が本当に何も考えがないわけではない。考えを突きつめた状態は何も考えてない状態とよく似ているのだ。
山野一は、この世の中のおおよそのことは、突きつめれば、どうでもいい事だし、もっと突きつめれば自分が、人間が、地球が、そして宇宙までもが壮大なムダにすぎないことだと達観しているに違いない。そして恐らくそう達観した時から彼は人生がほほえましいものに見えだしたにちがいない。
二十代半ばにしてそう達観してしまった、山野一が描き出す不幸のどん底は逆に大乗仏教的ですらある と私は勝手に思うのである。(漫画家)
※この文章は86年刊行の青林堂版『四丁目の夕日』より転載いたしました。 山野一「四丁目」の頃
自分の描いたものを読み返すことはほとんどない。録音された自分の声を聞きたくないのと同じかもしれない。それがもう四半世紀も前の、パンツの前がカパカパしてた時代に描かれたものとなると、見たくなさもひとしおだ。
しかしまあこの一文を書くにあたり、淡々と開いてみた。しかしよくもまあこんな嫌な話をしょっぱい絵でクドクド描いたもんだと、我ながら呆れる…。
当時の自分はどんなだっただろう。
大学を出ても定職に就かず、家賃1万6千円、風呂無し共同便所の木造アパートで漫画を描いていた。当時のガロは原稿料が出ず、生活費は他で捻出するより他なかった。
週4〜5日のバイトと頁4〜5千円のエロ漫画でそれはカツカツまかなわれた。ガスの基本料を払うのがバカバカしいので止めていた。必要なお湯や煮炊きはすべて電気炊飯器ですませた。
これからバブルに突入していこうという時期、日本人の誰もが調子づき、浮かれ騒いでいた。文学部のボンクラ学生だった私にも、就職先はないではなかったが、そういう道になんの魅力も感じなかった。ドロップアウトする事に不安がないではなかったが、迷いも未練もなかった。
私は社会人としての適性、特に人間関係に難があった。
といってバイトをしないわけにもいかないので、商社で徹夜でファックス番とかバイクでの書類運び、ホテルのマッサージの電話番など、なるべく人と接しないですむ仕事を選んだ。丸一日、六畳一間のアパートにこもって、好きな漫画を描いていられる日は幸福だった。傍目にはとてもそうは見えなかっただろうが。
この子はどうかしてると心配した親は、コネでどうにかしてやるから田舎の水道局員か警察官になれと言った。私は水道局員にも警察官にもならないと答えた。
ついでに自分の単行本を何冊か送ってやると、心底驚愕&落胆したらしく、「おち◯ぽのようなものをあまりハッキリ描いてはいけないよ」と腫れ物に触るような返事をよこした…。
それまで自分の仕事の内容を、親に伝えることはなかった。
それをいきなり著書を送りつけられ、それには目をおおいたくなるような内容が、執念深く描き込まれていたわけだから、気の毒な話だ。
一人息子はすでに十分おかしくなっていると思っても不思議はない。五十になった今思い返してみるに、本当に気が狂っていたような気もする。
作品の登場人物は、どれも作者の人格の一部を反映している、などと言われるが、それは深層心理がどうとかまで言えばそうかもしれない。
ただ私は四丁目の登場人物の誰にも感情移入していなかった。誰一人好きではなく、むしろ嫌いなタイプの人ばかりを描いた。なぜそのようなことをしたのだろう。
読み返してみると、この物語には二つのピークがある。
一つは主人公の父親が輪転機に挟まれて、がっちゃこーんがっちゃこーんと惨死するシーン。当時ガロを印刷してた職人さんも、これにはたいそう気を悪くされたそうだ。
もう一つは貧乏アパートで、異常な老人の意味不明な襲撃を受け、主人公は負傷、妹と弟は惨殺。発狂した主人公は老人を返り討ち。さらには表に走り出て無関係の人々を手当たり次第に殺傷するシーン。
つまるところ私はこの二つを描きたいがために、この漫画を描いたのではないかと思う。まずこのシーンありきで、主人公をはじめ必要な登場人物を考案し、そこに至るまでの話を、逆算して作った。
何もないものを破壊することはできない。また単に落とすより、せいいいっぱい持ち上げてからたたきつけた方が、落差でショックが大きい。ただ後でこっぴどくぶち壊すためだけに、人間臭いキャラや、人情話をニヤニヤしながら描きためていったのだ。なんと底意地の悪い青年だったであったことか。
私と初めて会う人は、たいていホッとした顔をする。あのような漫画を描いたのだから、顔が業でねじくれ曲がった人非人に違いないと思っているようだ。まあ無理もないが、一般に作品は作者の性質の一部しか表していない。私にはあの漫画を描いた一面はあるが、それがすべてというわけでもない。
社会になじめない劣等感、バブルで調子こいた世相への憎悪、そういった鬱屈を、この極端な作品を描くことで解消し、心のバランスをとっていたのかもしれない。
漫画家という職業は、まぁ一種のサービス業だろう。通常読者に娯楽を提供してお代をいただく。だが四丁目の場合、原稿料が出ないこともあって、読者へのサービス精神ははなはだ希薄だった。
私は一体誰に何をうったえようとしていたのか?
当時の私にもハッキリ分かっていたわけではないが、読者を憂さ晴らしのはけ口ぐらいに思っていた感は否めない。お金を払ってこんなものを読まされる読者もたまったものではない。子供の頃なんかの間違いで読んで、トラウマになったという人が何人もいた。
一方若い頃の私と同じような鬱屈を抱え、それをうまく表現できない人には、カタルシスや癒しになる場合もあるそうだ。あれが人を癒すなどとは想像したこともなかった。
流行り廃りの激しい漫画の世界で、この因果な息子「四丁目の夕日」は、なぜか25年もの間絶版にならず、細々とではあるが書店の片隅に存在しつづけた。呆れたことに数ヶ月前には増版の知らせが入り、さらにはインターネットでも配信するという。世の中の具合がほんとに悪いせいだろうか。
2012年1月26日 山野一
※この文章はKindle版『四丁目の夕日』より転載いたしました。 山野一は?10年前に「どぶさらい劇場」って漫画を結構エグめのエロ漫画程度だろうと思って買ったけど、読み終わってすぐに捨てた。
山野一はキツイね・・・
インタビュー読んでも「ああ、ヤバイな」と思わせるし
ねこじるの終わりの方って、山野でしょ?
どんなんだった?
「どぶさらい劇場」の「この場面は本当に嫌だった」という場面の触りだけ教えてくれませんか?ググると「読むと落ち込む」とか「人間の醜さが全面に出てる」とか色々書かれてるけど抽象的な印象批評なので、キツさの方向性(猟奇的だとか視覚的にグロいとかデンパ系とか)がよくわからなくて、買うのを躊躇ってます。
>>66 俺は59ではないけども、俺が感じた範囲で感想を・・・
彼について特筆すべきは、「人間の業」の表現力だと思う。
「四丁目の夕日」では、(一冊の最初から最後まで)抗いようのない運命に翻弄されてひたすら不幸になっていく普通の好青年を通じて人間の弱さ、儚さと、金持ちは結局はるかに有利な人生を送る事が出来るといった、出来ればあまり見たくないような社会の真理が描かれている。
「どぶさらい劇場」ではそれらに加えて、純真な人間が宗教や麻薬に体よく利用されたり社会的弱者が足を引っ張り合ったり、そのせいでドツボにはまったりといった世界の描写によって人間の愚かさ、弱さ、嫌らしさ、醜さといったエグい部分をコミカルに、かつ抜群の筆力で炙り出している。
もしあなたが、そういった人間の「業」みたいなものを笑い飛ばせるなら山野一は超お勧めの作家です。
個人的にはさすがにありえない舞台設定の「どぶさらい劇場」よりはギリギリで現実にも起こりうる「四丁目の夕日」のほうがよりリアリティがあって好きですね。
もし近いうちに山野一の作品を手にしたら、感想を教えていただけると幸いです。
|
全体表示
-
詳細
コメント(0)
|
『混沌大陸パンゲア』解説/大塚恭司(TVディレクター)
数年前、私は山野氏の前作『ヒヤパカ』と前々作『四丁目の夕日』を本屋で立ち読みしたことによって、それまでの人生で最長にして最悪の欝病から電撃的に解放された経験を持つ。私は元来躁欝病質で、過去に何度も舞上がりと落ち込みを繰り返してきたが、他人の作った物がそのキッカケになったのは、後にも先にもそれが唯一の経験である。したがって、私にとって山野氏の作品群は特別な意味を持っている。
私の欝病の症状は、認識と感覚の世界においてトンネルに入った様な状態に陥いるというのが最も大きな特徴である。つまり、あらゆる事物から、何ら抽象的概念を受け取る事が出来なくなるという症状に、或る日突然襲われるのである。 何を見ても美しいとも醜いとも感じない。驚きもなければ、落嘆も無い。好きだという感覚も一切湧かないし、嫌いという感覚も湧かない。その他どんな種類の抽象的感覚も、外界の事物から一切認識出来なくなってしまうのである。大抵の場合、ある時期が過ぎれば発病した時と同様に、突然その症状から解放される。しかし、その時の欝病の状態は、それ以前とは訳が違っていた。その様な症状が丸三年近くも続いていたのである。
そんな時期に出会った山野氏の作品群は、それらが持つ抽象性の圧倒的力強さと鋭さで、私を幽閉する認識と感覚のトンネルに穴を開けた。
レトリックのうまさだけが評価され氾濫する世の中で、山野氏の作品はいかに最短距離で本質に到達するかという事に賭けている。そして「自分が面白い」と思う感覚に忠実である事に微塵の揺らぎも無い。そんな姿勢で描かれた作品は、病的な感覚麻痺状態に陥った人間に対しても、なおも感じさせるだけの力を持っているのだ。
作品その物の面白さと、その様な作品が存在する事自体に感動した私は、部屋に戻ってからもその二冊を何度も何度も繰り返して読み、数時間に渡って大爆笑した。その大爆笑発作が過ぎ去った時、私を取り巻いていたトンネルは完全に破壊され、跡形もなく消滅していた。
処女短編集『夢の島で逢いましょう』では混沌としていた作風が、第二作『四丁目の夕日』で確立され、第三作『ヒヤパカ』では「最短距離で本質に到達する」という抽象性における特質が見事に開花し、それは驚異的な完成度を持つ作品集に仕上がっている。今回の最新作『混沌大陸・パンゲア』は、その名の通りもう一度混沌とした世界に立ち返っている様にも見受けられ、それは山野氏が作家として螺旋状に進化していく一過程の様で興味深い。異色の作品を創り出す氏だが、作家としての進化は、非常にシンプルで正統な道を歩んでいるのかも知れない。
或る作風で驚異的完成度の域に到達した作家が、その後抽象性においてどんなひろがりを見せていくのか?『パンゲア』は、その可能性を暗示する過渡期の作品集であり、それ自体の作品としての面白さと同時に、作家山野一の今後をゾクゾクする程期待させる物になっている。
ブラフばかりで構築された世界。そしてブラフばかりで構築された人々の世界観。自分の世界観があまりに下らないことに気づいた時こそ山野作品を読むのにふさわしい時である。山野作品は、その唾棄すべき世界観を一気にクラッシュしてくれる。
私はいつも枕元に四冊の山野作品を並べ、繰り返し読んでいる。しかし、それは決してキリスト教徒における聖書の様な物ではない。私は毎回ゲタゲタと声を出して下品に笑う。するとパンチパーマをかけた心の中のもう一人の自分が叫び出すのだ。
「だからやっば、山野一の漫画が一番おもしれえっつってっぴゃー」と…… ※この文章は93年刊行の『混沌大陸パンゲア』(青林堂)より転載いたしました。 |

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用



