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子ども・若者に<未来に対する権利>と<モラトリアムの時間>を!

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 教育科学研究会が昨年末から始めた、4回連続シンポジウムの第2回「教師と学校を追いつめるものは何か−希望と再生への回路を求めて−」資料を、第1回に続いて、北海道教科研の先輩のTさんからいただきました。
 テレビ朝日「報道ステーション」でも、教科研全国大会(道民教との共催)「教師」分科会の様子が報道されましたが、その続編とも言える内容が、この第2回シンポだったのではないかという印象を持ちました。
 うまく教育活動を進めていけない若い(初任の)教師を「使えないやつ」と冷たく、時には攻撃的に扱う同僚(先輩)教師たち。ひどい話であるのは事実ですが、うまく指導をしていけない同僚がいると、自分へ新たな負荷がかかる。「そうしたら、自分も潰されてしまう。」あるいは、「自分は必死にやっているのに、なんでうまくやらないんだ!」冷酷に見える同僚教師たちの言動は、そのような追い込まれ、ギリギリで日々の教育活動を行っている者の心理によるものとして理解することができるのではないでしょうか。
 じゃあ、各自頑張るしかないのか?そうではないと思います。「いい加減」も「好い加減」という意味なのだということを聞くことがあります。無理をしすぎず、適度にやっている。そう肯定的に評価することもできるのです。この言葉には、「だらしない」「ルーズでいやだ」という思いを持つ人がたくさんいても、まあ、そうかもしれないとも思います。
 しかし、いまや「ゆとり」さえもが「悪」とされてしまっているのです。これは冷静に考えれば、誰もが「おかしい!」と思うのではないでしょうか。「自分は必死にやっているのに!」ということで「ゆとりなんていらない!」とまでは思わないのではないでしょうか。
 シンポの中で久富善之さんがたぶん話されていると思いますが、教師を多忙化させ、評価に怯えて走らせる今の日本の教育のあり方を、正常(健康)な精神状態で見つめ直すことが必要なのではないでしょうか。

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