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渡辺雅子『納得の構造−日米初等教育に見る思考表現のスタイル−』東洋館出版社、2004年を読みました。以前から気になっていた本だったのですが、どこでも書評を見る機会がなく、あまり評価されていない本なのかと思い、買わずにいたのですが読んでみるととなかなか鋭い指摘が書かれているものでした。「時系列」で作文も歴史教育も行う日本。そこでは、「なぜ」は重視されず、「どのように」が問われ、出来事を受け入れていく心性が形成されていくことになります。アメリカでは「因果律」から作文も歴史教育も行われ、「なぜ」が常に問われ、分析力と明確な論理的・構造的な主張、自己責任が求められます。ただし、反対意見の軽視という一方性も存在しています。日本では、「共感」の育成が求められ、歴史教育でも学習人物への「共感」が授業の中心になります。アメリカでは「判断力」「決断力」が求められます。「どのようにすべきか?」と。両国の教育における特性は、歴史的背景をそれぞれ持っており、日本では、戦前の「共感」重視の感性教育(感化)が戦後、科学主義に反省的に転じたが、「落ちこぼれ」期に子どもたちの学習参加をつくるために再び「共感」重視に転じることになったのではないか。アメリカでは、公民権運動や移民法改正の中で国民の教養レベルなどの多様化が生じ、明確性が求められたことが背景にあるのではないかと。渡辺は、日本の教育を否定し、アメリカの教育を礼賛する立場ではなく、両者の長短を論じており、社会科教育や生活綴方教育の歴史の理解に関する浅さもあるものの検討に値する論考だと思われます。歴教協や作文の会の方の意見をぜひ聞いてみたいものです。 |

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