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日本国憲法

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  『世界』5月号の堀尾輝久さん(東京大学名誉教授、教育科学研究会元副委員長)の論文「憲法9条と幣原喜重郎」、お薦めです。
 日本国憲法第9条が幣原のマッカーサーへの1946年1月24日の提案によるものであるという説は、以前から出されていました。
 教育学者としてこの説を強く訴えてきたのが堀尾さんでした。私自身、直接、堀尾さんから話を聴く機会もありました。
 今回、この幣原説を裏付ける資料を堀尾さんが発見し、『世界』に掲載されたのが、この論文です。ぜひ読んでもらえればと思うのですが、次の箇所だけはここでも紹介しておきたいと思います。
「幣原は外交官として、第一次世界大戦後の世界の平和への願いのなかで生まれた戦争違法化の運動、その結実でもある不戦条約を熟知し、戦争拡大に反対して下野した。その幣原が、ポツダム宣言を受諾した戦後日本の首相としての責任を担い、原爆をも体験しての敗戦と廃墟のなかからいかに立ち上がり、新しい天皇制を含む新しい政治体制のもとで、国民の平和な生活をいかにして守ることができるか、九条を軸とする新しい国の姿を示すことこそが、核時代に入った世界のなかでの、日本のリーダーシップを発揮できる道だと考えた。幣原の経国の士としての志はそこにあったのではないか。」 
 戦後の前半、
イメージ 1
社会主義を信奉する運動が活発であった時代、幣原は天皇制を擁護する保守的な政治家とみられてしまっていましたが、戦前、国際協調外交を推進した幣原は、二度と国民を戦争の惨禍にあわせないために、マッカーサーに提案したのだと思います。その第9条が次々と骨抜きにされる中、憲法自体を変えることを止めているのも、幣原が当時言っていたように、戦争勢力が復権し、憲法を変えることを防ぐためにつくった憲法改正の高いハードルがかろうじて戦後の平和と民主主義を守る砦になっていることも認識する必要もあるのではないでしょうか。
 堀尾さんが書いているように、その幣原の考えと努力は、幣原一人だけで思いついたのではなく、内村鑑三や新渡戸稲造など、日本の平和や民主主義のために人生を送った先人の財産も背景にあったのだと思います。

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