北海道教育科学研究会(道教科研)公式ブログ

子ども・若者に<未来に対する権利>と<モラトリアムの時間>を!

日本国憲法

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
昨日の教育科学研究会3月集会、混沌とした情勢を鋭く読みとく内容でした。
中西新太郎さんは、右翼的な潮流が「戦後民主主義」の「既得権」らから排除されていると感じる若者の行動であり、すべての人を包摂する民主主義こそが求められていること。そこに希望があることを話していました。
中田康彦さんは、現政権の教育政策にただ反対するのではなく、その機能と効果(強いリーダーシップへの誘導や物言わぬ従順さを当たり前と思う教師の育成など)にこそ着目し、対抗していかなければならないと話していました。
今、何をすべきか気づかされる集会でした。

袴田事件を授業で

 50年近くも無実の人が権力のねつ造によって、収監されていた可能性が高いという世界的に異常な袴田事件、人権教育、権力への警戒心・批判意識を醸成するために教育の場でも題材にすべきものだと思います。
 免田事件については、札幌弁護士会などが貴重な資料をまとめ、配布してくれていますが、袴田事件、直ちに扱うべき題材だと思います。
 もちろん、裁判所の判断を確認しながらですが。
 北海道新聞の3月14日づけの評論面に、長谷部恭男東京大学教授の「「破壊」する政治」が載っていました。
 民主国家の多くに立憲主義を守るための、党派政治から独立した日本の内閣法制局のような機関があること。その機関を、時の政府が変えてしまうことはあってはならない・ありえないことであることを述べています。
 権力の暴走への警戒心の強い市民革命を経験した国と、近代市民革命が未完で終わった日本の違いはあるでしょうが、日本国憲法こそが、人権宣言・人民主権宣言であることを考えるなら、その解釈を時の政府(どのような政党であろうと)が変えてしまうことは、大前提をひっくり返してしまうことになります。
 そのことの理解がやはり広がっていく必要があります。
 さらに言えば、立憲主義の新しい性格として、<民意の一時の暴走を抑止する>ということがあるとすれば、なおさらです。
 過ちを防ぐ機能としての<立憲主義>への理解を、教育の場で広めていく必要があります。党派に関係なくです。
 

日の丸と君が代

卒業式の時期が近づいてきました。
『教育』3月号では、自分たちの思想の押しつけではない、日の丸君が代論が書かれていて、参考になります。
 びっくりしました。「私が最高責任者だから、私が決める」。
 全権委任法下のナチスドイツのヒトラーと同じ立場になったつもりなのでしょうか?
 「選挙で多数派になること=全権委任」ではないのです。あのヒトラーでさえ、全権委任法という法律を国会で成立させ、そのうえで、最高責任者として決める権限を確保したのです。
 「権力の暴走を抑止する。」これが、民主政治のもっとも重要なことがらだと、民主国家の政治家・市民は考え、政治システムづくりに長い歴史の中で努力してきました。
 どんなに無知であっても、そのことを知らず、暴論で暴走することはありえないことです。
 政党の支持不支持とは全く関係のない、民主国家の共通認識です。

.
北海道教育科学研究会
北海道教育科学研究会
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事