今日、沖縄の宮古島出身のおばちゃんが家に来て
今日は雛祭りだね〜とおこづかいをくれた。
えっ?子供たちは?私も?
皆様も承知の様に沖縄では旧暦を遣い
4年に1度のうるう年に墓を立てる決まりがあるそうで
先週墓を建てて来たと。。
で気になって調べてみたら・・・・・・・・・・
今年は60年に1度の壬辰
そして来月4月1日が壬辰
そして旧暦で3月11日
平成二十四年(2012年) 壬辰 (みずのえ・たつ)の御時世
平成辛卯(2011年)の検証。
平成辛卯(2011)の幕開けは中東のジャスミン革命であり、後半早々、EU圏金融危機で先進諸国の脆弱ぶりが炙り出され、米国など幾つかの国債格下げの動きとなる。
そして、反ウォール街デモに端を発した格差是正の波が世界を洗い直す動きで、平成辛卯の年は幕を下ろそうとしている。
まさに、大揺れの年であった。大揺れの原因は、言わずもがなである。前世代の仕組み芯棒が外された事。だから、風が吹いても土台が揺れる。これを、自然変遷と云うのだろう。
それにしても、瞬く間もなく集団行動となった人の動きは凄かった。辛卯は支配層の力が、自然(天)に削ぎ落とされる過程であったからだろう。求心力が弱まれば、遠心力が自然発生する哲理通りであった。
この国の東日本大震災を筆頭に、世界の彼方此方で天災が相次いだ年でもあった。“干支”は天災に触れていない。天災は発生するのが当たり前で、自然変遷を左右するものでは無いからだろう。
が、この国、マスメディアの煽りからか、焦点を被災地東北一点に絞った2011年の御時世であった。円高もそうであった。
無情のように思われるかも知れぬが、自然法則に照らすと、これらの現象は一過性である。従って、拘泥は大勢観を誤らせる。
世界中が激動した“辛卯”の年は、バトンを“壬辰”で顕わさる2012年に渡す。平成壬辰とは、どのような御時世か?
漢字 “壬辰” の解釈 〜 一字で顕す妙を探る
‘壬’の原義
「十干の九番目に 壬 の漢字を用いている。あまり縁起のいい字ではない。壬に人の字を付けると、佞人 奸人と同意義の壬人になる。信頼が置けない人、どう見ても壬の漢字は胡散臭い意味になり十干の中では、へつらう悪賢い人間が中枢に立つ事が多いと解釈されている。
これを真っ向から否定しているのが’漢字語源’だ。詳細は省くが、「説文は立派な書なれど、十干十二支の解説は偏り過ぎ、特に 壬 の字の解説は小児の類・・・」としている。
後世の人が、分かり易いようにと伝えている間にこうなったのだろう。先人は漢字 言葉をとても大切に扱う。我々の都合でこれを換えると先人の心を踏みにじることになり、意味合いが別のものになろう。私は’漢字語源’を尊重する。」
上記は十年前に、『干支歳時記』で“壬午”の解釈を述べた一節。云うまでもなく漢字の原義は変わらない。
従って重複するが、‘壬’の冒頭部をそのまま用いて原義の解釈を進める。(2002年平成壬午のペーパーを参考されたし)
漢字語源辞典=藤堂明保著=は、‘壬’と同義の漢字に 入 内 妊 男 を並べている。基本義は「中に入れこむ」である。
少々長くなるが古人の意を汲み取るために、‘壬’の解義を漢字語源辞典から写し書きする。
《‘壬’は、織機の中の糸巻き心棒を描いた I 型の字が原形で、この中央に糸が巻かれやや膨れた姿になった象形文字。
織機の中に収め入れられた、糸が巻き付けられ膨らんだ糸巻きを表す漢字。そこから、母親が赤ちゃんをお腹に入れこむのを 妊 と云い、荷物や仕事を両手一杯に入れこんで抱き込むのを 任 と云う。》
そして説文として、「壬とは大なり」として、中にたっぷり入れこんで膨れる意を表す漢字としている。
故に‘壬’は、大きくなって膨らんだ状態を示す漢字と解釈する。
先人は干の九番目に、この‘壬’の漢字で当てた。先人の意図を推測してみよう。
先人は十干を樹木の生長に擬して、甲から始まり癸で終わらせている。期間は十年が一単位だ。従って、十年間は連続性の動きになる。この十年間は情況がガラリと一変する事は無い。
‘壬’は十干の九番目、即ち十年の生命体が寿命を全うする前年だ。前の過程、’辛’に現れた激しい御時世を受け継いだこの年に、どの様な現象が起きるかを‘壬’の一字で先人は示唆している。
「壬とは大なり」は樹木が大きくなった状態である。
前年の‘辛’で荒技を使い、天意(自然)の使命を果たす為に障害を払い落とし、‘甲’から始まった生命体が完成する姿だ。
‘壬’の一年は、この働き 即ち仕上げの動きに尽きるだろう。
織機は布を作り出す器具。布を作りだす糸を巻きつけ、膨らんだ糸巻きを織機の中に入れこむ。‘壬’は、その膨らんだ糸巻き 即ち布を作り出す母。
新しい布を生命体とすれば、‘甲’から九年の歳月をかけ、使命である次の生命体を産み出す態勢を整える意だろう。
例えとするには申し訳ないが、鮭が長年の回遊を終え産卵の為に膨らんだ腹で川を遡る動きである。そして産卵を終え寿命を全うする姿が浮かんでくる。
この情景を先人は‘壬’の一字で現したと推測する。‘甲’からの十年の働きが使命達成と、この漢字を当て宣言している。
膨らんだ糸巻きで示唆したのは、大きい意味を持つ年を強調したものだ。
故に‘壬’の年に、後戻りは決して起きない。十年前の御時世は復活しない。同時に、前進もしない。進化は、次の“干”の役割となる。
このように、ほぼ使命は果たせたが‘辛’の年の荒療治で、“干”は大きく揺らぎ荒れた情況になっている。
これを纏めれば、大事業は仕上がる。それ故に、先人は‘壬’の一字を用いて伝え遺したのだろう。
大事業仕上げの年、それが ‘壬’ である。
‘辰’の原義
「広辞苑」 「大言海」 の二大辞典でも、‘辰’は十二支の五番目で時刻を現すとしか書いていない。今の時間では午前八時を現す。
‘辰’は漢字索引の部首であり、単独では意味を持たない多元文字なのだ。だから、安岡正篤先生は「辰は校注余多である」と述べている。
故に漢字語源辞典でも、‘辰’にまつわる説文は無い。然し部首なので‘辰’を含んだ漢字は多い。震 振 唇 娠 辱 農 などが、よく使われている漢字である。
意味は様々で、まさに多元文字だが漢字語源辞典は‘農’の説文で、「‘辰’は淡水に産する平いな二枚貝」と解義している。従って‘辰’の意は二枚貝として原義に迫る。
「漢語林」の部首解説では、「辰は貝殻を表し、農具にしていた事から‘辰’をもとにした濃耕に関する文字が多い」としている。
先に述べた‘農’の説文を続けると、「‘辰’は淡水に産する平いな二枚貝。その貝殻を手に持って土をやわらかくする道具」。
やわらかな土は平らにし易く、作物がよく育つので、古人は農具としていたのだろう。‘農’の漢字は、‘辰’の上に‘曲’を載せている。
‘曲’は脳みそを絞っている意の漢字、知恵を絞りだして収穫の効果を挙げたので‘農’になったのだろう。
「辰は校注余多である」と云われる通り、ふるえる と捉え地震などの解釈がある。然し、私見としては‘辰’の原義を、道具に用いた二枚貝の貝殻とする。
先人は十二支の第五位に何故、ややこしい‘辰’の漢字を当てたのだろうか?その意図を推測する。
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1963年9月には初のフルモデルチェンジを果たし、スポーティなイメージを前面に打ち出した欧風の4灯式ヘッドライト、特徴的なテール下がりのシルエットなど、イタリアのピニンファリーナによるデザインは、日本車離れしたオリジナリティで当時の話題をさらっています。
また410型の話題としては日産初のモノコックボディ採用という点も挙げられます。これにより車格は310型より大きいものの実際には大幅な軽量化を果たし、それでいてボディ剛性を向上させています。エンジンは310型の2機種を継承しましたが、1964年には1200cc車にSUツインキャブレターを搭載した「1200SS(=スポーツセダン)」を追加しました。 |
陸蔵の散歩で見つけた!
410 DATSUN
昔親戚の叔父さんが乗っていたので
何度も助手席に乗ってドライブに連れでってもらった。
懐かしいな〜
でシャッター パシャ?
何度もやっても
白い煙みたいのが映る?
レンズ拭いてもう一度
iphoneの電源が切れ?
何だか気持ち悪くなって走って帰って来た。
その後、電話機能が不能になり
bankに持って行きました。
その日の夜に
生まれて初めてぐらいの
寝汗をかき飛び起き
Tシャツを着替えたのですが
コップ1杯位絞れました(驚)
因みに311🏁DATSUNはバン仕様
勿論411・DATSUNもバン仕様であります。
1963年 同い年
気になりました。
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営業時間 PM5:00〜12:00
定休日 日曜・祝日
住所 東京都豊島区南池袋2−18−4
電話 03−3981−3730
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