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前回の同タイトル-その1-では、「島国根性で何が悪い!」と書いた。
島国根性を辞書で引くと次のような意味である。
「島国に住む住民にありがちな、視野が狭く閉鎖的で、こせこせした性質」
確かに、直接的にこの言葉が日本人の性質に合致するのであれば、
贔屓目にみても褒め言葉にはならない。
しかし、本当に日本人は、この言葉通りの性格なのだろうか?
歴史的に、そうだったのだろうか?
通常、「島国根性」=「日本人の性質」と思われている部分がある。
私たち日本人もそのように思っているところがあるし、
特に、諸外国からは、そう見られていると思っている。
私自身、通念的に使われる島国根性という言葉は、
実際の日本人の性格または潜在的な精神性を
反映している言葉ではないと感じている。
古代からの歴史を俯瞰し、考慮すると、
昔も今も、
「視野が広く開放的で、おおらかで、そして純情純粋な性質」
であると感じる。
「島国根性」=「日本人の性質」の方程式が成り立つのであれば、
その意味自体が間違っているのではないか。
物事の本質がどこにあるかも分からずに、
言葉だけが先行し、概念化され、それに基づいて具現化される。
また、そのことに対して、疑念を持たないことへの反定立として、
島国根性の肯定を、敢えて、私は行いたい。
引き続き、島国根性の本当の意味、すなわち真の日本人の性質を
論証していきたいと考えている。
仮に、日本人の性質が「視野が広く開放的」であるならば、
どこかの国からグローバリゼーション(国際化)を、
迫られなくとも、十分に国際的な国であるし、
国際的な民族であるということなのである。
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自分の経験値の少なさから稚拙な理論を展開してるとしか思えません。客観的にとらえられるほどの見識もお持ちでないような気がしますね。井の中の蛙でしょうか
2006/10/10(火) 午前 7:12 [ そうですか ]