心はいつも川のそば

もうひと月以上も前の話、自分が育った街、千葉県船橋市の「中山」を散策する会に参加しました。
その話をなぜ今するのかというと、現在住んでいる川崎市多摩区「稲田堤」を再度ぶらりしてみたからです。このふたつの地は、びっくりするくらい似ていたのです。

中山にいたころは幼稚園から高校1年まで。
ですので、地形や地名などを気にするはずもありません。懐かしい道を辿りつつも、眼からウロコの発見ばかり。
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暗渠化された水路。
なんかどぶ板みたい歩いてカタンカタンと音を鳴らしながら小学校に通っていた記憶があります。
稲田堤にも水路がめぐらされています(下の写真)。 また暗渠もたくさんあり、こちらでもカタンカタン鳴らしながら行き来しています。
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水路がめぐらされているということは、水門もあるわけで、左が中山、右が稲田堤。
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そして地名に「菅」がつく。いかにも低湿地帯ですよね。幼いころ、ザリガニをよく取っていました。
でも中山が「すが」で、稲田堤は「すげ」。そんなところも面白いです。

今回特に面白かったのが、両方に山の手があるということ。
中山は下総台地の端っこ(左)。稲田堤は多摩川丘陵の端っこ(右)です。
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で、低湿地帯での川の氾濫に巻き込まれないので、大きな木が残っていることや、大きな古くからの家が建っていることなど、当たり前だけど幼くて気づくこともなかった「山の手」の本当の意味を知ったのでした。

そして極めつけは、両方とも「梨」の産地であること。
ふなっしーって知られた千葉は梨の産地ですが、稲田堤周辺も「梨」の産地。町中に梨の果樹園がたくさんみられます。今は、実を袋に包んでいる状態でした。
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氾濫の多い低湿地帯ですから、水はけのよい砂地に適した「梨」栽培が盛んになったのです。

治水をどうにかしようという昔の人の努力と、人々の営みは、本当に感動します。


多分、私は稲田堤に知らず知らずのうちに居心地の良さを感じて選んだ、と思うに至りました。ということは、私に流れる血はやはり、山の手で優雅に過ごしてきたよりも、いつも川の氾濫にどきどきしていた庶民なのでしょうね。
ほっとしたような、がっかりしたような…(;^_^A



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