小林泰三『方丈記的ブログ』

デジタル復元で、美術はもっとたのしく身近になる

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粟田さんは、怒っていた。
もちろん話を聞く人たちを前に、語気を荒げることはないが、感情がにじんでいた。

粟田純徳さんは、伝統的な石積み「野面積み」の職人集団「穴太衆(あのうしゅう)」の石頭。大工で言う棟梁である。
静岡県で活動している静岡体育文化協会が主催する社会人大学で、私はその夜の部に参加した。

穴太衆の築いた石垣は、織田信長が比叡山を焼き討ちにした時にも崩れず、その強固さに驚いた信長によって穴太衆はその後召し抱えられ、飛躍的に拡大し現在に至っている。しかし土木建築の近代化の波にのまれて衰退し、「野面積み」の技術を伝承している穴太衆の末裔は、粟田さんはだけになってしまった。

その積み方はシンプルだ。ごく簡単に言ってしまうと、現地に入り、現地の石を砕いて、勾配に注意しながら積む。それだけなのだ。
しかしだからこそ難しい。その土地の形でやり方は変わるし、割った石の状態でやり方が変わる。どれとして同じ物件はない。これは経験を積むしかない世界なので、書き残しようもない。
なのでその技術は口伝が中心で、指南書もなくはないが事細かなマニュアルには程遠く、「石の声を聞き、石の心を知り、石の居心地のいいように積むのが肝要である」となっている。
石の居心地とは、自然とそこにあるかのように置くと言うことだろう。石の個性を優先して、もっともバランスの良い位置を探る。力学上、矛盾がない。だから強固なのだ。
イメージ 1

石垣の発展は、規格化の歴史でもある。
「野面積み」が進むと、石を整形してから積む「打ち込みハギ」、さらに小さくして整形し、みっちりと隙間なく積む「切り込みハギ」と展開していく。
ひとつひとつの石はだんだんと似たような形、大きさになっていく。つまりは、作業は単純化されるので、効率がいい。しかも小さければ運搬も容易だ。昭和になるとついにどれも同じ真四角の石へと規格化された。
イメージ 2
(会場近くの駿府城跡の櫓。下の石垣は「打ち込みハギ」)

ここで興味深いのは、見栄えと時間効率は向上したにもかかわらず、反対に強度は劣化していったということだ。
積む作業も効率が優先され「ひとつひとつの石の声を聞く」と作業からは遠のいていくことになる。個性豊かな石たちを居心地のいい具合に置くことなく、似たような顔をした石をみっちりと積んでいく。
実はこのみっちりが、石と石の間に「遊び(隙間)」をなくし、地震があったときにかかる強烈な力を逃がしたり分散させたりすることができなくなり、却って脆くなるのだ。
特に同じ大きさのブロックを積み上げた昭和の石垣は、素人で積めるので特に脆くなる。
二年前、大地震で石垣が崩れた熊本城、実は崩れたのは近年、日本の軍隊が積んだもので、野面積みの石垣は、残っているという。
イメージ 3
(駿府城跡公園の入り口。石垣は昭和のもの。プラスチックの排水口が顔を出して、見た目も悪い)

粟田さんの声は淡々としている。しかし、訴えるメッセージが胸に突き刺さる。
彼は、室町時代からのいやそれより前の石工職人たちの歴史をそして心を一身に背負って戦っているのだ。

「高速道路を作るのに、大量に石が出てきたので、どうにか出来ないかと、相談を受けました。なので野面積みの石垣をしようとしたところ、役所から『強度に問題はないのか』と言われ、ならばと、実験してみせたのです」
そこでスクリーンに映された写真は、左半分がコンクリートで打ち固められた壁、右半分が野面積みの石垣である。実験現場のスナップ写真だ。これを上から圧力をかけたところ、コンクリートは200トンでひび割れし、250トンで危険な状態になった。石垣はというと、400トンで石が動き始めたが、機械の測定限界500トンまで耐えた。つまり、倍以上耐える性能だと証明されたのだ。
「でも結局私らがやった部分はほんの一部で、ほとんどが大手ゼネコンです。強度を証明しても今まで通り大手ゼネコンを優先するのです。」
「(コンクリートよりも耐久性があるのに)野面積みは法律上1.5メートル以上の壁を建ててはいけない。そんな法律よりも前からずっと立ち続けているのに。」

もちろん、高速道路ともなると整備する範囲が大きすぎて、効率よく大規模にやらなければならない。大手ゼネコンの手法が採用されるのも仕方ない面もある。
しかし、講演後の打ち上げで、ぽつりとこぼした粟田さんのこんな発言を聞いたら、どう思うだろうか。
「私はもう息子たちに跡を継いでくれと言いません。こんな苦労を負わせられません。」
あんなに厳しい言葉を重ねて、気丈に歴史を背負っていた石頭が、つい弱音を吐いた。本当に疲れてしまっているのだ。

なんで私たちは、ここまで粟田さんを追い込んでしまったのだろう。彼は強固で安全なものを提供し続けているだけなのだ。
昔のいいものに対する尊敬の念は、どこへいってしまったのか。昔の絵師たちの言葉を聞き、絵の元の姿を復元する私は、同情どころでないもっと激しい熱い気持ちがこみ上げてきた。
昔に学ぶことなく、今の科学や情報を疑いもなく信じる現代日本に警鐘を鳴らす人にまで、無知と無視の暴力が及んでいる。これだけはどうにかやめさせなければ。
そのために、私はいろんな意味でもっともっと強くなりたい。

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