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いきなりカフェレーサーのポスター。
ジェットヘルです。
最近カフェレーサーの定番メットといえばジェットヘルという事になりますが、これにはちょっとだけ違和感を持ってしまいます。
40年前はなあカフェレーサーはフルフェイスに派手なイタ車ってイメージだったぞ。時間が経って印象が変わるのは多少はしょうがないにしても。
で、僕はこいつが好きでした。
最初に買ったヘルメットはなんでした?
僕の場合ショーエイのオレンジ色のフルフェイス。
いまでこそジェットヘルが欲しいとわめいてるカタログハンターでございますが、その実よーく思い返してみると、ジェットヘルって持ってた事も買った事もない。
持ってた順番はスズキのおまけ、マルシン、ショウエイ、ヤマハ、ノラン、AGV、GPA、ビタローニ、クロムウェル、ベル、シンプソン、ROOF アライよりちょっとだけショウエイびいきです。
というのは昔イベントの商品にヘルメットを提供してもらった事があり、その時の宣伝担当者が感じよかったからです。
こういうのは効くんだよなあ。ちょうどこの頃ジウジアローのヘルメットが出て気持ちは飛びついたのですが、買わなかった。
ヘルメットがらみの話題を動画で探すと、 ヘルメットギグ
マキシマムホルモンっていうメタル?パンク?バンドで「客は全てヘルメット着用」という企画コードライブがあった。
暗闇にうごめくヘルメット集団は一見の価値あり。
安全性なら日本製とは分かっているのですが念のため
ロシア人による日本製ヘルメット対中国製ヘルメット安全性較べ動画。
タイ人による日本製ヘルメット対中国製ヘルメット安全性較べ動画。
こうして見るとヤマハでもマルシンでもやはり日本製はいい。
僕の場合、舶来コンプレックス世代だから外国産を選んでもしかたがない。
AGVの最近のやつ。今はこんな感じなのだ。昔はAGVが好きだったな。
メットの話だけで夜は更ける。
ある日友人とメットの話をし始めたらもう止まらなかった。
麻布にはNEFというのがあったぞと友人が言えば、昔ブルックランズで売ってたエレクトロという万国旗付のヘルメット覚えているか?と切り返す。メットの話題だけで何時間も話題がつきないとは。
武将シリーズや折りたたみヘルメットの話題。知る人ぞ知るクノーのアバンギャルドなカタチ「アストロ」、KIWIの卵形ヘルメット(こいつは検索しても引っかからない)NAVA、ボエリ、JEBS……。 メットを語る夜は更けて、油絵の具のように記憶が重ねられ、明度も彩度もますます濃くなって塗りつぶされていく。
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カタログハンター日記
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GL500、もといっ CX500のヨーロッパ仕様だ!!
懐かしの水冷Vツイン重量車。これの400って、えれえ高かったんだよなあ。
水冷、シャフトドライブ、OHVの4バルブっちゅう「大人のバイク」だったせいか昔はぜーんぜん興味なかった。その後アメリカンモデルが出たり、CX-EURO/ターボと同じ格好のやつが出たが、あまり興味なかった。
ただダートトラックレーサーでエンジンそのまま横にしたチェーンドライブV2のナナハン「NS750」ってのが気になった。
NS750はさすがにカタログはないだろうな。 2015年モデルXJR1300 、XJR1300 RACER 2015。
知らないうちにXJR1300はいっぱしの「不良」になっていた。
あのジェントルなXJR君が。
4ページのカタログを開くとビキニカウルの黒ずくめXJRがカフェレーサー風になって写っていた。表4のシルエットもいい。
これ今風の流行ってやつですかい。もちろん僕もけっして嫌いではない。
KTMみたいに勢いあるメーカーはそのカタログにも勢いがある。
今なにかと話題のDUKEカタログ。
125ccや200ccで走ってもの凄く楽しそうなDUKEなんですが、この車体に400ccのエンジンをメーカー純正仕様で載っけてしまった。日本で通常若い子がやるようなそんな手法をメーカーが率先して行うみたい。勢いだなあ。
ヨーロッパものとしては125ccが排気量的にポピュラーなんだが、390ccなんて日本丸狙いみたいで興味がある。
大排気量のスーパーデュークはまったく別物って気がしますが、KTMの小排気量に対するやる気というものなんかぐっとくる。 KTMってどこの会社だっけ、といつも思うのですがオーストリアです。
インドの資本が入ったオーストリアです。
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BMW RnineT
ジェットヘル、革ジャン、デニム。髭でサングラスがあれば、あなたも簡単にカフェレーサーの仲間入り。
というわけで、最近はジェットヘルが欲しくてたまらないです。
カフェレーサーイメージ全開。加えてちょっとだけ「大自然」。
BMWはRnineTをカスタム素材としても売りたいみたい。
ダークサイド指向のヤマハMT09よりはちょっとだけ昼間が似合う。
さて下が最近入手したカタログはNECOのスクーター。
正体不明で見かけはそのまんま旧型ベスパ
ググって調べても何も出てこないので、謎のまま。だいいち中国製かどうかも分からない。
とにかくベスパそっくりで、それも50や125プリマベッラそっくりで、どうもプラスチックボディらしい。フェンダーにヘッドライトがつくクラシカルなモデルもある。一応4サイクル。
僕は中国製のパクリにちょっと甘いのかもしれないが、こいつにはうーんとうなってしまった。
「趣味性」を理解しているところが彼らの恐るべきところなのだ。
これに加え、著作権など法規制を怖れないしぶとさ。
これ見よがしにイタリア国旗と合わせたロゴ。「これやっちゃいけないだろう」という一般常識を逸脱するのも平気。
とにかく勝手に中国製と決めつけて書いているので、そうじゃなかったらご免なさい。
そうそうそう。ベスパの丸パクリならまだありえる話。
ホンダのジョーカーをパクるって、中国製しか考えられない。
とまあなんちゅう根拠の薄い「NECO=中国製」説なんだろう。
下は逆扉にまとめてあるスポーツタイプのスクーター。
こいつも何かに似ている。
途中から上下が逆になって左右とも表紙。ダブル表紙なのだ。
輸出を意識している。カタログも何もかもセンスある宣伝広告手法を使っている。紙もいい。デザインもいい。
ぼくにとって衝撃的だった。
カタログの出来という「性能」だけはヨーロッパのディーラーなどを完全に上回るからだ。
ヤマハYZF-R1 2015年型が手に入った。
顔の変わった2015年型フラッグシップカタログフランスもの。
最新型をちょうど探していたのだ。
こないだヤマハにカタログ請求した際R1はカタログから消えていた車種だ。
最高出力は相変わらず、106馬力止まり。規制のない場合は200馬力。
顔もエンジンも新設計。の割に逆にイヤミなほど自己主張がない。
ホンダのRC213V-Sも実際そうだったけど。
おっと思い出した。そうそうRC213V-Sもカタログを手に入れなければ。 |
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1973モトレヴュー誌の「Salon 73」が手に入った。
1973年といえば私ゃまだ生まれてなかったので、当時のことは覚えていない。だからぜーんぜん知るわけがないが、ただひたすら懐かしい。
CBの4気筒のマフラーが集合化する前。カワサキはZ1、Z2。もちろん750SSもあった。ヤマハは2気筒のTX750が、スズキはまだGT750という時代。
ヤマハのYZR500、TZ700のトップブリッジから斜めに切れ込んだフレーム、肝臓みたいな3角のタンクが衝撃的だったことを覚えている。(もちろんまだ生まれてはいなかったので知るわけがないが、なんとなく、なんとなくそんな気がする)と私はしつこい。
グッチはV7スポーツの時代。MHR風ビキニカウルがついた850タイプルマンというものが興味深い。ちなみにフランスでは「モトグッチ」ではなく、単なるグッチ(Guzzi)としてGの順番に紹介されていた。
一方、ドカの場合750SSはイモラレプリカのあの形そのものだが、750Sはネイキッドではない。ビキニカウルにZライン、シングルデスモは黄色ではなくシルバーのみ。
「1973年に何が起こったか」思い返しても大した出来事は思い出せない。生まれてなかったというのは冗談だけど、その前後の時期をよく考える。73年以前と以降では文化的な状況、環境ががらりと変わっている。
1973年は文化の節目だったのだ。ちょうど古いものと新しいものとが混在両立する「時代の境目」といっていい。
オイルショックだのトイレットペーパー不足だのの出来事は1973年に実際に起きた。ガソリンスタンドも休日休業になったし、そりゃあ新聞やテレビの中では彼ら主導で緊縮体制に向かってはいた。
しかし脳内の記憶はこの年を境に、それまでのモノクロから天然色に変化している。生活は下降変化どころか、明暗の調整ボタンを2段階上げたように明るくなった。コントラストも強くなった。
写真の印画紙とテレビ画面がカラーになっただけかもしれないが。
しかしオイルショックはバイク業界に対し、直接的な印象を与えた。
この時代バイク、あるいは4輪の生産中止だの××から撤退だののネガティブな話題には必ず「オイルショックのため」の枕詞がつけられたせいだ。 上はヤマハのRZ201ロータリー(1972)と水冷2スト4気筒GL750(1971)。前前年のモーターショーでのGLナナハンのきらびやかなデビューがあった。
翌年のヤマハロータリーは市販化されなかった。理由は後々「オイルショックのため」とされているが、具体的になぜかが分からない。
この派手な2車と対照的に地味ぃなTX750が世に出たことがこの時代っぽい。
新宿中心の文化に対し原宿・渋谷がおしゃれになり、貧乏礼讃の4畳半フォークの反対側には井上陽水、荒井由美の両方がいて、トラッドな演歌系歌謡曲と能天気なアイドルたちが音楽界には両立していた。凮月堂で渡されたフライヤーには「村八分vsキャロル」と書いてあった。
サーファーの連中がぽつぽつ現れたのは1973頃だった。
彼らが現れたのはもっと遅いだろう、と思うかもしれないがこれは本当だ。
僕の目撃したのは70年代初頭に向こうに行って感化されてきた「金持ちのお坊ちゃんたち」アメリカ西海岸帰りの連中だ。揃って潮焼けで毛先が痛んだロン毛、アロハの5〜6人を見た時、全く異質な人種を見た気がした。そのうちの1人は当時の僕のロン毛をうらやましがり、「いいなあ、向こうに行ったらみんな髪が長くって」と言っていた。
※wiki には「サーファーファッション」は1970年代後半からだと書いてある。 ヤーノサーリネン
1973年のヤマハのエース。金谷とのコンビで破竹の勢いを続けたが、多重クラッシュにあい残念な結果に。
その時代のレースを知るある人はもの凄い才能を持った人だったとだけ話してくれた。もし彼が生きていればという話も何度か耳にしたが、そんな話はまさに無意味だ。
結果、わずかに記録に名前だけ残されて、それしか後世には伝わっていない。僕もこの時代全くレースには興味なかったから、彼の名もその存在も最初からまったく記憶にはない。
実際僕がリアルタイムで覚えているのはバリーシーンあたりから。MVら4スト勢が消え、まさに国産の2スト全盛期。 エルシノア。
この間近所の洋服屋さんの前に置いてあったのを見た。
いやぁ格好いい。自分にとってこれが2ストなのか4ストなのかは大した問題じゃなくて、目で見たもの耳に聞こえたものだけが大切なのだと知った。この価値を知るのに40年かかったわけだ。
ベトナム戦争パリ和平協定が1973年。その翌年僕は横須賀でDJ(ただの皿回し)をしていた。米軍の撤退。サイゴン陥落まであと2年。戦地から休養で横須賀に戻り、戦地ではなく日本で酒の飲み過ぎで死ぬ兵隊もいた。賭をして。
この頃のバイク状況は今思い返すともっとも面白いと思う。
しかし夜の街で見聞きするものがあまりに刺激的だったので、バイクへの興味が薄れていった。
ケンメリのモデルだった初代「ケン」のほうは僕のバイト先の前任者だったらしいのですが、バイク事故で死んだという噂を聞いた。
「ロボットハンドル」だったそうです。
バイト先の経営者とは親しかったので、いつかは彼の詳しい話を聞こうと思っていましたが、その経営者も事故で最近死んじゃったと聞いた。
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そりゃあサムライダーみたいな怖い顔のニンジャH2Rもいいですよ。
でもバイクも女性も丸顔がいいに決まっています。
こいつはカワサキのZZR1400。
まあなんとも見事な卵形ボディ。表紙も中身も卵形、
バイクは抱きしめて乗るってこと考えれば、ごつごつH2Rよりふっくらしたこっちですな。
なんて事を言いながらも、そこは「2次元愛」のカタログハンターですから、実車より紙紙紙紙紙。
ゴーディエ&ジュヌーといえば思い出すのは1135Rパフォーマンスレプリカ。
残念ながらカタログは手に入れていない。
で、カタログがあるのは1135R以外のゴーディエ&ジュヌー。
たしかに全体的には丸っこいですね。
こういう「丸み」は、あくまで1135Rと較べたらですが好みじゃないです。
2015年モデルのR1。
カタログは無いが、ヤマハはYZFのR1を新しくしたらしい。
切れ長つり目からややアイスホッケーマスク型の、じゃない「仮面女子」型の面構え。
前のR1やFZR1000の方がやや丸かったような。
頼む!!ハヤブサのようにもっともっと丸くなってくれい。
だいたいはですね。
バイクのパーツなんてものはほとんどが「丸」で出来ています。
そりゃ、ピストンだって
リムやホイールやドラムブレーキは当たり前にしても
こういうの、メーター類とか
ちっちゃいものも細かいものもみーんな「丸」!!
カウルだってちょっと昔昔はもっと丸かった。
これより、もっともっと昔はもっと丸かった。
ドルフィンカウル(昔はこれをフルカウルと呼んだ)ってヤツです。
丸だよ。丸!!その通り!!
丸くて悪いか。
どうやら、僕のお腹も顔も丸くなったらしいのだ。
その結果、半ば強制的にダイエットを始めさせられた。
「糖質オフダイエット」というものらしい。
男たるもの、が大好きなもの「炭水化物」は当分禁止させられました。
肉はオッケー魚はオッケー、
でも麺類やご飯、パンはNG。
目標60kg前半。
さあて成功するかな。
ああカツ丼が食べたい。
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