バイクのカタログハンター日記

バイクのカタログハンターと禁断の物欲世界。紙の猟人日記」101夜

カタログハンター日記

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大昔のロイヤルエンフィールドもこんな感じのモダンカスタムに変身する。
ところで1965年製英国カフェレーサーのコンチネンタルGTが最近見事に復活。エンジンの排気量が2倍以上大きくなり、全体像はとても豊満にはなったようです。
むかし憧れていた清楚で華奢だった女性に数十年ぶりに同窓会で再会した時のよう。頭の中ので凍り付いたイメージとはまったく異なる、母親の迫力を身につけてたくましく進化した状態で目の前に現れた感じです。
新作のシートはいまいちだと思ったのですが、プロトタイプの段階ではこの写真を見る限り、なんだよう、格好いいの作ってたんじゃないかと感心しました。(市販化されたのはシートエンドにプラのシートストッパーのあるやつ)シートはこっちの方が断然よかったのに。
その下の1965年オリジナル250ccと較べてみてください。
そのまた下の画像はレーサー改です。


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ヤマハSDRが登場する前、こんな単気筒ロードスポーツがあった。
トガシエンジニアリング製DT200単気筒カフェレーサー。何十年も前の「サイクルワールド」誌に取り上げられたこのバイクはレーサーではなくヘッドライト、ウインカーのついた公道レーサーだ。当時の雑誌のもったいぶった当時の細かい文字組の文章は年寄りにとって、じっくり読みこむには辛い。
レーサーなのか市販化予定したのか、複数台製作予定なのか知りたいことがよく分からん。文章から読み取れなかった。これ批判じゃなく、時代の話です。いまは結論/目的がはっきりしていないと読みにくい。
むかしはこれでもサイクルワールドはもっとも魅力ある雑誌だったのです。

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これおそらく同じ号からの切り抜き。
カスタムが流行していた当時はあの「BEET」までコンプリートのカスタムバイクを作っていた。BEETらしくないなあ。おーっと、そうそうアルフィンカバーがついてないじゃないか。

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これは改造車といえるのかどうか。
こんな輸入車がありました。ホンダ耐久レーサーRS850Rを公道用に車検をとった例。雑誌側の本音は当然耐久レーサーの各パーツ類や独特のメカニズムなどが知りたいということなのでしょうが、そこに至るまでの前置きが長い長い。本文説明にはこの違法すれすれ行為自体決して推奨できないこと、耐久レーサーといえども市販車と違い実用への耐久性に欠けるというをとにかくくどくど書いてある。気持ちは分かる。でも覗き込みたい気持ちは「本能」だ。「本能」には誰も逆らえない。

これぞ「真理」

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超高嶺の花。チームイクザワのカスタムバイク。GB改だったっけ?何も言いますまい。GBではないです。OHC4バルブだからおそらくオフ車のエンジンだ。
TH1S(赤いの)が198万円、TH1(白いの)がコムスターを付けたままで136万円。

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コムスター付きだったらこれはいかがですか。
VT250にレーシングパンタの外装付き。こんな感じ嫌いじゃないです。非常に微妙です。否定できない情熱も感じます。

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オルスピさんにもらった自由が丘チームガリーナの商品カタログ。こういう手作り感のカタログが時代っぽくていいのです。
今となってはわりと贅沢に作られていたヤジマレーシングや、カスタムクラフト慈夢のカタログもちゃんと保存していたらよかった。

ってもう遅いか。

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最後に懐かしきオレンジブルバード製YD250。
いま見るとなかなかセンスよい改造例じゃありませんか。

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毎日暑くてたまらないです。
蝉は鳴かないし、そうそう7月なのにどうして蝉が鳴かなくなっちゃったんだろう。鳴き始める順番も昔とちがう。
頭の中が蒸されて思考が正常に働かないです。
ブログのネタもないのに、頭がパーのまま近所を散歩していますといろいろ衝撃的なバイクにお目にかかります。
一つ目はこいつ。数日雨が降り続いたあとの湿気によって、近所の放置バイクは植物と同化してしまいました。

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カモフラージュした狙撃兵みたい。以前ブログにのっけたときはまだバイクの原形をとどめていたのに。(下の写真)。CBX250RSです。いいバイクなのに。

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もう1台はこれトライアンフのクラシック。私ゃ無知なんでトラの車種はぜんぜん知らないんです。色がいいですね。

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もし誰かが「これ昔のサンダーバードじゃないかな」と言ったら、見栄を張って「そうそう、僕もそうじゃないかなと思ってたところです」とテキトーに話を合わせます。ところでサンダーバードってヘッドライトがFフォークと一体化してなかったっけ。
バイクが駐車してる洋服屋の店長が毎日轟音で通勤しているクルマです。サドルがもう鉄ワクの形だけ半壊状態のすげえクラシック。でもいい感じ。
トライアンフってアクセルワークが楽しいとトラ好きのおっさんが言っていた。このトラはアクセルのひと捻りで明治通りをあっという間に横切って一直線でやってくる。

昔むかし、T君が「バイクっていうものはこう、アクセルひねったら『ガンッ』って身体が前に持っていかれそうなやつをいうんですよ。あんなユルユル加速するのなんてバイクじゃないっすよ」って言ったのを覚えている。ユルユル加速っておそらくK君のZ400ツインのことだったんだなきっと。
T君はどかーんと加速するマッハに乗っていた。

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渋谷で見かけたメルセデス。現代風でずいぶん粋じゃあないですか。
でこっちは古いサンビーム。住宅街のど真ん中で発見。

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サンビームと言えば60年代の映画に登場した、もっともリゾートが似合うスポーツカー。今見ても随分おしゃれです。
こんなところにひっそりたたずむ姿が似合うクルマではないでしょう。

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これはMagelliカタログ。車両は英国もんだっけ、よく覚えていない。
この表紙の人物とバイクのミスマッチ具合がなんともいえない。
そうそうクロキンさんとこのブログを見て思い出した。
昔昔のバトルオブザツインのこと。
友人と3人で出ることになり、XS650をレーサー化して準備。走るのはHクンに任せ、友人Mはキャンパーにパラソル、折りたたみのリゾート気分満載の椅子を積んできて、気取った雰囲気の中で格好つけて優雅に観戦するはず、だった。
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あの頃のバトルオブザツインはヨーロッパ風のレース文化を気取った格好つけがあった。

そこに突然やってきたMの地元の相模原応援軍団。「おーM君、応援にきたぜ」と汗臭い連中10数人。あのもの凄く気取った雰囲気のど真ん中でなんとバーベキューを始めた。「おう、肉は外で焼くのが一番うまい。これぞ男の料理」とワイルドな連中はそんなことをいいながら、肉を焼き始めた。
いまさら他人のふりなんか出来ないエム君、おとなしく肉を食べながら「うーむ。……でも肉は美味いね」と言っていた。

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 スクーターは嫌いだ。
あの「便利な道具感」がいやだ。
2輪車ってのはなあ、股にタンクのニーグリップってのがフィットしてだなぁ、ちゃんとギアをカチカチ合わせて加速していくのが、あんた「王道」の大通りてなもんじゃないですかい。
などと言ってるカタログハンターですが、スクーターはヤマハサリアンとホンダDJー1に乗っておりました。
そのサリアン、どうなったかまったく覚えてません。誰かに譲ったのか。歳ですかねえ。
DJ-1のほうは事故りました。真夜中の帰宅途中交差点での信号待ち。目の前で信号無視のタクシーと乗用車の追突事故があり、ぐるっと回転したどっちかに跳ね飛ばされて後の乗用車のバンパーに僕自身が墜落しその上からDJ-1が落っこってきました。完全なもらい事故です。時代はまさにバブル時。毎日睡眠時間は3〜4時間という忙しさで、救急車で病院まで運ばれましたが、通院できず足を引きずって仕事に行ったのを覚えています。
そうそうそう、あの当時ヤマハのチャンプは速かった。スズキのハイ、水冷のヤマハCZトレーシーはもっともの凄かった。うんうん。スクーター話は尽きない。
「あれっ?嫌いっていうわりにはあんたずいぶん楽しそうに話すじゃねえですか」
って自分で自分自身に突っ込んだりして。

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1980年ちょいの頃、原宿の美容院「Hair People」の連中が日本で最初にネオ・モッズ文化を楽しみ始めたとこれ断言しちゃいます。彼らがそんなムーブメントを起こしているなんて全然知らなくて、ある日「Mr.Bike誌」にセーラー襟のユニフォームにベスパの集合写真で紹介されている彼らを見て思わず笑っちゃいました。記事の内容はモッズ集団「Hair People」と別の集団の根も葉もない抗争劇といったもの。まったくのシャレです。僕の髪の毛を切りながら美容師の大将は「まったくあの記事には怒っているんですよ。あれぜーんぜんウソです。えーと最近はベスパが多くなりすぎちゃって、みんなランブレッタとかラビットに移ってきてるんですよ。僕もラビットマニアのおじいさんの家に遊びに行って教えを請うなんて事をして……」
と店の外に置いてあるラビットのshiroyagiモデルを見せてくれました。
「サリアンで集会に参加しちゃだめ?」「絶対にだめです」
言われちゃいました。

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60年代半ばリアルタイムでの「モッズルック」が輸入されて流行りました。
言っとくけどなぁ。おっさんは話が長えぞ。
流行ったモッズルックとはグループサウンドの「ザ・カーナビーツ」や「ジャガーズ」が着ていたような細身のファッションです。それまでプレスリーのようなリーゼントでヒタイを出していたヘアスタイルに対し、前髪下ろしてパッツン切ったっていうだけで文化的には革新的出来事だったわけです。Wikiに書かれている「長髪」というほど長くはありません。
モッズのベスパやランブレッタ+ミリタリーコートというスタイルは70年代に入ってから日本に知られたのです。すでにモッズが廃れて伝説になった頃伝わったっというわけです。
1966年頃頃ザ・フーってバンドがありまして、まぁパンクのルーツみたいな暴れん坊バンドでした。
品行方正な音楽をよしとする当時の「ミュージックライフ」でもニュース欄でギターやアンプを壊しただのスキャンダルが取り上げられていました。このチンピラバンドがその後偉大なるニューロックバンドに進化し、芸術性を身につけ名作アルバムを作り出しました。2番目のコンセプトアルバムかが「4重人格」。これにくらべれば名盤とされた「トミー」なんか、はいゴミみたいなもの。あるモッズの少年の見聞きした物語をアルバムにした、名盤中の名盤です。さらにはっきり言っちゃいます。
このアルバムに付属したストーリー写真集。これと付属したストーリーが面白い。これ一冊あれば「さらば青春の光」なんちゅう映画なんぞその存在を忘れちまってもいいくらい。
この映画を好きな人があまりにも多くて、僕はその人たちを敵にまわしたくないのですが、はっきり言いますとP・タウンシェンドによるモッズの世界はアルバムと短編小説と写真集で完結しているのです。

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上の画像と一番上のは以前ブログで使ったものの使い回しです。ランブレッタも二度目っぽいなぁ。まいっか。
そうそうモッズとは関係ないけど、僕自身も横っ腹に大きな転倒痕のあるベスパ125プリマにも乗っておりました。このカタログのものより古いタイプです。

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1960年代の話は興味深い。
バイクも音楽も映画もクルマもファッションも風俗(今でいう「風俗」と意味が違う)も面白かったのは60年代まで。ただ僕自身あまりにガキだったんで、あまり覚えてはいない。自分自身逃げられないほどの膨大な思い出を作ったのは1970年代だった。

自分ではおいおい、思い出をちょっと美化してないか?って思うときがある。
70年代を振り返ると売ってるウエアーやブーツはダサい、自転車屋はあったがバイク屋は少ない、バイク雑誌の情報の中身は少ない。
そうそうそう。当時危なくてバイクで乗り入れたくなかった地域もあった。
あれから何年も経ってしまって、走る環境が決してよくなかったことをきれいさっぱり忘れちまっているのだ。

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思い出すのは70年代半ば暴走族が荒れ狂った時代のこと。
当時バイト先の仲間の一人はチェリークーペごと暴走族に攫われた。
彼の友人は仲間を集めてある場所にたて篭った。ごく普通の、「族」でもない、学生運動もしない、髪の毛もリーゼントでもない七三の普通のヘアスタイル、コットンパンツにチェックのシャツをきたような「堅気」の学生がおーっと、連絡し合って10以上人集まっていた。
ほーんと怒った素人さんは怖いです。
普通の平均的学生のはずの彼らは事件にみんな怒り狂っていた。
「危ない匂い」のしない、まったくの市井の連中がバールだの金属バットだのを集めて、凶器準備集合罪まっしぐらの結束力と行動力を示して、外野の僕を驚かせたのだ。

(友人は無事にもどってきた。チェリーは大破。どうも族の集会に参加したガキどもが偶然チェリークーペとすれ違い、「ちょっと貸してくれよとか言ってそのまま運転者の友人をを引きずり出し、運転の練習のためだと下手な運転を続け、走って曲がりそこねてコーナーで電柱に衝突。燃えたチェリーをほっぽってクモの子を散らすように逃げたらしい。
結局奴の運が悪かった、だけということで話が終了してしまった)


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80年代はうって変わって気楽なバイク道楽が楽しめた。
そんな気がする。
年代、時代が平和な環境に変わったからではない。郊外から都心に、よく考えたら自分自身生活する場所が思いっきり様変わりしたからだった。

会社で一番下っ端だった1980年、山手線で原稿を届けにいった。
ちょうどその日は10月の国際反戦デー。車両に20人以上のマスク姿の活動家連中が無言で乗り込んできた。
走行車両が次の駅で停車する。自動ドアが開く前「かまえ!」とリーダーの大声。同時にドア付近の連中は旗竿を構えて不意の襲撃に備える。ビリビリとしたもの凄い緊張感がこっちにも伝わる。もう体育会系なんてものではない。直感したのは彼らはもう軍隊だったということ。「内ゲバ」セクト間の殺人事件が頻繁に起き、これに備え対応した進化を続けた結果だと。

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同時代に生きていても、場所、時間、組織、階層階級が違うと経験する景色も違う。国公立に進んだ従兄弟や偏差値の非常に高い学校に行った連中はせいぜい学生運動に遭遇するくらい、暴力シーンにまったく縁がない時代を過ごしていた。まったくアンフェアだと思う。「格差」というものは生活水準だけじゃなく運不運、「安全」にも作用する。
こればかりは仕方がない。

思い出・記憶のリアリティってやつは不思議なもんです。
1970年代、僕は横須賀で一番危ない地域でバイトしていたので、米海軍100人対海兵隊100人くらいの、冗談で済まないもの大規模な喧嘩も見ているし、池袋のそのテでは有名な高校生同士の乱闘、暴力的なデモ、湘南の暴走族の大集団も見ているが、実際に目撃したという記憶だけで全てぼやけていてはっきりとはなにも思い出せない。
記憶が鮮明なのはなぜか先ほどの2つの事件だけなのです。

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バイクの環境はいまはけっして悪くない。
やはり安心して乗り回すことが出来る社会環境っていうのはこれまであって当たり前のモノではなかった。これまで。

お金はかかるけど今っていい時代なんだな。
そう思っておこう。
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あーあ雨の季節になっちまった。
梅雨前にもっと乗っとけばよかったな。
バイクに乗るのがおっくうな自分に、バイクに乗らないいい言い訳が出来ちまった。
雨だ。雨の日こそゆっくりカタログでも見て時間をつぶす。
雨じゃない日は、もちろんカタログでも見て時間を有意義に使おう。

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フランスのコレクターからは「今度RZV500を買う」と連絡があった。
ドイツ人コレクターはヤマハXS650と古い2ストを持っている。
別のドイツ人2からは「Z1とKゼロを持ってるけど、Z1−Rの旧型を買った」と連絡をもらった。
日本車のカタログのトレードで知り合った人ばかりで当たり前か、みんな日本車が好きなんだ。
古い日本車って人気だ。とくに2スト。
でもねえ。それって(前にも書いたけど)歴史にやっと評価された名車が中古車市場をぐるぐる回っているだけ。
ニッポンのバイク産業にとって、大切なことは「新車」が売れるってことなのだ。
中古車にしか関心がない僕なんぞターゲットにはならない。

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※ページをめくると上の写真が下の写真に変化するって仕掛け
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ヨーロッパ版のカタログを見ていると125ccの充実度が目につく。
125カタログで一番はこれ。エルミネーター125。
このカタログは珍しいことに日本版、海外版が同一デザイン。
250の車体に125をのせた安い新車ってのがバイク入門にはベストなのだ。

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KYMCO
スクーターのキムコが作った125。どのタイプもどことなく丸っこさがそれらしい。
国産車も最近になってやっと125を格調高く仕上げている。
ヨーロッパでもアジアでも125には不相応に思えるくらいいま豪華絢爛にまとめている

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ヒョスン
ヒョスンのカタログには興味があった。とにかくなかなか手に入らない。HPで資料くれとメールしたら断られたし。
250ccバージョンをちゃんと出すことで真摯に日本市場に向かってるなとそこは好意的に思う。
最上車種はスズキのV型に似た650cc。カッコだったら最新ネイキッド250ccがいい。
海外ではバイク初心者マーケットで国産廉価版バイクと安価な中古、Kymcoなどの台湾製とぶつかるのでしょうが、正直日本ではこれ以上拡大は無理でしょう。日本人はいろいろバイクに思い入れを求めますからね。

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TOMOS D-1
おお、トモスがロードレーサーを出した。と思った。どうも様子が変だ。やけに小さい。(一番上の画像)ポケバイか?
それよりトモスがなんでウサギマークを採用したんか。これじゃまるでラビットだ。富士重工!!そうだ富士重工と関係あるんか?それでひょっとして水平対抗のリバイバルか。あのライラックの登場か。
そんなはずはない。ときどき自分に都合良く妄想が膨らむくせがある。
トモスは勝手にオランダだと思いこんでいたが、どうもスロヴェニアのメーカーらしい。旧ユーゴで1954に生まれた。
スロヴェニアとスロヴァキアがごっちゃになるのは日本人だけじゃないらしく、この2国間では大量の誤配郵便物を定期的に交換する条約が結ばれているそうだ。

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モトモリーニ
V型空冷のロードスポーツバイクを作ってたモリーニはこれといった印象がないし影も薄い。しかしこのブランドは日本でいえば陸王並みに歴史ある会社なのだ。海外に売り飛ばされたり、数奇な運命を経て復活。今はカジバの怪鳥とよく似たモンスターの親戚みたいなバイクを作っている。
カジバもスズキのVエンジンを積んでいたので、モリーニ独自の以前のV型とは違い、スズキの親戚筋のエンジンかも知れない。

あれこれあれこれ。

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