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川下大洋の「ドナ禁」 ♪
川下大洋(aka Dr.Doneinstein)のブログ ♪

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So Long

  
  

スティーブ・ジョブズ氏の死が
どれほど大きな損失かは
きっとあと10年ほどするとわかるのだろう

http://doc.laff.jp/blog/images/2011/10/11/4.png

表に出ていない彼のアイデアが
アップル社内にはいくつもまだあるのだという
その噂は信じたい

でもそのアイデアが尽きたとき
世界は二度彼を失うことになる

  

アップル社にいまいる人たちだって
世界有数の頭脳であり
ユニークなアイデアをひねり出す天才が何人もいるに違いない

それでも
そんな人たちを束ねてひとつの統一されたイメージに向けて動かす仕事は
ジョブズ氏にしかできなかったのだろう

  

私が初めて Mac を買ったのは1995年で
ちょうどその頃ジョブズ氏はアップル社を追われており
売られていた Mac も
一見しただけでは夢のない「ただの箱」
Mac の歴史の中でも最も個性のない時代だった

イメージ 1

それでも
私がそれまで知っていたパソコンと
Mac は何もかも違っていた

  

デスクトップというものがあり
そこに置かれた書類や
書類の入ったフォルダを
マウスを使ってクリックする

そのことだけでもわくわくした
その上、フォントの美しいこと!
英文字などちゃんと字間が調整されている!

今では当たり前なことが
当時やっていたのは Mac だけだった  

  

さてジョブズ氏が戻ったアップルは
元々 Mac の得意分野だった
ビジュアル面での性能を十分に生かす
ハイスペックマシン「G」シリーズを

イメージ 2   

展開する一方で
誰もが楽しく日常で使える「i」シリーズを作り始めた

まずは誰もが憶えているだろう「iMac」だ

イメージ 3
「ストロベリー」やら「ブルーベリー」といった
カラー/ネーミングもさることながら
液晶が主流になる前の時代にあって
奥行きのかさばるブラウン管を逆手に取った
あのデザインは本当に素晴らしかった

その後の液晶モデルは逆に
コンパクトになりすぎて
遊ぶ余地が少なくなってしまった感さえある

  

重すぎる・高すぎると敬遠されたノートパソコン
Power Book も今では
誰もが欲しくてたまらない究極の
まさに「ノートブック」MacBookAir にまで形を変えた

  

時代を先取りしすぎて挫折した「Newton」プロジェクトも

イメージ 4

満を持して iPad として花開いた

iPod、IPhone についてはもう
語るまでもない
誰もが知っているし
そちらの方がはるかに売れたので
Mac と兄弟であることを知らない人さえいる

  

Mac の特徴は
ハードも OS もアップル1社で供給している点だ
OS のみを供給して世界に広まったウィンドウズとは真逆を行くやり方

これも
美しいボディしか認めない
ジョブズ氏のポリシーの表れだろう

  

そこに頑固にこだわるだけなら誰でもできるだろうが
誰もが楽しく使える道具
使うことで楽しいことが実現する道具を作る
作り出せるという信念を
彼以上に併せ持っている人はいなかったに違いない

  

彼の夢と信念が
アップルと
そして(私やあなたを含め)何かを作る人みんなの中に生き続けますように

  

フラッシュバック? ♪

  
  
  

時折以前の体験、というか見た景色などが
意味なくふと頭をよぎる

ああこれが「フラッシュバック」か ♪

と思ったら、フラッシュバックというのはもっともっと
深刻な、心の傷になっているような、いわゆるトラウマに関連する
心理学上の用語だったのだな

しかしトラウマだって
本来は幼少期に受けた、耐えきれないほどの大きなストレスによってできた
生涯消えないくらいの心の傷を言うわけで

「きのう飲み過ぎちゃって記憶なくしてー、もうすげートラウマー」とか
「やめてよもう ♪ トラウマになっちゃうじゃーーん ♪」みたいな
軽い意味で使っていい言葉じゃないのである

  

まあしかし
えてしてインフレになるものだな、こういう言葉は

  

とくにテレビのテロップに使われるようになるともう
その言葉の持つ価値は10分の1ほどになるようだ

本来「大声を上げて泣きわめく」という意味の「号泣」も
「大勢が大声でどっと笑う」を意味する「爆笑」も
今では涙を一粒ぽろっと流せば「号泣」だし
一人で軽く笑っても「爆笑」と表記されるようになった

  

こうして日本語の言葉の意味は急速に変化していくのだが
変わってしまったものはなかなか元に戻らない
「号泣」「爆笑」の辞書での表記が変わるのも時間の問題だ
(だから変わってしまう前にくいとめないといけないのだが
その話はまた)

  

カタカナ語になるとさらに無責任度は増す
なにしろ日本語じゃないからね

責任なんかどこにもない、って感じだ
それでいい、とはもちろん言わないが
日本語で手一杯なので
カタカナ語は後回し、というのが正直なところか
(テンションなんて本来の意味もうどこにもないしね)

  

トラウマだって大学の心理学教室や
実際にトラウマに悩んでいる人以外は
かるーい意味でしか使ってないし

おそらく日本中で年間に発話される「トラウマ」という言葉の99%は
「嫌な想い出」くらいの意味で使われているんだろう

よくないことだが
後戻りができないことも事実だ

  

フラッシュバックはまだ間に合うかもしれない

「フラッシュバックの軽ーいやつ ♪」とか
「フラッシュバックじゃないんだけどそれによく似た感じで思い出される
別に嫌じゃない思い出 ♪」とかいう意味の
言葉を別に作ればいいわけだ

  

‥‥‥‥‥‥

  

‥‥‥「かるフラ」?

よしそれだ
かるフラで行こう ♪

  

言葉の定義に手間取ったが
その「かるフラ」がたまにある ♪

  

なぜか旅行先の景色
同時にそこにいた時の気持ちなどを思い出す
それも有名な名所とかじゃなく
例えばそこへ向かう
何の変哲もない曲がり角の景色だったりする

  

ついさっきも
十数年前に行った
ローマの駅ちかくの工事中の道を思い出した ♪
コロッセオとかトレビの泉とかスペイン坂とかじゃなく

なんでまた工事中の道?

「軽フラ」は
きっかけの言葉などなにもなく
まるで意味なく突然に脳みそを横切る

嬉しいときに思い出すとか
落ち込んでいるときに思い出すとか
そういうのでもなく

思い出される景色に付随した気持ちも
心の傷とかとは真逆な
だいたい幸せな感じ?
だって旅行中ってずっと幸せだよな
まあそうでもないときもあるけどたいていずっと幸せだ

幸せだけど初めての土地なので
ものすごく五感が鋭敏になってる
だからその時見た景色が強くインプットされるのは、わかる

しかしなぜ工事中の道を?
それも何の連想もないのに突然思い出す??

  

その時の旅行で
思い出そうとして思い出せる景色はたぶん
百個ぐらいある

でもその工事中の道はぜっったい
ベスト100には入らない!
というか思い出そうとしても思い出さない!

  

なんでだ?  
こういうの、私だけだろうか

  
  



複雑な危機 ♪

  
  

そろそろ秋の気配も、という人もいるが
まだまだ夏の話題でお届けしたい ♪

  

夏休みの「兵庫県」探検
前回の西はりま天文台のある南西部に続き
お盆の前、こんどは中央部のやや北のエリアへ行ってきた

たいそうミステリアスなところだ ♪

西宮市から100kmほど離れているのに「西宮市」を名乗る
「西宮市立・山東自然の家」!
天然記念物「オオサンショウウオ」が普通に棲息する川!
今は廃坑になった銀山にも分け入った!

  

なかでも貴重な体験だったのは
オオサンショウウオの保護を目的とした研究施設
「日本ハンザキ研究所」の見学だ!

イメージ 1  

「ハンザキ」とは
口がでかすぎるため「すでに半分裂けとるがな」という
意味合いでつけられたオオサンショウウオの異名 ♪

  

ドナインシタイン博士のように一人で「研究所」を名乗る年配の主・
栃本さんにより運営されるこの施設は
廃校となった山あいの小学校を借り受け
元プールに保護したオオサンショウウオを住まわせ
その隣の小屋に設置したたくさんの水槽に
子どものオオサンショウウオや
同じ両生類仲間のイモリなども育てている

他にも家族がいたので見学者だと思ったら
なんと栃本さんの娘さん母子で
夏休みなのでおじいちゃんのところに遊びに来ているのだとか

なんとものんびりした研究所だ

  

‥‥‥と思ったら!
実はこの研究所はたいそう深刻な問題に取り組んでいるという

聞けば天然記念物オオサンショウウオは今
前代未聞の危機に瀕しているらしい!!

  

中国の料理の食材としてオオサンショウウオが珍重されているのだが
そのために乱獲されて激減!かと思えばそうではない

食材として持ち込まれた中国のオオサンショウウオが野に放たれ
日本のオオサンショウウオと交雑
どんどん「ハイブリッド」つまりハーフになってしまっているという!

それで固有のオオサンショウウオとしての純血がどんどん失われ
ひいては絶滅の危惧さえ生まれている状況だと言うのだ

  

では日本固有のオオサンショウウオと中国産のものは
どうやって見分けるのか尋ねてみた!

すると!!

‥‥‥すると!!!

  

‥‥‥‥‥‥なんと、その道の権威栃本さんが言うには
見た目ではわからず
DNA鑑定で初めてわかったことなのだという!!!

  

これは大変だ
素人にも簡単にわかることなら危機意識もあおれるというものだが

科学が発展していてよかった
一昔前なら全く気づかないうちに
中国産に侵略されつくしていたかもしれないのだ!

  

‥‥‥ん?

‥‥‥ということは?

  

もしもDNA鑑定というものがなければ
このまま何の問題もなく
天然記念物として存在し続け
むしろ「最近数が増えたんですよ。よかったー ♪」
なんてことにもなっていたのかもしれない

  

危機であるということすら素人にはわからない危機
今はまだ個体数を把握することすらできていないので
一頭一頭にICチップを埋め込む
ボランティアの確保が最大の課題なのだという

http://www.hanzaki.net/

  

↓下の写真は
生野銀山の最盛期のころの模型
まさしくアリの巣状態 ♪

イメージ 2   

  
  
  
  

  
  

  

  

この8月15日だけは、ふるさと長崎にいられないのが悔しい
大量のバクチクで新盆の魂を送る奇祭「精霊流し」があるからだ

昨年の8月15日も同じことを書いたなーと思い
読み返すと、確かに書いている

このまま書くと本当に全く同じことを書いてしまうので
もうリンクを貼っておく(張っておく?どっちだ?)
是非見てみてくれ ♪

http://doc.laff.jp/blog/2010/08/post-de4a.html

  

引用した動画は2つともすばらしく良いものだ ♪

ひとつめは
家によって船の大きさが全然違うことに注目してみてくれ
財力や価値観の違いによるものだが
大きさに関係なく
「この船で魂を送り出してあげられる誇り」のようなものを
みんな感じながら練り歩いている
小さな船ほどむしろ一人一人の気持ちをつい感じてしまう

ふたつめのは
「バクチク祭」である精霊流しの側面をうまくとらえている
1年以内に亡くなった家族を弔う儀式のはずが
ただの大人の火遊びといわれてもしかたがないものになっている
そのへんにやりがいを感じてやっている人だって大勢いるはずだし
きっとそれでいいのだ ♪

  

今回不手際をさらしてずいぶん問題になった大文字の送り火も含め
お灯明や線香など
宗教に火はかかせない

宗教が広く長く伝わっていくためのアイテムとして
「火遊び」を利用したのだと私は思っている

まあその話はまたあらためて ♪

  


花と花火 ♪ 

    
  
  

西はりま天文台につづき
兵庫県小野市のひまわり畑と

イメージ 1

  

宝塚市の花火大会を見た ♪

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イメージ 3

  
  

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