時折以前の体験、というか見た景色などが
意味なくふと頭をよぎる
ああこれが「フラッシュバック」か ♪
と思ったら、フラッシュバックというのはもっともっと
深刻な、心の傷になっているような、いわゆるトラウマに関連する
心理学上の用語だったのだな
しかしトラウマだって
本来は幼少期に受けた、耐えきれないほどの大きなストレスによってできた
生涯消えないくらいの心の傷を言うわけで
「きのう飲み過ぎちゃって記憶なくしてー、もうすげートラウマー」とか
「やめてよもう ♪ トラウマになっちゃうじゃーーん ♪」みたいな
軽い意味で使っていい言葉じゃないのである
まあしかし
えてしてインフレになるものだな、こういう言葉は
とくにテレビのテロップに使われるようになるともう
その言葉の持つ価値は10分の1ほどになるようだ
本来「大声を上げて泣きわめく」という意味の「号泣」も
「大勢が大声でどっと笑う」を意味する「爆笑」も
今では涙を一粒ぽろっと流せば「号泣」だし
一人で軽く笑っても「爆笑」と表記されるようになった
こうして日本語の言葉の意味は急速に変化していくのだが
変わってしまったものはなかなか元に戻らない
「号泣」「爆笑」の辞書での表記が変わるのも時間の問題だ
(だから変わってしまう前にくいとめないといけないのだが
その話はまた)
カタカナ語になるとさらに無責任度は増す
なにしろ日本語じゃないからね
責任なんかどこにもない、って感じだ
それでいい、とはもちろん言わないが
日本語で手一杯なので
カタカナ語は後回し、というのが正直なところか
(テンションなんて本来の意味もうどこにもないしね)
トラウマだって大学の心理学教室や
実際にトラウマに悩んでいる人以外は
かるーい意味でしか使ってないし
おそらく日本中で年間に発話される「トラウマ」という言葉の99%は
「嫌な想い出」くらいの意味で使われているんだろう
よくないことだが
後戻りができないことも事実だ
フラッシュバックはまだ間に合うかもしれない
「フラッシュバックの軽ーいやつ ♪」とか
「フラッシュバックじゃないんだけどそれによく似た感じで思い出される
別に嫌じゃない思い出 ♪」とかいう意味の
言葉を別に作ればいいわけだ
‥‥‥‥‥‥
‥‥‥「かるフラ」?
よしそれだ
かるフラで行こう ♪
言葉の定義に手間取ったが
その「かるフラ」がたまにある ♪
なぜか旅行先の景色
同時にそこにいた時の気持ちなどを思い出す
それも有名な名所とかじゃなく
例えばそこへ向かう
何の変哲もない曲がり角の景色だったりする
ついさっきも
十数年前に行った
ローマの駅ちかくの工事中の道を思い出した ♪
コロッセオとかトレビの泉とかスペイン坂とかじゃなく
なんでまた工事中の道?
「軽フラ」は
きっかけの言葉などなにもなく
まるで意味なく突然に脳みそを横切る
嬉しいときに思い出すとか
落ち込んでいるときに思い出すとか
そういうのでもなく
思い出される景色に付随した気持ちも
心の傷とかとは真逆な
だいたい幸せな感じ?
だって旅行中ってずっと幸せだよな
まあそうでもないときもあるけどたいていずっと幸せだ
幸せだけど初めての土地なので
ものすごく五感が鋭敏になってる
だからその時見た景色が強くインプットされるのは、わかる
しかしなぜ工事中の道を?
それも何の連想もないのに突然思い出す??
その時の旅行で
思い出そうとして思い出せる景色はたぶん
百個ぐらいある
でもその工事中の道はぜっったい
ベスト100には入らない!
というか思い出そうとしても思い出さない!
なんでだ?
こういうの、私だけだろうか