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■MSX VIEW前史 HALNOTE(承前)
手持ちの資料におけるHALNOTEの初出は「MSXマガジン1986年6月号」(株式会社アスキー)である(以下、すべて「MSXマガジン」)。 同年5月21〜24日のマイコンショウでデモンストレーションが実施される予定、ワープロや表計算がマウスで簡単に操作できるすごいソフト! という簡単な告知記事だ。ちなみに、同じ号のHAL研究所の広告でも、ゲームの広告に埋もれるように「もう、コンピュータはノート代わり。キミの日記帳としても使えるぞ!」という、ひどくインパクトの弱い見出しで「現在開発中」として触れられている。何か自信なさげな腰の引けた広告である。 本格的に単独の記事として取り上げられるのは、「1986年10月号」。 これによれば、1986年秋の発売予定とされている。また、開発開始は遡ること2年前、つまり1984年頃、同社の技術者二人がロサンゼルスでマッキントッシュに触れたのがきっかけという。誰かが言っていた「10万円台でカラーのMac」の言葉を思い出させる。 「1986年12月号」では、HALNOTEシリーズ第一弾は1986年11月下旬発売予定とされている。ただし、版面余白に小さく「HALNOTEの発売は2月に延期になりました。」と注記してあり、印刷ギリギリに修正を入れたのだろう。 このときの製品イメージは、ROMカートリッジひとつと、1DDのフロッピーディスク2枚構成で、「ビデオエディタ」と「HALワード(日本語ワープロ)」の構成となっていた。また、起動時点で「バインダ」が表示されるのは製品版と同じであるが、試作版では「バインダの表紙」と「インデックスページ(目次)」があったらしい。 「1987年1月号」では、主要アプリである「HALワード」と「ビデオエディタ」が紹介されている。 「HALワード」は、製品版の「日本語ワードプロセッサ」とほぼ同等の機能。「ビデオエディタ」の名称はビデオ編集ソフトかと思わせるが、基本的にはお絵かきソフトのようである。一応、スーパーインポーズやデジタイズをコントロールする機能も予定されたらしいが、具体的には触れられていない。 結局、87年2月の発売予定も11月までズレ込んでいくこととなる。 「1987年11月号」に、11月発売予定、ただし先行予約者100名にはフロッピーディスク10枚と通信プロセッサをセット販売する旨、切り取りハガキ付きで告知。本文記事でも見開きで紹介。広告が「MSX2が、ワークステーションになる。」と大上段に構えるに対し、記事では「HALNOTEでキミのMSX2もステーショナリーだ!」とスケールダウンする。「業務用の高性能なコンピュータ」と「文房具」では、えらい違いに思えるのだが。 「1988年3月号」で、HAL研究所関係者がHALNOTE発売延期の経緯について思いを語っている。「長く使ってもらう種類のソフトだからチャチなものは作れない。87年夏時点で再検討したとき、世間のワープロの進化が予想以上だった。単漢字変換から連文節変換に対応するなど、ほとんど全面的に書き直した。」とのこと。 「1988年5月号」に通信プロセッサ「Gterm」の紹介記事。欄外のHAL研究所のコメントが「なんとMSX-NETで図形が遅れてしまいます。」となっている。まだADSLもない時代だから遅れるだろうな。 「1988年12月」でカード型データベース「Gcard」の紹介記事。カード枚数は1,000枚まで。1枚のカードに最大20項目設定可能。1項目当たり255バイト(全角で約127文字)、1枚のカード全体で1,280バイトの制限あり。ちゃんと50音順のソートができるのがひとつのウリらしい。 なんでも出てくるインターネットと思いきや、HALNOTEに関してはスクリーンショットすらろくに出てこない。 ということで、今回、週末をつぶして調べてみた。短時間の調査のため不完全であり、間違いもあるかもしれない。ただ、HALNOTEは実に難産なソフトであったことは言えよう。開発から発売まで、なんと永い期間を要したことか。しかし、これが後にMSX Viewに進化し、MSX最後の実機であるA1 GTに搭載されたことまで勘案すると、実に息の長いソフトだったとも言えよう。 さて、余談であるが、検索すると、表計算ソフトの「GCALC」が「GGALC」と誤表記されていることが多い。誰かが一度入力ミスしたものが蔓延していると思われる。安易にインターネットの情報を鵜呑みにせず、自分で一次情報に当たる習慣を大切にしたいと思う今日この頃である。 |
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