四国百山横倉山、御嶽古道を歩いて見ませんか!!

古くは安徳天皇が逃れし古道、近くは、那須信吾の脱藩ルート

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耳なし地蔵

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耳なし地蔵
■場所/横倉山第一駐車場、織田公園内。
寛永時代、今はなき、横倉寺に城了という、目の不自由なびわ法師がいました.仙英和尚は、仏様の前で、びわを引かせ、自分もそれを楽しんでいました。ところが、おかしなことに,城了は毎晩、寺を抜け出して、夜明けに帰ってきます。「城了さん毎晩どこへ行きなさるのじゃ」「実は、このことは固く口止めされておりますが、毎夜、子の刻になると、身分の高い人の使いの武士がやってきて、山へ案内され、そこで平家物語を語っております」「この世の者が、あの世へ出入りしていると、あの世の者になってしまう。私が縁を切ってやろう」と城了の全身に加持の香水を塗り、迎えの武士が来ても、動いてはならないと、固く申し付けました。あくる朝、和尚は身を案じ、部屋を訪ねると、城了は気を失い倒れています。見ると左右の耳がもぎ取られていました。和尚は自分の手落ちに、ハッと気がつきました。耳だけ塗り落としていたのです。和尚は、目が見えない上に、耳まで無くした、この琵琶法師を哀れに思ってその生涯を寺で世話すると共に、世を去ると、「耳なし地蔵」を造って、供養をしたという。
耳の病気にご利益があるとの事で、いつも綺麗に維持されている。

閉じる コメント(5)

こんにちは〜Dr。これは、耳なし法市のお話に似ていますが、モデルなんでしょうか?興味しんしんです。

2005/12/19(月) 午前 10:42 [ coffee_mocha ]

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ランダムから今日は♪お地蔵様も寒さで凍えてますね!台座の大きさにビックリです!!!

2005/12/19(月) 午後 0:51 ママちゃんよ^^

全く耳なし法市と同じですね。同じお話、伝承、全国あちらこちらにあるそうです。小泉八雲はどこの伝承を参考にしたのでしょうか。

2005/12/19(月) 午後 5:15 dr_*in*k*0522

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先日、行ってきました。立ち寄ると石元に「マムシ」が・・・
追い払い手をあわせ、帰りにもう一度立ち寄るとまたもや同じ場所に「マムシ」が・・・

2011/7/27(水) 午後 0:36 [ - ]

それは大変でしたね。
横倉山は石灰岩の多い山です。
したがってマムシの大変多い山です。油断禁物です。

2011/7/27(水) 午後 7:06 dr_*in*k*0522


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