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集合場所、サンプラザ駐車場にてキノコの鑑定作業。徳島の山から採ってきたキノコの同定を高知市の人から知人を介して申し込まれた。現物を見て驚かされた。見事なハナビラタケである。 大きさと言い、新鮮さと言い、文句なし。太鼓判を押すと満面の笑みを浮かべられ帰られた。 さて、本日の登山は女川集落から登る女川山(標高298m)である。 この山の最大の特徴は太平洋戦争中、防空監視哨が頂上に築かれ、今もその跡がみられる。 女川の谷を見ながら登山道を上り詰める。道は枝分かれしているものの、常に上を目指せばよい。 やがて、女川源流にたどり着き、道は消え、尾根ルートを辿ることになる。 太平洋戦争中は毎日、飲み水を源流点から頂上へ汲み上げたと言う。 前夜の大雨の水分をたっぷり含んだ落ち葉は滑りやすく、足をとられる。 突然!!優しい声が,囁かれた。私を見て!! トンボソウである。まだ満開には日数を要する。下山道でも見かけたので次回の登山日が楽しみである。 ホウキタケやミドリシメジのようなキノコが次々と見つかる。季節的にはあまりにも早く、この梅雨時の地上から生えるキノコは危険の格言通り、食するのは敬遠する。 頂上は詰の段の様に平らになり、中央に丸い直径3mほどのコンクリート擁壁が残っている。 一か所、潜り込めるようになっているので上部は戦闘機から見えないようにカムフラージュしていたのだろう。 傍らにコンクリートの四角い基礎があり、瓦の残骸が数多くみられるところから、家が築かれ休息場所が設置、交替制度のもと24時間、監視報告されていたことがわかる。 いつもながらの楽しい食事。本日は男性4名、女性2名の6人のパーティ。 ””太平洋戦争中はおそらくこの山は立ち入り禁止やったろうけんど、どこら辺まで立ち入り禁止をしたろうねえ”” 本日の会話はちょっといつもとは違う会話と相成りました。 さて、下山後、集落の方から冷たいお茶の接待を受けて大感激。この方のお話によると””この山へのルートはたくさんあったが、今は登る人もいないので、道は消えちゅうろう”” お話を伺いながら、この山へはあらゆるところからアタックしてみたい気持ちが高揚してきた。 |

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おはようございます〜〜Dr.きのこさん
あれからもう70年近い歳月が流れましたね〜〜
時には戦争の跡を訪ね・・・、
事実を風化しないようにしたいものです。
2012/7/2(月) 午前 9:21
おはようございます。
この山は標高298m、低山ですが近くに三角点を持った山がいくつか存在。
縦走コースが出来ないかと考えております。
何度か登って研究してみるつもりです。
2012/7/3(火) 午前 6:40