四国百山横倉山、御嶽古道を歩いて見ませんか!!

古くは安徳天皇が逃れし古道、近くは、那須信吾の脱藩ルート

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巨大な堀切跡地。
竹藪笹に覆われた曲輪、土塁、畝上竪堀群。階段上に上部から撮影が出来る。
何度も何度も撮影を繰り返さなければなるまい。
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高い切岸に囲まれた天守は丸く平らに削られ北方正面に城八幡宮の小さな社が鎮座している。北側を登り切り、社の後を辿り、天守南面の畝状竪堀群を眺める位置に立つ。
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虎口(こぐち)の侵入口も鮮やかに遺構を残して素晴らしい。
畝状竪堀群、堀切らの遺構を撮影、城八幡宮を後にして東に辿る。
古い道が幾重にも重なり小さいながら素晴らしい山城遺構であった。
 


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平野踏切を後方の南側から望む。右側手前の小山に平野城跡はある。
墓地があり、畑が続く。西南より登り始める。藪漕ぎ、小さな
密集した笹。おとといの大雨の名残か土が柔らかく、泥沼に靴を突っ込む。
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しかしながら頭上に覆い被さるように切岸が現れる。
舌撃ちが、、、歓声に、、、切岸ではないか
立ち止まると、やぶ蚊がうなり声をあげて飛びついてくる 
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側面から見た状態
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こぶ状の土塁か???                                                                                                         


亀岩城址

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坂本城址の南の小山に亀岩城址はある。森の入り口、巨大な竪堀の遺構がみられる。
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巨大な竪堀、詰ノ段を取り巻く、堀切。それぞれ樹木や竹林が、はびこり放題、歩くのもままならず、距離が短い大助かり。
坂本城址は山城遺構も何もかも伐採されて、見る影もなし。
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坂本城址の詰ノ段に立つ。
このような構図で撮れる記念撮影はめったにない。
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密集した亀岩城址の登山道。
城山遺構の竪堀、堀切、曲輪など山城遺構は数々みられるが樹木、竹林が邪魔をして撮影できず。藪漕ぎの連続、やっとのことで這い出す。

土佐山城 坂本城址、

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坂本城址は全体が子供向けの遊園地として改造せられ、城址の遺構は無視され破壊されている。
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杉の大木に櫓模様のアーチを空中にかけ、子供の喜ぶ顔が浮かぶが泛ぶが、もう朽ちており、危険すぎる。
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山の中腹を辿り、日陰で昼食。今日はとてつもなく強い日差し、坂本城址は山全体が写真のように樹木、草が切り払われている。
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回遊性の道を辿ってゆくと、明智光秀一族の墓に出る。
巨大な坂本家のお墓の周りに置き石のお墓があり、今も丁寧の祀られている。明智と坂本家の結びつきがみられる。



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今回、大原氏が紹介してくださった平野城跡は古くから知られていた城跡であったが
その規模、スタイル、があまり知られていなかった山城であった。
佐川町の山城20か所ほど,このブログでも紹介しているが、佐川町一級品と言ってよろしかろう。遺構の数々、その規模、そして傷み具合。
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詰ノ段に寝かされている琴平神社の柱木材。
神社が移されて以後、参拝道の手入れもおろそかになりわかりにくくなってしまった。
標高212mの尾根最高部に270坪の台形状の郭が切り開かれ南側を除いて土塁がぐるりと、取り巻いている、
東西には郭と堀切が築かれ、戦闘態勢、緩みなし。
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二ノ段、三ノ段においては近年の畑作地としての遺構が開墾されているがために
堀切や竪堀など形状の壊われている部分もあるが、山全体に遺構が広がっており
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