ドクター大島の紬物語り

100,000反の大島紬を検査した男の着物裏話

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殆どの織元は組合の単独商標で、
組合商標の製造者欄におのの織元の名を記するようになっています。
私が入社した折には、まだ都喜ヱ門ブランドはなく、古典美術の記された、藤絹織物の商標で、
組合の商標と二枚張っていました。

しかも、当時の商標には、太陽の絵は、まだ、描かれていませんでした。
たしか、鹿児島から、奄美に至る、南西諸島の島々が描かれ
奄美大島の上に、織り機が描かれていました。

無意識に、鹿児島から、奄美に至る、南西諸島の島々と書きましたが、
これは、内地の出身(大和の出身と奄美の人は表現する)の私だからこの様に表現するのでしょう。
あくまで無意識に、表現したことなのですが・・・

奄美の出身の、師匠の心の内は、どんなだったのでしょう?
亡き今に、師匠に聞きだす事は、せん無き事。極々、身近に仕えた者として、拝察すれば、

奄美から内地に住みたい、誰しも、奄美の人が抱く夢を、実現した喜び、
そして、大島紬で日本制覇をしてみたい。いや、日本制覇をしてみせる。
奄美を、出身の地として誇り。あくまで奄美が出発の地である。忘れてはならない、初心、原点。
そんな気概が、込められ、つくられた商標だったのかも知れまい。

その後の、都喜ヱ門ブランドの誕生、並びに全国展開に係わった当事者として、
あくまでも推察の域ではあるが、そう外れても、いないのではなかろうか。
「実際真意はどうだったのですか?」今は亡き師匠に、聞いたとしても、
ただ、笑っているだけかもしれないが。男同士、眼差しで、解る呼吸でもある。

たかが商標だが、すごい執念と、生きる力と、魂の響きが宿されている。
それを感じるが故に『Dr.大島紬の証』を世に出したい。
何処まで描けるか、自信はないが、
師匠への敬愛の念を持って、飾る事無く自分の言葉で、表現すれば、
師匠も許してくれると思う。少しづつ、思いを確認しつつ、書かせていただきた。


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