ドクター大島の紬物語り

100,000反の大島紬を検査した男の着物裏話

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 チョット視点を変えますが、根っこは、同じだと思います。
ご紹介いたします柄は、「キルム」といって、おもに、中央アジアから中東、北アフリカにかけての、
草原地帯の、遊牧民、牧畜民の間で織られている織物です。

キルムを伝えて来た遊牧民の宗教は、主としてイスラム教で、偶像崇拝を禁じています。
その為、キルムには、全て幾何学模様用いられ、、そこに、織りての、女性たちの、夢、願い、
喜び等、様々な思いが、表せれています。

それぞれの柄には、生命の樹、羊の角、櫛、鳥、耳飾等等の、名前がつけられています。
そこには、織りての女性達一人ひとりの模様と色彩に託した、想像力の広がりがあります。
ちなみに、「生命の樹」の柄には、永遠の繁栄、死後の不滅の命
     「羊の角」の柄は、繁栄、豊穣、力、男らしさ、「櫛」の柄は、命の誕生、幸せな結婚を守           る、
      「鳥」の柄には、幸せ屋喜び、愛を求める気持ちと、良い知らせの予感、
      「耳飾」、髪飾り」の柄は、結婚への憧れ、願を表しているのだそうです。

ご存知のように、沖縄には、ミーサー織りがあります。これは、四角ぃ柄を、5つと4つ並べたものを、交互に並べて織った非常にシンプルな柄ですが、「いつ(5つ)の世(4)までも、末永く愛をささげます。いつの世までも、いやさかに栄えますように。いつの世までも、あなたと一緒に、等々、様々の思いが込められていたそうです。

年頃の娘が、ひそかに思いを寄せる男性に、ミーサーを帯にして送る風習があった。時代が変わっても、代わらない乙女の心ではないでしょうか。

染色作家の「志村ふくみ」さんのお言葉に「鮮やかな花びらでなく、根からすばらしい色が染まる」あったように思いますが、そのものが生まれた、土地、、ふうど、そこで生活している人の思い、それらを、志村ふくみさんの言う「根っこ」と言う言葉に置き換えたら、「本場」「本物」の解釈に、迷いなく、腹が座る思いがいたします。

糸を織る、糸に織り込むと言う作業、行為の中には、隠せる嘘はない様に思います。

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ここに紹介いたします刺青は、前回紹介したものより、はるかに精巧で高度な技術を、
要したことは推測できます。

大島の中でも、特に笠利、龍郷など、北部地方に、特に優れた模様が残されています。
このことは、当時、優秀な大島紬の織られた地域と符合いたします。

女性の一番憧れ、評判の高いる柄、デザインを織物でも表したいと思うのは、
誰しも抱く人間の自然な欲求でもありましょう。

参考までに、「はじき」と言われ沖縄の女性の間で憧れていた刺青も紹介しておきます。
(3本の手の図案の方が沖縄のものです)
ますます、古布に織られている大島紬のデザインに近いと思われませんか?

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ここに紹介します、大島紬の古布は、大正から昭和の時代ねかけおられたものです。

前記の、刺青(はでぃき)は、上流になれば成る程、複雑で、下流はすこぶる単純であり、
家柄の上下、貧富の差が現れていた。

また、女性にとっての唯一のおしゃれ、装飾であり、本土に於ける婦人の「紅かね化粧」に等しく、
島の女性たちは、刺青の美しさを人の中での唯一の誇りであり、羨望と、尊敬のしるしでもあった。

模様は、円、角、十字、渦巻、直線などの、基本模様がさまざまな形で様々の形で組み合わされ、
多彩な変化と、進化を遂げ、独特の模様を残している。

この様な時代背景、女性の美意識は大島紬のデザインに影響を与えないはずはなかったと思う。

大島紬を、この様に深く掘っていくと、替えてはならないもの、時代に合わせて替えていかなければならないものが見えてきます。

当時の人々が、自然に対し絶対的な畏敬の念を抱き、愚直なまでに純朴、素直に紬作りに対峙している姿が、垣間見られるようになると、堪らなく、愛おしくなります。

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大島紬の歴史を調べていたら興味ある資料を見つけていました。
奄美の島々には、色々な変わった風習があったようです。

その一つに、刺青があります。この風習は、奄美だけでなく、
北は、奄美大島から、南は、与那国島にいたる西南諸島で行われていたようです。

奄美では、「はでぃき」沖縄では、「はじき」と呼ばれ、琉球伝来の風習といえましょう。
中でも、奄美大島の婦人の間で行われた「はでぃき」は、高度な技術を持ち、
施され群を抜いて複雑で美しくみごとなもだったようです。

もっとも盛んな時代は、薩藩時代だったようです。(この時代は、女性のみに対する憧れと言う事の他に
、不良な本土人が、島の娘を誘拐して、本土に連れ去ることを防ぐためにも行われていたようです。本土の人は、刺青をした人を奇怪な目でみていて、快くおもっていなかったようです。)

なお、この風習は、奄美諸島においては、明治9年5月15日に、刺青禁止令が発布されています。
それでも、美に対する憧れは強く、処罰を覚悟の上で明治35年ごろまで、砒素はに、刺青がなされていたようです。

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2年ぐらい前、花屋さんで買い求めたものです。
花の名前を書いて、花鉢にさしていたのですが、
雨ザラシ、陽ザラシの状態でしたので、見事に消えていました。

いろんな方にお聞きしたら、「篠懸草」「鈴かけ草」「虎の尾鈴かけ草」
それぞれ呼び方が違います。

「鈴かけ草」「篠懸草」はたぶん同じではないかと思うのですが?
「虎の尾鈴かけ草」と「鈴かけ草」は違うのでしょうか?

花の咲く状態を観察いたしますと、蕾(咲き始め)は小指大の小さな花ですが、
大きくなり咲き誇ると、虎の尾みたいな姿になります。

聞くところによると、絶滅危惧種になりそうな、貴重な花らしいです。
咲きはじめと、咲ききった画像をアップいたしますので、宜しくお願いいたします。

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