ドクター大島の紬物語り

100,000反の大島紬を検査した男の着物裏話

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西郷吉太郎さんと大久保利泰さんの講演。
鹿児島では考えられない取り合わせ。
主催者側の勇気と英断に感謝いたします。
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講演の内容はともかく、今日のことは、新しい歴史の幕開け。
時代が今だから出来た事、時の経過が冷静に見直す機会を与えてくれたのでは。
西郷隆盛生誕180年、没後130年、銅像建立70年。
この様に捉えると、決して、偶然の時の巡り会わせではないと思います。
色んな意味で、西郷観、大久保観、郷土、歴史観など謙虚に冷静に、
そして、そこから生まれる鹿児島県人のあるべき姿、
そして鹿児島の向うべき姿を再構築すべき時期に来ているように思います。
銅像建立70年、その間、西郷隆盛銅像に関する資料が無かった事に、
暗澹たる思いのショックを覚えました。
これが行政の実態です。
真に敬う気持ちがあれば、70年放置するでしょうか。
無関心であったと言う事ではないでしょうか。
真に県民に西郷さんの教えを、郷土教育を、伝えようと言う気持ちがあれば
それなりの工夫と接し方があっても良ったのではないでしょうか。
4月4日、西郷隆盛銅像の計測の時、像の後を初めて見たときに、
頭に電流が突き刺さったショックを受けました。
この力強さと偉大さ。この姿にこそ西郷さんが私どもに伝えたい事と直感的に思いました。
勇気を持って、後ろから見る西郷さん像、後ろから見る大久保さん像を再構築する時代に来ているような気がいたします。
この様な観点から、西郷さんにマントを着せて、県民で誕生を祝い西郷さんの教えを学ぶ1日があってもいいのでは?
皆さんいかがお思いでしょうか?

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約1500人の感想。十人十色。

イメージ 1「ワーこれがテレビで見た、新聞で見た本物だ」
「凄い、大きい、迫力がある、風格がある」
「カッコイイ、西郷さんに、着せてやりたい」
こんな声が多いです。ご来場いただけない方の為に、ご説明いたしますと
16日のブログで銅像建立時のイラストを紹介いたしました。
ここに、根占地方の住民が約550個の石を運んで来て、礎石とした、と紹介いたしました。
この史実に基ずき、約550人の方々が「敬天愛人」と署名を裏地にしていただきました。直筆で、それぞて個性の有る字で、遠くから見ると絵文字になり、あたかも柄みたいに見えます。
次に、マントの背裏に大島紬を縫い付けてあります。
西郷さんは、月照上人と錦港湾に入水自殺を図られています。西郷さんは自分だけが生き延びた事に、自責の念にさいなまれた日々を過ごされていたようです。周りは、このままでは、西郷は必ず自殺すると警護をしていたそうです。薩摩藩はえどばくふに「西郷は死にました」と偽のの報告をして、菊池源吾と名を変えて奄美に身を隠させたそうです。そのときに身の回りの世話をしてくださつた方が「愛加那」さんでした。
安政6年より文久二年までの3年間、2人の子供をもうけ、心身ともに癒され人間的生活を送られたことが推察できます。人間西郷を蘇生させた、奄美での生活2年間だつたようです。この2年間が後の大偉業に繋がるエネルギー充電期間だったようにも思えます。
愛加那さんの里で織られる大島紬「龍郷柄」を愛加那さんの化身とみなし「西郷さんの背中を守っている」また「終生一身同体の夫婦の姿」を表したく「背守布」として、マントの背裏につけました。
マントが出来上がるまでをこの様な形でお話すると皆さん喜んで下さいます。
遠くにお住まいの方にマスコミで報道できなかった部分ご紹介いたします。又鹿児島近郊にお住まいの方
お越しいただければ(19日月曜日まで)又、ちがつた裏話が出来るとおもいます。
それにしても現物は凄い、迫力があります。勇気を貰った、元気を貰ったと言ってお帰りになります。
お会いできます事、楽しみにしております。

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