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あなたは善悪の基準をどこに置いていますか? などと訊かれたら、即答できるものがありますか? いやいや、そんなものはない。善悪とは相対的なものだから。 そんな意見もあるでしょう。 もちろん私もそれを否定しません。 ただ、おそらく日本人に多いのではないかなぁと思われるのは・・・ 他人に迷惑をかけているかどうか? こんなところに落ち着くのではないでしょうか。 しかしこれがまた厄介なモノなんですよね。 迷惑は、かけられている方にはよく分かるのに、一方かけている方はこれ知らずと・・・。 難しいんですよね、結局善悪の判断というのは。 それでもやはり自分なりのその基準を持つことは大事だと思います。 少なくとも、それを持っている人間ならば、悪を実行するのは躊躇うはずです。 また、何かがあって仮にその行為がなされたとしても、なんとか修正が利きそうなものです。 元々、人間は間違いを起こすのがデフォルトです。 そしてその間違いを成長の糧にしてくれるのも、この基準の役割の一つではないでしょうか。 多くの人は、たいていこれを「反省」と呼びますね? しかし私はあえてそれを「後悔」と呼びます。 せっかくこの世に「後悔」なる言葉があるのだから使いましょう。 悔いのない人生を送るように。 よくそんな言葉を、未来ある若者へのアドバイスとして贈るシーンを見かけますが・・・ けっこう悔いも人を成長させてくれますよ? 私もできることなら、命の尽きるその時まで成長を続けていたく思います。 さて、そんな私の善悪の基準ですが・・・ もうこれはかなり前から決めてあります。 ただ一つ・・・ それがカッコいいか?よくないか? 自分の中では、自分がカッコいいと思うことは善で、その逆が悪なのです。 電車内に空き缶が転がっていたら拾います。 カッコいいですから。 重そうな荷物を持って階段を行く人がいたら手を貸します。 カッコいいですから。 わたくし事だけではなく、もちろん他人を見るときにもその基準を使います。 遠くの喫煙所までわざわざ出向いてタバコを吸う人がいたとします。 どうぞ心行くまで吸ってください。 カッコいいですから。 どんな小さなコトも、どんな大きなコトも基準は一つコレだけです。 この世にカッコいいコトはたくさんあります。 探してみてください。 もしかしたらそれは善かもしれません。 では、最後に・・・ 私がカッコわるいと嫌うコト・・・ 挨拶をしない。 謝らない。 約束を守らない。 もちろんこれらは他への強要などではなく、 あくまでも自分の中の基準であって、 少なくとも自分はこれだけはしないという決意みたいなものです。 ちょっとまとめてみましょうか。 常識のある人より、良識のある人に。 えぇ・・・そんな志だけはあるつもりです。
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Word Life
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廻り廻る。
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今日は「文化の日」。 もし自分の好きな言葉を一つだけ選べと言われたら・・・ 私は迷わず選びます。 「ありがとう」 心から・・・
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