白龍のつらつら近況報告記

生きてる、ただそれだけで素晴らしい、、、

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お願いします。

お友達ブログの所に、掲載されていた記事ですが、
医療費を 本当に必要な薬・治療のために使って欲しいと思い転載しました。


−−− これは少しでも多くの人に知っていただきたい事を転載しています −−−


世の中には、まだまだ完治できない病気や幼くして短い生涯を終える子供達がいます。

今ひとつ、この場でこの病の理解とPRをお願いしたいのです。

《ムコ多糖症》バトンのご協力お願いします。

少しずつでも認知度があがって厚生省の認可がおりたらと思います。

とにかく見て欲しい《ムコ多糖症》

《ムコ多糖症》って病気を知ってますか?

この病気は中でも小さい子達に見られる病気です。

しかし、この《ムコ多糖症》と言う病気はあまり世間で知られていない

(日本では300人位発病) つまり社会的認知度が低い為に

今厚生省やその他製薬会社が様々な理由を付けて

もっとも安全な投薬治療をする為の薬の許可をだしてくれません。

《ムコ多糖症》は日々病状が悪くなる病気で、

発祥すると殆どの人が

10〜15歳で亡くなります。

それで思いついたのがこのバトンという方法です。

5〜6歳の子が厚生省にスーツ姿で出向いて自分達が生きる為に

必死に頭をさげてたりしています。

この子達を救う為に私達ができる事は、

この病気を多くの社会人に知ってもらって早く薬が許可されるよう努力する事だと思います。

できるだけみなさんのご協力が必要です。

[ムコ多糖症]

ムコ多糖を分解する酵素が先天的に欠損している為、

体内に蓄積することで様々な異常が引き起こされる病気。

多くの場合、身体や精神の発達遅滞、骨の変形、水頭症なども伴う。

重症の場合は成人前に死亡する。

今のところ有効な治療法が無いので、

骨髄移植や遺伝子治療の臨床成果が待たれる病気の1つである。 


*2009.7.9  琉球龍珠
http://www.muconet-t.jp/



敬愛するyuki様から転載させていただきました。*2009,7,22


転載元転載元: ★ 一人で頑張らないでね・・ ★






「虹の橋」も素敵.なお話ですが・・・私は、このお話の方が好きかも?



皆様、いかがでしょう?




あ、携帯からだと・・・リンク見れませんね。。。

これで、見れるかな???


泣かないで。きっとまた、会えるから。
http://blogs.yahoo.co.jp/ponpoko6691535/5338622.html
「命はどうして大切なんですか?」
とたずねられた時、その質問にどう答えるかは人それぞれだと思います。

宗教的な理由を挙げる人もいれば、
命のはかなさを理由にする人もいるでしょうし、
生命の長い歴史を理由にする人や、
命を持つものの特別さ、希少さを述べる人もいると思います。

その理由は人によってそれぞれだと思います。

今は「命の大切さ」ということが改めて問い直されている時代ですが、
それはなぜかと言えば、従来信じられて来た宗教的、社会的な倫理観が薄れ、
個人の考え方が多様化する中で、
万人に受け入れられる理屈というのが見当たらなくなっているからだと思います。

だから、神を信じない人には
「神から与えられた大切な命」という考え方は通用しませんし、
ある人にとって共感できる考え方でも、
違う人にとってはまるで共感できないような事になったりします。

「命の大切さ」という価値観が踏みにじられるような事件が起こる一方で、
大人達はこれではいけないと、
「なんとかして子どもたちに命の大切さを教えよう」
と慌てている様な様子でもあります。

でも僕は、「命の大切さ」というのは、
人に教えられる様なものではないと思っています。

教える事ができるものではないと同時に、
「大切さを知る」というようなものでもないと思います。

誤解を恐れずに、あえて言えば、
「命の大切さを知っていますか?」
という質問をされたら、僕としての答えは、
「"命の大切さ"というものは知らない」
という答えになります。

なぜなら、命の大切さは、"知識として知る"ようなものではなく、
大切なものとして"自分の心で感じる"というものであると思っているからです。

したがって、先の質問は、
「命を大切に思っていますか?」
と問いなおされるならば、
「命を大切に思っています」
という答えになります。

今は、"命が特別に持っている大切な価値"という考え方を元に、
「命は大切なんだから、大切に扱え」
という考え方を子どもたちに押し付けようとしています。

でも、僕はそうではないと思います。
これまた誤解を恐れずに言えば、
命が大切なものであるかどうかなど、人間に分かるはずがありません。

もし人間自らが、
「命を持つが故に自分達は価値あるものだ」
と主張するのであれば、
それは命あるものがおごり高ぶって口にした、傲慢な言葉なのだと思います。

傲慢さを取り払って、嘘なく、無理なく、等身大の言葉で述べるなら、
「僕たちは命を大切に思っている。
 その命を大切に思う気持ち故に、僕たちは命を大切にしたい。」
としか言えないと思います。

したがって、命の大切さがどこにあるのかと問われれば、それは、

命の中にあるのではなく、命と向き合う人の心の中にある

のだと思います。

目の前にある命が「大切で価値があるものなのかどうか」ではなく、
生まれ持った命のかたちを持って、それぞれ懸命に生きている命に対して、
人としてどう感じ、どう向き合うか、という問題なのだと思います。

命を大切にするという事は、
人が持つ、命を大切にしたいと願う、人としての心を大切にする行為です。

命を大切に思いもせず、命を粗末に扱うということは、
"命の大切さを知らない"のではなく、
「人としての大切な心を持っていない」
ということです。

子どもたちに「命の大切さを教える」ということは、
"命の特別さを知らしめる"様なものなのではなく、
「命を大切に感じ、扱う、人としての心を育む」事なのだと思います。

※多くの人に転載、リンクいただけますとうれしく思います。
 人によって考え方は違うと思いますので、
 思った事がありましたらコメントをいただけますとうれしいです。

※先日記事にさせてもらった「いのちの心得」の中で、
 一番僕が言いたかったのは、6番目の、
命というものの向こう側には、「命を大切に思う心」があります
 というところです。

転載元転載元: どうぶつ病院診療日記

「いのちの心得」

1.命は、命あるものからしか生まれません

 命というものは、命を持った存在からしか生まれる事はありません。
 ただの無機物から、突然命を持つものがひょっこりと生まれる事はないのです。
 命というものがはるか昔に生まれ、一度も途切れる事なく僕たちのところまでつながっているからこそ、こうして今ここに、僕たちが存在しているのです。

2.僕たちは、他の命をいただくことによって生きています

 人は、他の"命あるもの"をいただかなくては、生きて行く事はできません。
 動物だったり植物だったり、種類に違いはあったとしても、皆、生きて命を持っている存在です。
 ご飯を食べる時に「いただきます」と言うのは、"命をいただく"という、食べられる命に対しての感謝を込めた言葉です。

3.それぞれの命は、それぞれが与えられた命の中で精一杯生きています

 それぞれの命は、人間に食べられるために存在しているわけでも、人間に利用されるために存在しているわけでもありません。
 それぞれが、生まれ持った命の形を持って、自分が置かれた環境の中で、自分なりに精一杯生きている命です。
 人間が生きるということは、けして当たり前のことではありません。
 自分達がこの世で生きる事は当たり前で、他の命を奪う事も当然だと思ったら、それは人間の傲慢です。

4.僕たちはひとりで大きくなる事はできず、ひとりで生きて行く事もできません

 僕たちは、他の命とのつながりの中で生きています。
 他の命をいただきながら、他の命に支えられて生きています。
 僕たちが存在し、生きているということの周りには、たくさんの命の存在があるのです。
 また、人が生きて行くという事は、いろんな人が暮らす社会の中で、他の人たちともつながり合いを持ちながら生きて行くという事でもあります。
 自分以外の存在とのつながりを否定して生きて行くという事は、誰にもできません。

5.僕たちは命のリレーの中に生きています

 僕たちは、命を授かり、自分達の生を送っている一方で、次の世代へ生と命を受け継ぐという役目も果たさなければいけません。
 自分達が面白おかしく暮らす事ができれば、あとは知った事ではないというのではいけません。
 僕たちは、はるかな過去から連綿と続けられて来た、「命のリレー」の中にいる存在です。
 僕たちは、自分達が受け継いだものを、僕たちの代で台無しにしてしまわないよう、よりよい形で、次の世代に渡してあげなければいけません。

6.命というものの向こう側には、「命を大切に思う心」があります

 人は心を持った生き物です。
 その心は、「命を大切にしたい」という思いを持ち、その思いは「命の大切さ」ということの土台となっています。
 なぜ命が大切なものなのかと問われれば、僕は「命を大切に思う気持ち」が人の心にあるからだ、と答えます。
 「命を大切に思う気持ち」は、社会の中で生きて行くための最低限のルールであり、人として最も大切なものです。
 他人の生命と財産を、自分の欲望のために平気で傷つけるような人間には、社会の中に存在している資格はありません。

7.与えられた命を"どう生かすか"は、自分次第です

 何を目指し、どう生きるかという事は、それぞれの人が、生きる過程でそれぞれ見つけて行くしかありません。
 生まれる前から決まっているものでもなく、誰かから強制されるようなものでもありません。
 自分で探し、見つけるという事は大変な事ではありますが、その分、自分なりの目標を見つけ、それをかなえていくという過程は、とてもやりがいのある事だと思います。
 また、生きていれば、悩んだり、迷ったりすることはたくさんあります。
 でも、思い悩むということは、一生懸命生きているということの証であり、それはけして無駄にはなりません。
 今は悩み苦しんだとしても、懸命に悩んだその向こう側に、きっと光が見えてくるのだと思います。

8.生きているものはみな、やがて死を迎えます

 命あるものは年を取れば、いずれ死を迎えます。
 この世に命を授かるという事と、最後に死を迎えるという事においては、全ての存在は一律に平等です。
 やがて死ぬ時が来ると言うのは、命を授かったものが生まれた瞬間から背負わされている宿命であり、死を迎えることのない命と言うのは、この世には存在しません。
 どれだけ長い時間生きたか、ということよりも、どれだけ充実し良い時間を過ごすことができたか、ということの方が、ずっと大切なことなのだと思います。

9.なくなった命は、元に戻る事はありません

 命は、失ってしまうと元に戻す事はできず、リセットをする事もできません。
 すべての命は、一度きりのものです。
 失われた時間と命を、元に戻す事は誰にもできません。
 この世に授かった、一度きりの命をどう生かすかは人それぞれです。
 また、生きていれば、自分にとって大切な存在を失うこともあります。
 そんなとき、うしなったことを悲しみ続けるよりも、大切な存在と大切な時間を過ごせたことを喜び、感謝をする方が、きっと喜んでもらえることなのだと思います。

10.それぞれの命は、それぞれが世界でたったひとつの存在です

 それぞれの命は、それぞれが異なる存在であり、同じように見えたとしても、まったく同じ命と言うのはどこにも存在しません。
 生命誕生を最初から繰り返したとしても、同じ命が生まれて来る事はありません。
 それぞれの命はそれぞれが、今という瞬間に、ここにしかない、オリジナルの存在です。
 自分が自分として生を受けたということも、大切な誰かと出会えたということも、それ自体が二度と繰り返すことのできない奇跡なのです。


※オリジナルの「いのちの心得」です。
 えらそうな事を語れるほどの人間ではありませんが、自分なりに日頃考えていた事を十か条にまとめてみました。
 多くの方に転載、リンクしていただけますとうれしく思います。
 中学生くらいの方々にも読んでいただければと思っています。

転載元転載元: どうぶつ病院診療日記

猫の十戒

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/e0/da/ponpoko6691535/folder/770816/img_770816_5962147_2?20090425182224

第一戒
あんまりしつこく触ったりしないでね。
こう見えて、わたしは繊細なんだから。

第二戒
でも、あんまりほったらかしにしないでね。
相手してもらえなかったら、そのうちお家を出ちゃうわよ。

第三戒
わたしが頭をなでてと差し出したら、やさしくなで回してね。
大好きなあなたにやさしくされると、幸せな気分になれるのよ。

第四戒
いつも、わたしだけを見ていてね。
あんまりじろじろ見られるのは苦手だけど、いつも注目されていたいの。
新聞紙の上を占領しちゃうのも、時には大目に見ていてね。

第五戒
わたしを叱って、言うこと聞かせようなんて思わないでね。
強く出れば、おとなしくなると思ったら大間違い。
やなことしようとしたら、ひっかいちゃうわよ。

第六戒
時には、とびきりのごちそうを食べさせてね。
いつも同じのなんて、嫌になっちゃう。

第七戒
猫じゃらしとまたたびは、いつも用意しておいてね。
たまにはうんと暴れて、すっきりしたいときもあるの。

第八戒
わたしが年を取って、あまり遊ばなくなったって、
すぐに新しい子を連れてなんてこないでね。
あなたが目移りするところなんて、見たくはないんだから。

第九戒
いつも振り回してばかりのわたしだったけど、
今までつきあってくれてありがとう。
あなたの困った顔、ちょっとかわいかったよ。

第十戒
わたしが天国に旅立っても、
一緒に過ごした日のことを、ずっと大切にしていてね。
思い出の中で、あなたとずっと一緒にいられる。
それだけで、わたしは幸せだから・・。

                 作 ぽこ

※「犬の十戒」の、猫版に相当するものを自作したものです。
 この文章については、転載・リンクはフリーとさせていただきます。
 これが、ネットの世界に広まって、
 多くの人に読んでもらえると、うれしいですね。

転載元転載元: どうぶつ病院診療日記

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