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2007・8・17。ホテルと港に別れを告げ、
青森駅から一路恐山を目指す。
タイムテーブルを記しておこう。
07:10発 青森(青森県)
↓
43分 44.6km東北本線(八戸-青森)
07:53着
07:58発 野辺地(青森県)
↓
55分 55.5km[JR東日本] [普通]大湊線
08:53着 下北(青森県)
野辺地で乗り換えをした。
サラリーマン、部活の高校生、年配の方々、
東北本線を生活の基盤に皆それぞれに
生活をしている。生活感を感じる。
きっと冬は厳しいんだろうな。
でも、たくましく春を待つのだろう。
下北駅でバス乗り場を探す。工事中だったから
駅よりちょっと離れた所だった。
バスはすぐに出発した。
乗れなかった人もいたのかもしれない。
バスの中は10人くらいだろうか。
そして40分位乗っていた。
途中、恐山の歴史のような話がバス内で聴けた。
とにかくすごい歴史があるようだ。
途中雨が降ってきた。涙雨か。
終点のちょっと前のバス停で運転手が止めてくれた。
湧き水があるという。撮影時間にもなった。
そして、ついに恐山に到着した。
まずは、三途の河、橋に向かう。
本当に橋があるのだ。
6メートルくらいだろうか。
さすがに、橋の上での記念撮影は
なにやらそのまま河を渡ってしまいそうなので
やめておいた。子供達ははしゃいでいる。
参拝料を払って中に入る。
イタコはいない。2週間遅かったみたいだ。
いつも自分の旅路はピークを外れる。
しかし、それもいたしかたない。
恐山といっても、広大な丘といったかんじだ。
登山とまでは全然考えなくてもよい。
いくつもの参拝するべき所がたくさんある。
菩薩に不動明王、大仏。様々にそびえ立つ。
風呂には無料で入れる。といっても小屋の中に
お風呂があるといった感じだ。
トイレに行くはずが、建物の出口を間違えてしまい、
11時の祈祷供養の真っ最中の部屋に
入ってしまった。出ようとしたら、参って行きなさいと
言うので自分も近くに座った。
きっと、皆大事な家族を亡くし、
供養してもらいに来たのだろう。
自分も亡くなった家族親戚、友人、故人、尾崎、
色んな人のお祈りをした。
丘を登っては下る。表札のような、名前の
入った小さなお墓がたくさんある。
よく読むと、享年17才や31才。
若くして、志半ばで亡くなった人達。
その家族が、供養のため訪れ、
すがる思いで作っていったのだろう。
そこは奇妙な光景だった。不思議で滑稽でどこか懐かしい。
三途の河に、賽の河原、硫黄の匂い、黙々と出る煙。
大小のお墓、この世のものとは思えないような湖の色。
酸性度が強すぎて魚などの生き物は住めないとか。
焼けて原型をとどめていないお賽銭。
そして、何より、恐山で、いやこの旅で、人生最大の発見。
風に揺られカタカタと音を立てて回る風車・・・・・・。
その綺麗な色の回転を見て、音を聴いているとなんとも
言えない空気と情感に包まれていく。
ただただ、風車は回っていく。
悲しいだけじゃない。
つらいことでもない。
明るくも暗くもない。
死んだら、こういう所に来るんだろうな。
行き続けるって辛いことなのかも。
いつかあの世に行くのもあながち悪くもないな。
今行ったらどうなるのかな。それもいいのかも。
金も仕事も関係ない。いつかはみんな一緒さ。
自分だけもしも永遠の命があったってさ。
友達も家族も恋人も好きな芸能人もスポーツ選手も
誰もいなかったら意味ないよね。
長い長い旅路だった。
ただ、北へ北へ向かった。
馬鹿げた日常を振り切って。
霊界への入り口、
人が死んだらお山(恐山)に行く、
47都道府県最後の地、最果ての地恐山で感じたこと。
生命の神秘。死と生。
新しく生まれる命、散っていく命。
好むと、好まざるとに関わらず、いつかは闇に包まれる。
死には苦痛が伴う。
だから、皆、生きようとする。
生命を生み出すことには快感が伴う。
だから、皆、子孫を残していく。
今を大切にしなければならない。
1日たりとも無駄にはできない。
だからこそ、生き急ぐ。
もっともっと大きな感動を魂に刻む。
見知らぬ街角で夢を見る。
人と触れ合う。
明日もどこか遠くへ。
更なる出会いを求めて。
三十路を目前に控え、たった1人で訪れた聖地での6時間。
その瞬間での情念を胸に、生きて生きて生きまくろう。
それが人生だから。
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